第25話 悪魔VS天使

「そう、相談だ。他でもない。それほどまでに悪魔らしくない悪魔は、我らの味方とすべきではないかとな」

「なっ」

 神と交したという内容は、本当にメフィストの想像していないものだった。

 対立するのが当たり前の相手を味方に引き入れる。そんな相談をしてきただと。何かの冗談だとしても、あまりに色々な約定に反するものだ。

「何を驚いておる。そもそも、そなたが自己犠牲の精神を見せる度に、神はそなたの悪の部分を削っておった。お主は堕落した魂から魔力を差し引かれたと思っておっただろうが、それは違う」

「なんだと」

 それはつまり、神が自分を浄化していたということか。メフィストはぎりっと睨み付ける。

「ふっ、そう怒るな。削っても削っても、それくらいで公の悪魔としての力が揺らぐことはなかった。さすがはあの元は光りを掲げる天使の右腕を務めるだけのことはある。夜の国に戻ってみて、何事もなかったから、削られた分はすでに補えたことは解っているだろう。まったく、悪魔信仰とは困ったものだ。夜の国から追放されるほどに弱ってくれていれば、私が直々に迎えに来ることもなかったのだがな」

 マステマは何も気づいていないのかと、メフィストを見つめる。一方、メフィストは一体何がどうなっているのかと、混乱するばかりだ。

「悪魔信仰」

 しかし、気づくチャンスがあったことに、今になって気づいたメフィストだ。

 あのグレマン伯爵を殺した時、胸に過ぎったもの。

 その正体は友を殺した後悔だった。

 それは浄化が進み、人間らしい感情が芽生えていたことを意味している。

 だが、それにも屈せずに魂を食らったことにより、天使化が進む事は止まり、魔力も元に戻っていたというわけか。

「さて、軽微な罪で領民が殺されることを嘆く領主よ。貴様がここに許しを請いに来たという行為、それは自らを差し出すことで多くの人間を救うことになる」

「くっ」

「それはすなわち、一気に貴様の浄化が進むということ。悪魔から天使へ。今までに一度たりとも起こったことのない事例だが、そなたが最初になるというわけだな。人の心を見透かし、悪に堕ちた者ばかりを食らい続けた悪魔は、結果として人々を正しい道に導いていたのだ」

 この教会に足を踏み入れた時点でお前の負けだと、邪悪な天使は微笑んでくる。

 メフィストはしまったと思うも、膝から力が抜けてその場に崩れ落ちる。

「さて、神よ。新たな天使の誕生に祝福を」

 マステマの言葉を受けて、それまで支配していた混濁した空気が清らかなものへと変化していく。

 メフィストは何とかそれを止めようと、自分の力を解放した。

「うおおおおっ」

 人間界で生きるために抑えていた魔力を解き放ち、清浄な空気へと対抗する。多少神に削られていたとしても、元より夜の国において最強クラスの魔力の持ち主だ。ここが教会内であろうと、一時的に魔に染める事が出来る。

「ほう、まだそんな気力が残っているか。しかし、ここは神の領域。そして公は天使への転生を認められし者。無駄なことだ」

 貴様はもう捕らえられておるのだよ。

 マステマは仄暗い笑みを浮かべていた。

 天使でありながら邪に傾く自分とは異なる存在が今、ここで生まれようとしている。それは奇妙な感動を生むものだった。

 まさか自らの試練がこの悪魔を夜の国から救うことになるなんて。

 これほど面白いことはない。

 悪魔から天使へ。

 人間界で好き勝手に人間の魂を狩っていたはずの悪魔が、実は人の子を正しく導いていたという事実。

 どれもこれも、人間に試練を与える己とは異なる。それでいて、誰よりも正しい行いだ。

「くくっ、さあ、どんな天使となり人々を導くのか、私に新たな公の姿を見せてくれ」

 マステマは両手を広げると、メフィストが解放した魔力を吸い取っていく。その吸い取った魔力は、すぐさま配下の悪魔たちへと分配した。

 こうしておけば、吸い取った魔力を取り戻すことは出来ない。後は次々に降り注ぐ清浄な気に飲まれるだけだ。

 しかし、メフィストの対抗はまだ続いた。人形を取ることを止め、悪魔としての姿へと変化していく。角が生え、黒き翼を背負うその姿は、綺麗な顔立ちと相俟って退廃的な空気を纏っている。

「メフィストフェレスか」

 初めて見る悪魔としての姿に、マステマは思わずその名前を呼んでしまう。おかげでメフィストは少し呼吸が楽になった。

 名を唱えることは、すなわちその者に力を与えることだ。マステマがこちらに与えた力は僅かだが、メフィストは何とか体勢を立て直して立ち上がった。

「俺を勝手に天使にしようなどと笑止!」

 そして自らの魔力を強めて教会を破壊しようとした。ビリビリと壁が震えるが、神が直接干渉しているせいか、そう簡単に結界を砕くことが出来ない。

「大人しく自らの心が清らかであることを認めよ。其方の行いは神の御許へ人々を導くために必要であるが、悪魔にとっては必要のない行為だ」

 マステマはさらに魔力を吸い取るべく、腰に差していた杖を構えた。そしてメフィストへ天使となることの福音を与えるべく、儀式を始める。

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