第3話 2
「ただいま」
……ここがぼくの家か。
マンションに入り、駐車場のガレージで車を降りて広々としたエレベータに乗る。
二階飛ばしで昇って高層階のあたりで降りてすぐのところに、僕の住まいはあった。
声と指紋と瞳孔の多段階認証でドアを開ける。義手の指紋は無事通った。
指紋も再現できるって、今の義手はすげえな。
玄関に入る。
ひえー。中はエアコンで冷え冷えとしてる。外の夏の暑さなんてどこへやらだ。ヒエ~ッ。
あまりの涼しさにダジャレを言ってみたりして。
それはともかく、思ったよりも広々とした玄関だな。一戸建て住宅の玄関ぐらいはある。
そこから見える景色も、一戸建て二階建て住宅と変わらない。階段がある。
ただ、廊下や階段などには僕がつかめるのに丁度いい高さの手すりが設置されていた。
僕が眠っている間に設置工事でもしたのかな。誰が。
「……ここ、二フロア?」
「はい、二フロア、メゾネット構成でございますよっ。悠人様のご自宅は高級なのでございますっ。ちなみに、悠人様のために、超高性能3Dプリンタで、手すりなどを作って設置しておきましたっ」
「……あ、ああ」
ユイリー、お前だったのか。
そんなに胸を張らなくても。
その時、奥の方で音がした。人が立てる音だ。
「あれ、誰かいる」
「ああ、あれは」ユイリーはいつもの笑みを見せた。
「私でございますっ」
「私?」
廊下の奥の方のドアから誰かがひょいと顔を出した。
あれ、ピンク色の髪に同じ色の目をした少し小さめの美少女だ。幼い顔立ち。間違いない。あれもオートマタだ。
もしかして、あれ。
「あのオートマタ、子機?」
「そのとおりでございますっ。あれは私の子機ですっ。正確には、私のサーバツールデバイスで動く従者機でございますっ。サーバのACOS《じんこういしき》で、独立動作しておりますっ」
「ツールデバイス?」
「悠人様っ、それもお忘れですかっ? こほんっ」
博士とか教授じゃないんだから。また胸を張るな胸を。
「ツールデバイスとは、通称ツールともデバイスとも称されまして、オートマタが制御し運用する専用の「道具」のことでして、オートマタが手に持って運用したり、ハードポイントに装着したり、搭乗したり、無線有線でコントロールするものなど、様々なタイプがあるんですよっ」
「……オートマタのオプションだな」
「そのとおりですっ。で、サーバデバイスというのは、文字通りオートマタのサーバでして、通常は固定式ですが、私のは可搬・自走式になっているんですっ。このサーバは光量子や人工ニューロンなどで構成されていて、無数の仮想世界や人工意識、人の意識も余裕で入るんですよー」
「で、どこにあるんだよ? というか僕が来る前に入れたのか?」
「はい、サーバは二階ですっ。病院からこちらに帰る前に、搬入させていただきました」
あれ?
シノシェア社の工場とか倉庫って、どこにあったっけ?
まあ、病院からここまで随分距離はあったし、帰る前に持ち込んだんだろうな。
大型飛行ドローンなら、あっという間だろうし。
そうに違いない。
ひとりごちる間に、ユイリーが先に玄関から上る。
あ、僕靴まだ履きっぱなしだ。脱がないと。
とっ、とっ。手足がまだよく動かないからうまく脱げない。
……ふぅ。ようやく脱げた。
さて、らせん型のこの階段を上がって……。
ユイリーに肩を貸してもらいながら登り切ると。
「ここですっ」
元は子供用とかの部屋か。さて……。
うわっ。狭い部屋にいくつも機械が置いてある。
どれも黒を基調とした複雑な形状の機械だ。
奥の方には、人間サイズのものがすっぽり入れるカプセル状のものもあった。
あれはオートマタベッドかな。何基もあるってことは、他にもオートマタはいるのか?
その内心の疑問を見事にスルーするかのように、ユイリーは言葉を続ける。
「これらが私のサーバなどですっ」
「これがサーバデバイスか……」
人間より大きい黒い、棺桶にも似た縦長のボディに青い光のラインが走っている。
うわ、クールでかっこいい。
「これで君が動いているのか……」
「正確には私のボディと他デバイスも含めた複合式動作ですけどねっ」
「なるほどね……」
僕はユイリーとサーバ群を交互に見た。
僕はあのサーバにどこか心惹かれる思いがあった。
そして思う。
僕がさっきユイリーに会った時ドキッとしたのは、ユイリーの体なのか。それとも「魂」なのか。
どうでもいい。わからなくてもいい。
わかっているのは、これから彼女と一緒に暮らすことだ。
「ユイリーの意識は、そこにあるんだな」
「はい、私に魂というべきものがあるのなら、そうなのでしょうけれども」
「……」
僕はただ唇を噛み締めただけだった。
もう一度サーバを見て、それからユイリーを見る。
ここがサーバとかが置いてある部屋。
とすると、僕の部屋は……。
僕の部屋がどういう部屋なのか、見ておきたかった。
そうすれば僕が何者だったのか、思い出すかもしれなかったからだ。
「ここがユイリーのサーバとかが置かれている部屋だよね」
「ええ、そうですが」
「『僕』の部屋は、奥の方でしょ? 行ってくる」
「大丈夫ですか、私の助けなしに……」
「大丈夫。手すりがあるから」
言って部屋を出る。
廊下の手すりにつかまり、おぼつかない足取りで、三部屋ほど並んだ子供部屋を横目に、奥の方へと向かう。
えーと……。ここか。
ん……。なんか香りがする。スミレの香りかなこれ?
先程の子供部屋よりも更に広い、十五畳かそれ以上の広さを持つ部屋だな。
大人的なシックな色彩でまとめられているなあ。
壁際には机や本棚がある。
入り口と反対側の壁にはツインベッドが鎮座していた。
それに相対するようにホログラムスクリーンデバイスなどが置かれている。
大人の男の仕事場と寝室をかけ合わせたような印象の部屋だな。
本棚をちょっと見てみよう。本を見れば、僕がどんな人間だったか思い出せるかもしれないし。
ぎっしり詰まった本棚には、様々な背表紙の本があるな。えーと……。
「人間とモダンAIはどこまで似ているのか」「ホモデウスへの道」「脳と光量子計算機の情報同期技術」……?
なんか難しすぎてよくわかんねえな。
でもともかく、「僕」はそういう仕事についていたらしい。あとは、どうやって思い出すかだけど……。
「悠人様っ」
「うわっ!」
「何を驚かれているのですか」
「ゆ、ユイリー、突然耳元で呼ぶなよっ」
振り返るとすぐそこにユイリーがいた。顔が近い。というか何か怖いよ。
「申し訳ありません。失礼いたしましたっ。さて、お疲れになっていらっしゃることでしょうし、少しベッドで休まれてはいかがでしょうか? その間に私達は晩御飯などの用意をいたしますっ」
「あ、うん……」
その言葉に突然体中の力が抜けた。
なんでだろ。やっぱり長い間の病院暮らしで疲れたかな。
結局、何も思い出せなかったし。
まあ今じゃなく後で思いだすかもしれないし。
急がなくてもいい。今は、休むとするか。
疲れているのに、なにか楽観的な気分になった。
ベッドで横になろう。
ぽすんっ。
あー、柔らかいベッドだ。
こんなベッドで、僕は一人で寝ていたのかな。
つかれたな、ね、む、い……。
*
……何だこの音。階下からなんかものすごく大きなモーター音が響いてくる。
というかまた寝てたんだ僕。
ユイリーが料理を作るとか言っていたけどなんかやっているんだろうか。
ベッドから起きて下に行こう。
ちょっと暗くなっているな。夏だから日はまだ長いけど。
手すりに掴まって階段を降りてキッチンはっと……。
ここがリビングその向こうがダイニングで……。
この手摺、しっかり造られてて自分の手にフィットするなあ……。
ユイリーの3Dプリンタって高性能なんだな。
さて、こっちじゃなくて音のするほうだな。
ここか、……ってこれなんだ!?
さっき見たピンク色の髪の美少女オートマタと。
それにもうひとり、茶髪のボブカットの大人っぽい感じの女性型オートマタが料理作っているのはいいんだけど……。
なんかこの工作機械みたいなの!?
それが忙しくアームとかが動き回りながら何かを次々乗せるように作っているぞ!?
これって……。
「これが料理用3Dプリンタでございますっ。悠人様っ」
「うわっ!? いたんだ!? いつから……?」
「先程からです。悠人様っ」
後ろから突然ユイリーの声が聞こえてきたよ。
振り向くとそこに彼女が笑顔で体の前に手を重ねて、姿勢良く立っている。
いつの間にいたんだよ……。
それはともかく。
「料理用3Dプリンタ? これで料理を作っているわけ?」
「はい、煮たり焼いたりする前の材料の部分ですが。高級人工食料と高性能の3Dプリンタにより見た目、味など、天然の材料と差異がないものが作れますっ。悠人様のお口にも合うと思いますよっ。他にも様々なタイプの3Dプリンタがありまして、大抵のものは作れちゃいます。えっへんっ!」
「そ、そうなんだ……」
再びキッチンを見る。
相変わらずけたたましい音を立てながら料理用3Dプリンタが怪物のようにアームを左右に行き交う。
アームの先端から歯磨き粉のような何かを出しながら、ビルを建築するように積み上げ、料理の原材料を作っていく。
怪物の轟音を無視して、左右にいる女性型オートマタが黙々と料理を作っていく。これが現代の料理か……。
「悠人様っ」
「はい?」
「ここでぼうっとしているのもなんですので、リビングでなにか配信でも見るかゲームでもしながらご飯ができるのを待ちませんかっ? わたくしのサーバなら、ありとあらゆる配信やゲームなどが楽しめますよっ。わたくしの映画配信機能なら古今東西の映画が、VRフルダイブシアター5DX機能付きで楽しめますっ。手足が不自由でも、脳波操作などで動かせますっ」
「あっ、うん……」
まあここにいてもやることはないし、なにか見ながら時間をつぶすか。
でも、ここまでやる必要あるのかなあ……?
僕は台所を出る前に、一度振り返った。
料理の怪物が晩ごはんを作るところをちらっと見た。
このバケモンが、本当に旨い料理を作れるんだろうか。疑問だ。
それから僕はまた前を向き、おぼつかない足取りでユイリーに支えられながらリビングへと向かった。
なんだろう。僕はこれでいいのだろうか。彼女に支えられっぱなしでいいのだろうか。
だからリハビリをするんだろうけど。
そして彼女という機体がなぜ、僕のお世話をするのか。
わからないまま、僕たちはリビングへ向かった。
僕は一体どこへ行こうとしているのだろうか……?
*
「じゃーんっ! 晩御飯ができましたーっ!」
「見ればわかるじゃん……」
「そうでしたねっ。テヘッ」
「お前、妙に表情豊かだよな……」
僕らは僕の家の一フロアダイニング《食堂》で向かい合って席に座り、並べられた料理を見ているわけだけど……。
「これ、見た目も匂いも自然の材料で作られた料理とそっくりだ!」
「そうでしょうそうでしょうっ。超高級人工食料素材にわたくしの超スーパーウルトラ3Dプリンタと、高級レストランや食品会社などのレシビを組み合わせて作った、病院から退院した人にぴったりな食事でございますっ!」
「御託はいいから……。味はどうなの?」
「食べてみてくださいっ! ほらっ!」
対面にいる銀髪の美少女に満面の笑みで言われて食べないほど意地悪ではないので、すぐそこにあった箸を手にして肉の載った皿に近づける。うーん、まだ動きがぎこちないな。
ゆっくり近づけて口に放り込み、噛んでみると……。
……。
「うん、柔らかい! それにこの肉の味。まるで本物みたいだ!」
「ふふっ、食料技術の発達により、本物そっくり、いやそれ以上の人造肉は、既に旧世紀には存在していたのですが、科学技術発達の加速により、コストはさらに軽減され、農業や家畜業を絶滅の危機に追いやるほどになったのです!」
「農家の人が可哀想だなそれ……。自慢することじゃないぞ」
「まあまあ、色々と食べてみてくださいねっ」
「お。おう」
まあ別のものをなにか食べてみようかな……。
いでっ。頭痛が。
あ、箸が。落ちちゃった。
「悠人様、大丈夫ですか?」
「ああ大丈夫だよ。箸を拾わなきゃ」
「いいですよ、悠人様が拾わなくても」
あ、ユイリーが拾ってくれるのかな?
って、ユイリーがお惣菜を自分の箸でつまんでこっちに近づけてくる!?
「はい、あーんっ」
ユイリーが笑みを見せながら同時に立ち上がり、体ごとこっちへ寄せてくるじゃないか!
な、なんか恥ずかしい……。そうは言っても、箸が手元にないのだから言われるがままにするしかない。
「あー」
「はいっ」
その掛け声と同時にユイリーが箸を口に突っ込んで、お惣菜を口内に入れた。
お惣菜を離すと、腕を引っ込める。
その様を見ているとなぜかこそばゆくなってきた。
ふぅ。ようやく口の中で惣菜を噛める。もぐもぐ……。
自然味あふれる野菜の味がした。
「どうですか? 私の料理は?」
ツンデレるわけでもないので正直に答えよう。
「うん、美味しいよ」
「それは良かったです! これからのお料理にも精が出るというものですっ」
「それはいいんだけど……」
「なんですか?」
「箸、拾ってくれる?」
「駄目ですっ」
「なんで!?」
僕の問いかけに、美少女型人工生命体はちょっと困った笑顔をみせて答えた。
「だって……。拾っちゃうと私が悠人様にあーんできなくなるじゃないですかっ! これもサービスのうちですよっ。サービス!」
「サービスっ!?」
「さっ、あーんしましょっ。あーんっ」
まったく、なんてサービス過剰なんだ。このメイドは。
なんでここまでするんだろうか。
そしてここまでされる僕って、一体何者なんだろうか。
*
そんなことがあった夕食後。
リビングで深々としたソファに座り、必要なときには操作盤などにもなる透明なテーブルを挟んで対面の棚にある超大型ホログラフィックディスプレイでニュース配信を見ていると。
「お腹もいっぱいになりましたでしょうし、お風呂を沸かしておきましたっ。お、悠人様はまだ手足がよく動かないでしょうし、ご一緒に入らせていただきますっ」
「え、マジ……?」
レンタルメイドロイドがそう言ってきた。
え。本気で体が固まってしまったじゃん。
「ちょっと待ってよ!? 風呂ぐらい一人で入れるってば!? ほら手足はこんなに動かせるし!?」
立ち上がって両腕両足を広げて元気よく動かす。
ほら大丈夫じゃん。
「……体のバランスが崩れていますよ?」
「そ、そう?」
そんなことはないと思うけどなあ。
「とっ、ともかく、そんな恋人同士とかじゃないんだから、一緒に風呂に入るなよ!」
ダッシュで風呂場へ行こう!
……ぶぎゅるあっ!?
いでで。足が突然もつれて転んでしまった……。
「ほら見たことですか。まだ手足がよく動けないんですから、ここは私がサポートいたしますっ」
元気な美少女の声と同時に二本の腕が体と床の隙間に入ると、ひょい、と持ち上げられた。
どこかで嗅いだような花の香りがした。
なんだっけ……。
それはともかく、美少女に軽々とお姫様抱っこされるなんて恥ずかしい……。
というか、なんで突然足がもつれたんだろう。
さっきまできちんと歩けていたのに。
不思議だ……。
*
「悠人様っ、湯加減はいかがですか?」
「まあ、いい感じだけど……」
なんとも言えない気分で返事をする。
あれから脱衣所であっという間に衣服を脱がされた。
それから再びお姫様抱っこをされて風呂場へ連れて行かれた後。
頭と体を洗わされ、温かい湯が満面なく張った白色の風呂桶の中に僕はいる。
いるのだけれども……。
ユイリーもメイド衣装を脱ぎデバイスを外していた。
人間と全く違うところのない素っ裸に、紺のスクール水着を着用し、僕と一緒に風呂の中で体を相対させて笑顔で見つめている。
なんなんだ、これ。僕にこんな趣味はないんだけど。
「悠人様っ、私の洗浄テクニックはいかがでしたかっ?」
そ、そんなこと言えないじゃないか。気持ちよかったなんて。
そんなこと、言えないじゃないか。
「あら、悠人様顔を背けちゃって〜。本当に気持ちよかったんですねーっ」
……見透かされている。
「あらら、今度は顔を湯の中に沈めてしまわれて。わかりました。明日もこのように洗わせていただきますねっ」
「……僕は子供じゃないからっ!!」
「きゃっ、突然湯の中から出てっ。のぼせてしまわれましたか?」
「そんなんじゃないよっ!! もう出るっ!!」
……うわっ!?
風呂桶をまたいだら急に足が滑った!?
いでで……。
「悠人様っ、大丈夫ですかっ!? やはりのぼせておられたんじゃないですか……」
「だ、大丈夫だって! 自分で……」
あれ、手足が動かない。
「ほうら、まだ手足がうまく動かせないじゃないですかっ。やっぱり、私がいないと駄目なようですねっ。このユイリー、悠人様のお体が万全になるまで、あなたのお世話をいたしますねっ」
そんなことを言われながら、また体を優しく持ち上げられた。
おかしい。
病院のリハビリで手足の操作は万全なはずだ。
なんでユイリーといるとこう、うまく動けなくなるんだろう……。
不思議だ。
しかし。こう美少女の体に触れていると、心臓がドキドキして頭がかあっとしてくる。
たとえそれがオートマタでも。
というかオートマタだからいいんだけど。
これが人間の美少女だったら、確実に死ぬ。
まあ、最新のオートマタは有機材料などをふんだんに使っているから、見た目や触り心地などは人間と見違えるほどだけど。
余計なことしてくれるよな、もう。
そんなことを思っていると。
「悠人様っ」
「何?
「さあお風呂から出まして、それからご休憩いたしましょうかっ?」
「う、うん……」
明らかに誘っているユイリーの声から顔を背けてしまう。
僕は、僕は……。ユイリーが好きじゃないもん。
好きじゃないもん。
好きじゃ……。
……。
*
あんな事言われて、どうすればいいんだろう。
再びリビングの白いソファにこれまた白のバスローブを身にまとって体を沈めながら、天井を見上げた。
はぁ……。
「どうなされました、悠人様? 少し元気がなさそうですね」
頭の後ろから声が飛んできた。
ユイリーだ。
顔を下ろして振り返ると、彼女は銀髪を後頭部にまとめて白のバスローブを着ていた。
その姿は人間の女性そのものだ。本当に。
可愛いというか、きれいというか、本当に美しいなあ。
人間としては、だ。
オートマタとしては、美しすぎる。
もうちょっと人間らしくないほうが、オートマタとしては好みなんだけど……。
それに、これでおせっかいなところがなきゃさらにいいんだけど……。
……あれ?
ちょっと、なんで目の前に来るの。なんか急にまた微笑んでコワイんですけどっ!?
「長い間の病院生活でお疲れでしょう? ここで気分転換にVRゲームします? 映画配信を一緒に見ます? それとも……、わたくしと一緒に寝ます?」
「ち、ちょっと!?」
視線が彼女の顔から胸元へ行く。
彼女の白いふわふわとしたバスローブの間から、大きくたわわに実った双丘の間が見えた。
というかおかしい。
こいつ、なんでここまでこうするんだ。
単なるプログラム《お仕事》上のサービスと言うには過剰すぎる。
どこか必死さを感じてしょうがない。なぜ……?
「どうなされました? そんなに身を引かれまして?」
「……というか、お前おかしいよ」
「何がです?」
「なんでそこまで僕にサービスするんだよ。料理といい、風呂と言い、そして今と言い、普通のメイドサービスとしてはなんか過剰すぎるよ。プログラムされたものにしてはおかしいよこれ? 一体どういうわけなんだ?」
「……わかってしまいましたか」
僕の疑問に、メイドロイドは急に顔を背けた。
そして、一つため息をつくと、話しだした。
「……車の中で実は言ってないことがありました」
「……なに?」
「実は私、シノシェア社の高度研究実験試作機です。様々なテストを経た上、最終試験である一般人との生活試験という名目で悠人様のお世話に送り出されました。この試験が終われば、自分は研究所に戻り、調査の上私は解体されることになるでしょう。そして私のデータは量産機に引き継がれることになるのです」
そう語った彼女の顔は目を細め、寂しそうに笑っていた。
「そうだったんだ……」
彼女は自分のことを僕に覚えてほしかったんだ。
僕を一生懸命お世話して、その記憶を僕に残しておきたかったんだ。
そうすれば、彼女が解体されても、ユイリーは僕の中で生き続ける。
だから、ここまでこんなことを……。
……よし、決めた。
「ユイリー……」
僕は立ち上がるとユイリーに両腕を伸ばし、背中に手を回す。
そして、強く抱きしめた。
「悠人様……」
彼女の応じる声に、更に強く腕の力を込める。
「ユイリー、これから僕の手足が慣れるまでの間、君の機能を見せるだけ見せてくれないか。僕はその能力を忘れないでいよう。そうすれば、君が解体されても、僕は君のことをずっと忘れないから」
「……」
僕の背中に、柔らかいものが二つ触れた。
「そして僕も、君のためにできることはしてあげたい。この体だ。僕にできることは少ないかもしれない。でも君がいなくなるその日まで、僕はやれることを君にしてあげるよ」
「……ゆうと、さま」
僕はそこでユイリーの顔を見た。2つの瞳の端から、それぞれ一筋の流れができていた。
「泣くことができるなんて。君は人間だよ」
そう言うと、僕は顔を近づけた。
ユイリーが目をゆっくり閉じた。
そして僕は……。自分の唇をユイリーのそれに重ねた。
その唇の柔らかさは。
ふっくらとしたマシュマロのようだった。
僕らはしばらく唇を重ねていたけれども。
やがてゆっくりと離した。
そして僕は笑って言った。
「さあ、いこっか」
僕はユイリーと手を繋ぐと、らせん型の階段の方へと歩き出した。向かうは、二フロアの主寝室だ。
「ええ、悠人様っ」
ユイリーは残る手で涙を拭いながら、笑い泣きの笑顔でうなずいた。
こうして、僕らの生活は始まった。
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