第23話 マステマ

 どう考えてもメフィストの領地で事件を起こすには、悪魔の力が必要だ。しかし、悪魔が何かをしたとなれば、それはメフィストにケンカを売ったことになる。ところが、今のところメフィストと明確に対立している者はいない。

「考え方を変える必要があるのか」

 不可能が並ぶということは、考えている方向が間違っているということだ。メフィストはふむと頷くと

「サルガ。今日判明した被害者はどういう者だ?」

 まずはそこから確認する。

「はい。十一人目の被害者は、港付近に住む帽子屋の男です。この者は夜釣りを趣味としており、被害に遭った時も岸で釣りをしていたとのことです」

 サルガはすでに確認してありますと報告する。

「ふむ。つまり死体は岸にあったのか」

「はい。首がない状態で見つかり、地元警察も大騒ぎをしています」

「つまり、犯行そのものを隠すつもりは一切ない」

「はい」

 堂々と行われる首狩り。これはやはり、考え方を変えてみる必要がありそうだ。メフィストは食後のコーヒーを飲むと

「サルガ、アガリと手分けして今までの被害者を洗ってくれ」

 と告げる。

「被害者を、ですか」

「ああ。必ず何か出てくるはずだ」

「承知しました」

 サルガはすぐに取り掛かりますと下がる。メフィストはそれを見送りながら、本当に何か出てきたら大事なんだけどなと、一人溜め息を吐いていた。



 調査結果は昼には上がってきた。

「十一人の被害者についてですが、それぞれに素行の悪いところがあったようです」

「ほう」

 執務室で仕事をしていたメフィストは、やはりかと思いつつも報告してくれと促す。

「軽微な窃盗、酒屋での暴行事件、恐喝まがいの金貸し、すでに結婚している女性との不貞など、どれもこれも罪であることは間違いないものの、取り沙汰すほどのものではありません」

 サルガはこれはどういうことでしょうと困惑の表情を浮かべている。どうやらまだ、犯人の目星が付いていないらしい。

「簡単だよ。それすら許せない奴が動いたからだ」

「はっ?」

「我らに近く、それでいて我らとは異なる存在だ」

「・・・・・・なるほど」

 そこまで言われて、サルガも被害者に罪がある理由を理解した。そして、これが出てきたということは、とんでもないことが起こっているということも。

「一番可能性があるのはマステマ殿かな。彼は悪魔を従えることが可能だ。そして、俺の所業に注目するのも頷ける人物だろう」

 メフィストは悪魔を相手にするよりも強敵だと、思わず両手を挙げてしまう。正直、相手にしたくない。しかし、向こうは正面から向ってくることをお望みのようだ。非常に厄介なことになっている。

「悪魔を従える邪悪な天使、ですか。確かに相手にしたくありませんね。そして、かの天使はすぐに人間を試します」

 サルガも相手にしたくないと顔を顰めていた。

「俺のやっていることはマステマ殿と被っているところがあるってわけだ。そこで、領地で騒ぎを起こしてみて出方を窺おうというところか」

 面倒な奴に目を付けられたものだよとメフィストは溜め息を吐く。

「しかし、天使の所業だとすれば、どうして首が持ち去られているのですか。当然、首は手下の悪魔どもの餌にしたのでしょうが」

 一方、本当にマステマだけの犯行なのかとサルガは首を捻る。それに、メフィストは思わず笑ってしまった。

「何かおかしなことを言いましたか」

「ああ。天使が罰したということは、その者の復活は認めないということだろう。となれば、肉体を欠損させるのは当然じゃないか。首がなければ、アンデッドにすらなれないだろうし」

 メフィストの指摘に、なるほどとサルガは頷いた。

「そうでした。失念しておりました。とはいえ、所詮は人間を縛るための言葉。関係ないと思いますけど」

 しかし、律儀に復活の否定をするためだけに首を奪ったのか。サルガには納得出来ないところだ。

「神は気まぐれだが、天使は気まぐれじゃないってことだね。ご苦労なことだ」

 それに対し、メフィストは約束に縛られるのは人間だけじゃないってことさと笑ってみせる。一方の悪魔はその聖書を利用しているだけだから、どうにもそういうことの扱いが軽い。

「その気まぐれではない天使がメフィスト様を試しているというわけですか」

「そういうことだろう。何度も向こう側に協力するような振る舞いをしてしまったからね。何か話があるんだろう」

 こちらとしては何もないけどと、メフィストは肩を竦める。しかし、無視し続けると領民が軽微な罪で殺され続けてしまう。だが、それさえも自己犠牲として評価されることだろう。

 今のメフィストは挑発してくる天使の望むように、彼の前に姿を現す意外に選択肢がないのだ。

「お気を付けて」

「言われるまでもなく」

 悪魔は所詮、善行のように見えることをやっていても悪魔だ。互いに対立関係にあることは間違いない。

 久しぶりに、天使が食えるだろうか。

 メフィストはにやりと笑っていた。

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