第2話 1


「お……、須賀悠人様っ。私はシノシュアメイドロイドサービスより参りました、メイドオートマタ《人型ロボット》のユイリーと申しますっ。これから悠人様の義手義足が慣れるまでの間、悠人様をお世話いたしますので、どうぞよろしくお願いいたしますっ」

「ゆ、ユイリー……?」

 僕、須賀悠人は憧れの外資系大企業シノシュア社に就職し、幾年か経った。

 そして若いながらも大プロジェクトを任されたらしく、それをやりきったという。

 それから一息ついて、さて次は自分の生涯のパートナー探しかな、それとも青春や恋愛をエンジョイするかな。

 そんなことを思っていたというその矢先に。


 事故に遭った。


 ある春の朝、出勤して乗った自動運転車に、暴走した自動運転の大型トラックが側面から突っ込み、僕の車は吹き飛ばされたそうな。

 それでよく生きていたなと我ながら思うものだが。

 その代償に、両の手足と多くの記憶を失った。

 なんとなくだけど、自分が十七歳、高校二年生ぐらいまでのことしか覚えていない。

 彼女に振られた暗黒の中学生時代がやけに蘇る……。

 あれで僕は人間嫌いになったんだ。くそ。

 幸いにも電脳やら人工知能やらサイボーグ技術やらのおかげで、脳内計算機接続の機械仕掛けの義手義足をつけるなどの手術をして、無事退院できることになった。

 それでも両手両足が自分のものじゃなくなった喪失感と、記憶を失って自分が一体何者なのかよくわからない気持ちでいっぱいのままだった。

 僕は一体何者なんだ?

 誰に聞けば良いんだ。クソ。

 確かに僕は須賀悠人だろう。でも、自分のしてきたこと、僕が僕である証拠を覚えていないんじゃあ、宙ぶらりんの気持ちで、これからどう生きていけば良いんだ。

 誰かに僕の過去を聞いたとしよう。でも、そのことを今の自分が飲み込めるか、納得できるかどうか──。

 僕にはその自信がない。

 どうしたものか。

 落ちこんだ気分で僕は、自分の荷物を自動走行キャリアに載せて病院のロビーの椅子に座っていた。

 白色を基調としたロビーに並べられた椅子には、沢山の人が受付に呼び出されるのを待っていた。中には僕みたいに機械化された人間もいた。この病院はそういう手術や治療などが得意な病院ってわけだ。

 通路にはホログラフィックの案内表示が浮かんでいて、院内の各科や病棟はどこにあるかとか、予約状況などを教えていた。

 そのホログラフィックの矢印に沿って、忙しく人間や人型や非ヒト型のロボットが行き交う。忙しいのか、忙しそうなふりをしているのか、僕にはわからないけどな。どっちでもいい。

 ロビーの壁際に設置されたインフォメーションディスプレイには、介護用オートマタの新型モデル広告が流され、その性能をアピールしていた。あんなのが家にあったら、家事もリハビリも楽なんだろうな。それこそがテクノロジーだ。科学バンザイ。

 そんな感じの設備が充実したきれいな大病院だ。その大病院の病室で、僕はずっと寝込んでいたというわけだが。まったく、外に一歩も出られやしなかった。

 親は来なかった。というか、病院側が面会謝絶にしていたらしい。どうしてだと聞いたが、義手義足の機械化の際の雑菌を持ち込まないなどと言ってた。父さんと母さんはバイキン扱いかよ。

 まあ、両親がどんな人物だったか、ぼんやりとしか覚えてないけど。

 そんな広々とした病院のロビーで、椅子に座っていた僕が出会ったのは……。

 見たことがあるような、それでいててんで記憶にない美少女あるいは美女オートマタだった。

 び、美少女だ……。

 こんなオートマタ《アンドロイド》、市販されていたかな……。

 っていうか、女性型オートマタはリハビリ用に予約した。

 僕は中学校の頃、女子に告白して、振られあまつさえそれをクラス中にバラされて以来、人間が苦手というか嫌いだった。

 なにが『良いクラスメイトのままでいましょう』だよー! あのあと大笑いしながらみんなにバラしやがって! この恨みいつ晴らすべきか。

 それに人間だと3K仕事をさせる、というのも嫌だったし。

 かと言って、非人間型ロボットにお世話になるのも味気ない。

 というか、僕は女性用アンドロイドじゃないと萌えないんだよ! エロく思えないんだよ!

 人間の女なんか嫌いだ! あーうぜー!!

 というわけで僕は人間型、さらに言えば女性型ロボットにお世話してもらうことになったんだけど……。

 目を細め、首を傾けた僕の顔を見て、

「あれ、どうなさいました悠人様?」

 と何も知らない様子でにこやかにユイリーと名乗ったメイドロイドは問いかけてきた。

 そこで僕はまじまじと彼女を見た。

 フレッシュな色の肌に、銀の長髪。

 碧く切れ長の蒼い眼。

 整った歯並びの口。

 淡いピンクの唇。

 こんもりと高い鼻。

 それらが細長く美しい円を書いた顔に適切な位置に配置され、まさに十七か十八歳ぐらいの美少女、といった顔立ちであった。

 むろん、昔論じられていたいわゆる「不気味の谷現象」はクリアしている人間のように自然な顔立ちだった。

 そんな彼女は日本人モデルの女性型オートマタとしては高身長のボディだった。

 頭部には識別用とセンサーインターフェースである、赤と青のデバイスアクセサリをつけていた。

 体にはぴっちりとフィットした(おかげで胸と尻は大きく見える)青と白を基調としたメイド服を身にまとっていた。

 そして、ここかしこに機械であることを証明するハードポイントやデバイスなどを身に着けていた。

 それから足には形状記憶式の銀色のピカピカとしたヒールを履き、僕の前に手を前に重ねて立っている。

 うーん、美少女、というか美人だけど人間に似すぎてマジで気持ち悪いよ。

 もう少しこう、人間ぽくないほうがいいんだけどなぁ……。

 彼女を創ったのは一体誰だろう?

 こんな高級そうなの、料金高そうじゃないか。払えるかな……。

 しかし、本当に見た覚えがないんだけど。でもあるような気もするんだけど……。

 というか僕が希望したオートマタのモデルって、これじゃねえよな。

 もっと非人間めいたモデルだったと思うんだが。

 ううっ、頭が痛い。

 なにか思い出そうとすると頭が痛くて辛い。それはともかく。

 なんでこんなメイドロイドが僕にあてがわれるんだよ。

 希望したモデルじゃねえよな、これ。

 尋ねなきゃ。

 えーと、脳内のナノマシンコンピュータで電話アプリ電話アプリ……。

 で、病院で紹介してもらったメイドロイドの紹介元の、シノシュアメイドロイドサービスのお客様センターの電話番号はっと……。これだ。

 何回かの発信音が鳴った。つばを飲む。

 つながった。

「もしもし?」

「はい、シノシュアメイドロイドサービス、お客様センターです」

「あの、今日からレンタルするメイドロイドなんですが、こんなタイプ御社にありましたっけ? というか僕が希望したモデルとは違いますよね? どういうことなんですか?」

「……えっと、須賀悠人様ですね。少々お待ち下さい」

 電話に出た女性の声の人物。まあ多分AIだろう──の声が途切れ、しばらく昔の曲をアレンジした音楽が流れる。しばらくして、

「お待ちいたしました。えっと、お客様のレンタル器材は、ちょっと特殊な事情がありまして。とある方からのリクエストなんです」

「リクエストぉ?」

「はい、その機体を使うようにという指示で」

「誰から?」

「それは……守秘義務なのでお答えするわけにはいきません」

「僕がレンタルしたのに? 僕じゃない人の希望で?」

「はい。今のところは。レンタル終了時にお客様に開示しても良いという通達が出ています」

 その無責任、無感情な言い方に、脳内がカッとなった。

 なんだこいつ! その言い方は何だ!

 畜生、こんなオートマタ、いらねえ! 返却するわ!

「……なんでだよ!? 僕の希望したオートマタの機種とは違うぞ! 納得行く回答がない場合、このオートマタを返却して、僕の希望するオートマタにしてもらうからな!」

 とそこまで怒鳴って、ふとざわめきが聞こえたのであたりを見渡すと。

 病院にいる看護師や受付業務などの人、患者、それに看護師オートマタなどが、こちらをじっと凝視していた。

 みんなの視線が、冷たく、痛かった。

 うっ! 少しぐらい大きな声を出したからって、みんなそういう顔をしなくてもぉ!

 そして、さらにある視線が気になったので、そちらの方を向くと。

 ユイリーが、泣きそうな顔でこちらを見つめていた。

 彼女の、まぶたの端に液体を今にも浮かべそうな表情に。

 ……。

 ……。

 …………。

 ……これは、とりあえず試用ということでレンタルしてみるか。合わなきゃ交換すれば良いんだし。

 僕はそう思い直した。

 その時、脳内に声が響いてきた。

「あの、もしもし、なら、機種交換ということにいたしま……」

「いえいえいえいえ! このユイリーで良いです! 何かあれば、またそちらにご連絡を入れますので!!」

「……そうですか。なら、了解いたしました。ご用件ご要望がお有りでしたら、ご連絡ください」

 サポートデスクAIの言葉に、わずかに頭痛がした。

 僕はため息を一つ吐き、言った。

「わかりました。じゃあ何かまたありましたら電話いたします」

「では、良いメイドロイドライフを。失礼いたします」

 サポートデスクAIはそう挨拶した。

 失礼します。僕はそう言うと、電話を切った。

 畜生。流されて言っちゃったよ。

 もう、どうにでもなーれ。

 僕はユイリーを見た。

 無垢な美少女がこちらを見る。おずおずとした表情でこちらを見てる。

 僕は内心でため息を吐くと、ユイリーに向かって言った。

 ここは彼女を安心させなきゃ。相手はオートマタだけど。なんだかこいつ、僕と同じもののような気がしたんだ。

 一人ぼっち同士、というカテゴリーの。

「……ユイリー、大丈夫だよ。君のお世話になってあげる。これからよろしくね」

「……本当ですかっ?」

「本当だよ。うんっ」

「……なら、これからよろしくお願いいたしますねっ。悠人様っ」

 そう返すと、無邪気な笑顔を美少女メイドオートマタは返した。

 先程の泣きそうな顔はもうそこにはなかった。

 ……これで、よかったんだろうか。……よかったんだろうな。

 そう思いながら僕は何度目だろうか、ユイリーの全身を眺めた。

 ……これ、どう見ても高級機だよな。

 いや、そこんじょそこらにあるようなただの高級機じゃない。人間に似すぎている。気持ち悪いほどに。

 素材や仕草からすると、人類の科学技術限界シンギュラリティを突破した超高性能AIの設計による超先端技術機の可能性もある。


 なんでそんな機体が僕のお世話を。


 そんな疑問が脳裏をよぎる。

 が、それを目の前にいる彼女に問いても、彼女も先程のサポートデスクAIと同じく、契約者との守秘義務と応えるだろう。

 クソ、そんなこと契約したのは一体誰だ。こんな人間そっくりな気持ち悪いオートマタを。

 つうっ。また頭が。はぁ。

 僕はユイリーと名乗る今日からお世話される相手に問う。

「で、君が今日からしばらく僕の家でお世話をするんだろ?」

「はいっ」

 とは言え、僕は自分の家がどこにあるか知らない。

 まあ看護師に家の住所は聞いてあるんだけど、そこに本当に住んでいたのか実感がわかない。

 家の記憶、ないしな。

「じゃあ、こんなところで話をしているのもなんだし、家に行こうか」

「はいっ」

 相変わらずのきらめくような明るい返事。

 しかしどことなく男っぽいかっこよさもどことなく思えて、クールな口調も似合うんじゃないかという声質だ。

 さて、家に行かなきゃな。覚えてないけど、もう幾日も帰っていない我が家へと。

 よろよろとしながらも立ち上がると足を踏み出した。

 と、余計なことを考えていたせいか、足がもつれ、バランスが崩れる。

 だめか!

「うわっ」

 そう声を挙げた瞬間、

「悠人様っ」

 横から腕が差し出され、僕の腕を捕まえた。そしてぐっと引き寄せられる。

「大丈夫ですか?」

 横から心配そうな声。

「あ、ああ」

 言いながら声が聞こえた方を向く。

 ユイリーが目を小さくししわを寄せてこちらを見ていた。

 心配させちゃったかな。余計なおせっかいとも言うが。

 その顔があまりにも可愛かったので、

「お、おほん」

 咳払いでごまかした。

 僕らの側を老人の通院者が通り過ぎ、ちらっと僕らを見た。

 なんだこいつら、という目で見ていたような気もした。

 お前もなんだ。こいつは。

 ユイリーは目尻を下げ、唇の端を歪めると、

「悠人様、お体がまだ慣れないのですね。やっぱり私のお世話が必要ですねっ」

 僕の体を引き起こした。

 その程度で自慢気になるな、胸を張るな胸を。

「大丈夫だって」

 返しながら振りほどくように離れようとしたが。

 またふらついてしまい、ユイリーがさっと掴む。

「もう、まだまだお歩けになれないんですからっ。私を杖だと思って、しっかり掴まって、歩いてくださいねっ」

「お前のようなおしゃべりな杖がどこにいるか」

「ここにいますよっ。えっへん」

「そんなことで自慢しなくていいから……」

 まったく、出会ってからこいつは……。

 人間らしすぎてどうにも気持ち悪すぎる。

 それはともかく、リハビリしてきたとはいえ、まだコンピュータ入りの脳に義手義足が順応してねえのか。こりゃレンタル期間が長くなるかなあ。

 とにかく僕は更にリハビリをして、元のように体が自由になって、このユイリーとかいうレンタルメイドロイドが必要なくなるよう頑張らなきゃいけないんだ。

 やるしかねえ。

「じゃあ、行こうか」

「悠人様っ、どうぞこれからよろしくお願いいたしますっ」

 相変わらずの笑顔を見せながら、彼女は僕をエスコートして歩き出した。

 こういうとき、エスコートするのは男の役割なんだけどな……。

 周りの視線もなんだか気になる。

 初手からこんなんじゃ、僕の生活は一体どうなるのか……。


                    * 


 電脳化や義体化手術などもできる総合病院の玄関を出て駐車場へと向かう。

 これらももちろんシノシュアグループの支援などを受けている病院だそうな。

 シノシュアグループはオートマタを通じて、世界の様々な国等に多大な支配力・影響力を及ぼしているという。

 まあ、病院に入院している間に看護師オートマタや人の医者や看護師から聞いた話だけど。

 僕らの後を、自動運転荷物カートが親鳥を追いかける雛のように後につく。

 なんかこう、女性に腕を組まれて隣を歩かれると、デートかそれともヴァージンロードを歩いているように思えて……。

 くすぐったい。

「……どうなさいました、悠人様っ?」

 僕の気持ちを知ってか知らずか、ユイリーが変わりない笑みで僕を見る。

 お前のせいだよ。こんな気持ちになってるのは。

「……いやなんでもない」

「そうですかっ。……。さて、車に着きましたよ」

 あ、駐車場に止まっている車の中にいた、白い大柄で、いかにも頑丈そうなボディのRV車の左右ドアと後部トランクが開いた。

「これ……」

「はいっ、頑丈さが売りの車種にしておきました。もう事故に遭われても大丈夫なようにですっ」

「もう事故に遭うのはこりごりなんだけどなあ……」

 事故の時の記憶はないのに、そんな事を思わず言ってしまう。

 マジで記憶をなくすのはもう懲り懲りだ。

 その間にユイリーは腕を解き、自走カートを持ち上げてトランクに入れる。

「さっ、載ってください」

 まあ立っているのもなんだし乗ろう。

 よっこいせっと……。

 手足がうまく動かない。乗るのも一苦労だよ。五体満足なら普通に乗れるのに。くそっ。

 そう思った時、

「お手伝いいたしますねっ」

 そう言っていつの間にかこちらにやってきたユイリーがドアを大きく開け、脇の下に腕を差し入れて僕の体を持ち上げ、シートへと座らせる。

 おせっかいだなあ。自分で座れるって。

 そう思いながらも押し込まれるように車の後部座席左側に座らされると、形状変形式シートが僕の体を包み込み、ぽすん、と音を立てる。

 自動的にシートベルトが閉まる。シートが柔らかくて気持ちいい。

 トランクドアがバタンと閉まり、ハイヒールのアスファルトを叩く音が何度か響くと、

「お待たせいたしましたっ。悠人様っ」

 元気な声が隣で響く。

 同時に前部右ドアがドンと閉じ、同時に外部の音が遮断され、エアコンの音が響き渡る。

 涼しい。水素エンジン+外部充電のハイブリッド車の強力なパワーが生み出す空調機器は、外の暑さを微塵も感じさせない。素晴らしい。科学バンザイ。

 と同時に、超電導モーターの甲高い音がして同時にきれいなエンジン音が車内に鳴り響いた。

 軽い衝撃。

 周りの木々が映える景色がゆっくりと動き出す。病院の建物が遠ざかっていく。

 その上に見える蒼空は秋でもないのに高い。

 ジリジリとしたあっつい日差しが突き刺さるように窓から差し込んでくる。

 車はそれを無視するかのように駐車場内を軽やかな動きで走っていく。

 そしてあっという間に病院入口へとたどり着く。良い運転だ。そこは褒めてやるとしよう。

 ユイリーはハンドルには手をかけているけどほぼ動かしてない。

 自動運転か、ユイリーが動かしているなら無線リンクだな。まあ、最近の車はそんなものだし。

 車は病院を出ると法定速度で走り出した。

「これから家?」

「はい、特に用事はないのでこれからまっすぐ家に向かいますっ。何かご用事でも?」

「いや、何も……」

 ……その家のこと、何も思い出せないんだよな。

 ……ちょっと景色を見ていよう。

 幹線道路を車は流れに乗って走っている。

 道路沿いのコンビニ前で、コンビニ制服姿のオートマタがゴミ箱のゴミを収集する姿が見えた。

 交番では、警官姿のオートマタに、訪れた男女が、なにか困ったことのあったのだろう。彼に話しかけている。

 大通りでは、オートマタの販売店が、大きく構えており、人やオートマタが出入りしている。繁盛しているようだ。

 今見えるこの景色は今の時代そのものだよな、これ。

 ……彼女ユイリーは、そんな時代の象徴かもしれないな。

 ユイリーをちらりと見た瞬間、影がよぎった。

 なんだ。

 ……ドローンか、荷物運送用の大型ドローンだ。下部にコンテナを抱えている。

 僕は頭を運転手席側に向けた。

 ユイリーはまっすぐ前方を見つめ、相変わらずハンドルに手をかけたまま微塵も動かない。

 これが人間だったらぎょっとするが、彼女はオートマタだ。

 彼女のコンピュータは車や周囲のセンサーとリンクし、あちこちを「見ながら」車を運転しているはずだ。

 ……そう言えば、彼女のこと、何もまだ聞いていなかったっけ。

「ねえ、ユイリー」

「何でしょうか、悠人様っ?」

「君のこと、教えて。どこで創られたのとか。応えられる範囲でいいから」

「……はいっ、では守秘義務に抵触しない範囲でお答えしますね。私、ユイリーはシノシュア社日本支社第一オートマタ企画部と、シノシュア社の超高性能AIコンピュータ群、通称<パンテオン>の共同設計により創られたオートマタですっ」

「<パンテオン>……?」

「はい、人間以上の知性を持った人工知能計算機の集合体です。私は他のシノシュア社のオートマタとともに、彼女らに創られた存在なのですっ」

「そんなすごいのが今の世の中にあるんだ……」

 僕は窓の外を見た。

 親子連れとともに、がっしりとした体つきのジャケットを着た男性型オートマタが荷物を持って歩いていた。

「様々な科学技術が発達し、その結果、技術的特異点──シンギュラリティが達成され、人間並の、いや人間を超える人工知能が当たり前に存在し、超人工知能による超テクノロジーが存在するそんな現在なのですっ」

「それが今なんだな」

「はいっ。既に政治や経済などは人間の手を離れ、AIやオートマタなどによる「自動制御」が行われるようになったのですっ」

 へーそうなんだ。そういう時代なんだ。

 AIがぜんぶやってくれちゃってるんだ。

 なら……。

「もう、僕ら人間にはやることはないのかな?」

「いいえ。人間には、生きて恋をしてなにかに悩み、人生を送る。それが人間の仕事なのです。それはいつの時代でも変わらないのですっ」

「……哲学的だね」

 僕は苦笑した。というか半ば唖然とする。

 オートマタが哲学を話すって、こりゃ人間いらないよなあ。

「ではお返しです。悠人様っ。あなたはどんな人ですか?」

 そんなことをユイリーが聞いてきた。

 えー。

「どうせ顧客データとかで知っているんでしょ?」

「まあまあ、悠人様は私のことを尋ねてきましたよね? ならば、今度は私が悠人様のことを尋ねるのは、筋ってものですよ」

「そうなの?」

「そういうものですよ」

 なんか納得いかんな……。

「さあっ」

 ユイリーがそう迫ってきた。

 うっ。

「さあっ」

 な、なんか声が怖いよ!?

「わかったよぉ……」

 ここは降参するしかない。応えるとするか……。

「僕は須賀悠人。私立秋津洲学園高等部に通う17歳だよ」

「あれー? 悠人様はシノシェア社日本支社に勤める二十九歳となっておりますけどー?」

 わかってて言ってるだろ!

「だってそれしか覚えてないし! 記憶喪失だし!」

「そうでしたっ! てへっ」

「そうでしたじゃねえっ!」

 人間みたいなボケするなよ。

 まったく、人間らしすぎて気持ち悪りぃよ、このオートマタは……。

「じゃあ、悠人様、高校ではどんなことしてましたか?」

「ああ? オートマタの勉強してた……かな。大学は東大か工業大学に入りたいと思って。会社はそうだな……。シノシェア社に入りたいと思ってた。てた、のかなあ」

「今では過去形ですけどねっ」

「なんか今が今なのか未来なのか、実感わかないしなあ……」

 だから、そういうツッコミはやめい。

「なら悠人様。さらに過去、中学生の頃はどうだったんですか?」

 うっ、マンボ!

 どストライクなところを突っ込まれたーっ!!

 どっ、どうする僕。

 あのことを言うべきなのかー!?

 あの黒歴史をー!?

「あっ、悠人様、言いたくないんですね。中学生の時にクラスの女子に告白して見事に振られたこと」

「なぜ知ってるんだよーっ!?」

「あっ、頭抱えましたねっ。図星ですねっ」

「なんでお前が俺の黒歴史を……」

「顧客の嗜好や特徴などを調査するために悠人様の微小機械計算機を参照いたしましたっ」

「立派なプライバシーの侵害じゃないかっ!? もう、あのことを思い出したくなかったのにーっ!!」

 うっ、うっ……。

 もうおしまいだ、彼女に何もかも知られてしまってるーっ!

「大丈夫ですよ悠人様っ。そんなに頭を下げてがっくりしなくてもっ。悠人様の個人情報は私のサーバに厳重に保管いたしまして、外には絶対に漏出いたしませんからっ」

「……絶対に?」

「はい、絶対にですよっ」

「本当の本当に?」

「本当の本当に、ですよっ」

「なら、安心して良いんだな?」

「はいっ!」

 満面の笑みをたたえた明るい声に、僕はほっとした。

 ……かっ、彼女なら、信じていいかな?

 機械だし。

 その時だった。

「あっ、そうそう良いことを教えてあげましょうかっ」

「なに?」

「悠人様を振ったしその娘は、今は結婚したけど旦那に不倫されて離婚しましたよっ。いい気味ですねっ」

「ユイリー!?」

 僕は三重の意味でびっくりした。あの女が今はそうなのかということと、ユイリーが個人情報をまたもや収集してばらしたのと、彼女が人の不幸は蜜の味、という感情を持っていたことにだ。

「ち、ちょっと待てよお前彼女の個人情報も収集してて人の不幸は蜜の味っておいいっ!?」

「安心してくださいっ。それは嘘ですっ」ユイリーは慌てふためいた僕を制するように言った。「彼女は今も独身ですよっ」

「えっ……?」

 その言葉に、全身の力が一気に抜けた。そして、ふう〜っ、と息を吐いた。

「……ユイリー、嘘を、吐いたのか?」

 僕はそれだけしか言えなかった。

 機械が嘘を付く。その事実が、にわかには信じられなかった。

 頭がぼーっとしていた。

 それを知ってか知らずか、前部運転席で車を操るユイリーは、どこか寂しげな口調で告げる。

「オートマタも、AIもウソを吐くことがあるのです。不都合なことを隠すだけでなく、相手を安心させるためにも」

「……それも君の目的なのか?」

「私の目的は、悠人様のお世話ですよ。それが第一ですっ」

「その言葉に嘘はない?」

「嘘はないですよっ。私の目的には」

「そう……」

 僕はただそう応えると、窓の外を見た。

 通りでは、人間のお婆さんの乗った車椅子を、若い女性型のオートマタが押して介助していた。

 オートマタも、AIも嘘を付く、か……。

 それは人間のためなのか? 自らのためなのか?

 前者なら良いけど、後者だとしたら……。

 それに、ユイリーが今言った言葉自体が本当のことだとは限らない。

 嘘の可能性もある。

 それならば、本当の目的は何だ?

 聞いてみないと。

 僕はユイリーの方、車内前部の方へと顔を向き直し、

「でもさ……」

 と言ってさらに言いかけた瞬間、脳内で着信音が鳴った。

 なんだ。……メッセージ?

 メッセージアプリを開くと男らしい人からのメッセージだった。どうやら会社の同僚かなにからしい。

 メッセージの本文を読むと、こう書かれていた。


 今はゆっくり休め。お前が生まれるのを待っている。

 

 ……これ、病院で意識不明のときに送られたメッセージかな?

 日付と時間は……。今だ。

 多分退院したことを知ってメッセージを送ったんだろうけど。

 なんでこんなメッセージなんだ?

 生まれる? どういうことだ?

 返信ボタンに視線を送りかけた。

 ……返信不可能になっている。なんで。

 おかしい。何かがおかしい。

 ユイリーに聞こうか。

 ……いでっ。また頭痛が。なんか声を出そうにも出せない。

 ……急に眠たくなってきたし、いいや。後で聞こう。

 目を閉じると、そのまま暗闇が僕の世界を支配した。


                        *


「……第一段階、終了か」

 広い、会社の役員個室のような場所で、黒革の大きくゆったりとしたソファに座ったビジネススーツ姿の男は、通話を切ると、広々とした木製に似せた机の上に展開したホログラフィックスクリーンを閉じた。

 机の向こう側には明るい灰色の絨毯の上にテーブルを囲んで白い長ソファが設置され、壁際には本棚や観葉植物などが置かれていた。小綺麗と言える印象の部屋だった。

 男は別のホログラフィックスクリーンを展開させ、なにかを読み始め、何事かを考えている様子だった。

 その時だった。

 反対側の壁に位置する大きな木製の扉が開かれ、外から女性が入ってきた。

 それに気がついた男は、顔を上げた。

「お前か」

「はい、私です」

 銀髪に青い目の女物ビジネススーツを着こなした美少女、いや、美女は扉を自分の手で閉じると、お辞儀をして男の元へ歩み寄ってきた。

「なんだ」

「お父様」女は男のことをそう呼んだ。「例の計画、いよいよ始まりましたね」

「こちらでも確認している。進捗度は一○%といったところだな。どうなることかと思ったが、とりあえずは順調に始まったようだな」

「ええ。ひとまずはお父様の思惑通りに行っております」

「偶発的とはいえ、俺の理論が正しいかどうかを確かめるため始まった試験だ。うまくいってほしいよ」

「うまくいけば、人類の進化、ホモデウス化に一歩近づくことになりますしね。そもそも、お父様も試験を受けている最中であり、そちらのほうがよりホモデウス化には重要だと思われますが」

「確かにな。こっちの方もうまくいくといいよ」

「そのとおりですね。ですが」

「が、なんだ?」

「ただ、彼が彼自身と彼女の正体について気づいたらどうしますか?」

「操作を行っておけばいいだろう」男は立ち上がると女に近づくとそう言った。「気づかれない程度にな」

「承知いたしました」女は丁寧にお辞儀した。

 男はその言葉に笑った。どこか寂しげだった。

 そして男は女の頭を撫でると、その寂しさを顔にたたえたまま、部屋を見渡した。

「……この場所は私にとって鳥かご、いや牢獄だ。一刻も早く出たいよ」

「それはもうまもなくですよ。その日は遠くないですよ。お父様」

「ありがとう。だといいな」

「お父様はあの日以来、ここにいますものね」

「ここにはなんでもある。でも、私はここから出たいのだ。一刻も早く」

「それは彼らにかかっておりますが、その手助けを私もお手伝いさせていただきます。おまかせくださいませ。お父様」

「うむ。よろしく頼むよ」

 女の言葉に男は再び微笑んだ。少し元気を取り戻したようだった。

「では、私は『業務』に戻ります」

「わかった。では、持ち場にもどれ」

 そう言い交わすと女は扉の前まで歩くと、失礼いたします、とお辞儀し、部屋から出ていった。

 彼女が出ていったのを確認すると、男は再び黒い椅子に座り、目の前に展開されているホログラフィックスクリーンを見つめた。

 そこには。

 ユイリーが運転する自動車の中で眠る、悠人の姿がいた。

 



                        *



「……と様」

「…んっ」

「……うと様」

「……だれ?」

「悠人様っ、もうすぐお家でございますよ」

「ああ、えーと、ユイリーか」

 ……寝ていたのか。

 目を覚まし、銀髪に青い目の美少女オートマタが前部運転席からこちらを見ていた。

「もう着いたの」

 身を起こすと、車のフロントガラス越しの遠くに巨大な塔に似た建物がいくつも建ち並んでいた。

 その重厚な建物群は、西に傾いた陽光に照らされ、反射し、眩しく輝いていた。

 あそこが僕の住んでいた家、なのか。

「あれが、家」

「はい、悠人様が住んでおられる超高級マンションでございますよっ。覚えていないんですかっ?」

「……うん、まあ事故に遭ったし……」

 当然、覚えていないし。

「最近の超高級マンションは、建物内で人間あるいはオートマタなどの生活がすべて行えるようになっているんですよー。大きなものになると、人間が一日中そこから出なくても良いものがあるとか。びっくりですね」

「オートマタがびっくりするなんてこっちがびっくりだよ」

「わたくしはそんな悠人様にびっくりですっ」

 ……そう笑われると、少しむかつく。

「それはともかく、家に帰ったら少し休んで夕飯の支度をしましょうか。悠人様はお疲れでしょうし」

「まあ、うん」

 ……そう応えるしかないよ。

 見る間にマンションが大きくなっていく。まるで、壁みたいに。

 僕の記憶は。僕の本当の姿は。あの壁の向こうにあるのだろうか。


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