第22話 テリトリー外
同じ悪魔がこの地に乗り込んで来たというのならば、すぐに追い払わなければならない。そう気合いを入れていたメフィストだったが、捜索は今回もまた難航していた。
「単純に人間の起こす事件は簡単に割り出せるというのに、ここのところ、悪魔が絡むせいか、なかなか見つからないということが増えたな」
おかげでメフィストは頬杖をついて大きな溜め息を吐くことになった。執務室では滅多に見せないその姿に、捜索をしているサルガも困惑の表情を浮かべてしまう。
「領地内のことですので、他の悪魔の気配はすぐに察知出来るはずですのに」
そして、この前の二件と違って、自分のテリトリー内なのにと歯噛みしてしまう。
「悪かった。俺よりもお前の方が悔しい思いをしているのを忘れていた」
普段ならば見せない表情を浮かべるサルガに、自分が先に苛ついては駄目だったと苦笑を浮かべる。貴族としても、上位悪魔としても見せてはならないものだったとメフィストは姿勢を正した。
「お気遣いなさらずに。それにしても、どこに逃げたのでしょう。メフィスト様がこちらに戻られると同時に犯行が止まったことからも、悪魔が率先して唆したのは間違いないのですが。ああ、これも前の二件とは違う点ですね」
サルガも顔に出すべきではなかったと居住まいを正すと、どう考えるべきでしょうかと主を仰いだ。
「そうだな。確かに前回のエレン・クラウトにしても、その前のグレイルが所属していた悪魔信仰の連中にしても、人間側が欲を満たすために呼び出した悪魔だった。しかし、今回は俺への挑戦ということもあって、悪魔が人間を唆している。その点でも、俺たちの普段のやり方が通用しないというのは当然なのかもしれない」
サルガの指摘が合っているだろうとメフィストも同意をした。しかし、そうなるとどうやって探すべきか。方法そのものの変更が必要だった事態は初めてのため、困ってしまう。
悪魔が人間を唆すのはよくあることだ。しかし、それを狩るのは悪魔ではなく天使の仕事となる。つまり、メフィストの対象外の仕事ということになる。これも難しいところだった。
「天使の領分だな」
「そうですね。先に天使に感知されてはお終いだというのに、あえてそれを犯して挑んできていることになります」
二人揃って勝手が違う理由に気づき、ますますどうすべきかと悩んでしまった。しかし、確実に言えることが一つある。
「これ以上、神側の介入を許したくない」
「それはもちろんです。何かとメフィスト様の所業に注目し、悪魔としての所業を差し引く者ですからね」
メフィスト以上に許せないという顔をするサルガだ。普段の人間の堕落を狩る場合も、少しばかり神のテリトリーに入ってしまうため、誰かを救ってしまうと魔力を善行として差し引きされる。それが苦々しくて仕方がないのだ。
「その場合、悪魔がいてくれた方が差し引きは少ないんだけどな」
メフィストは問題が複雑になったなと苦笑してしまう。それにサルガはより一層苦々しいという顔になった。しかし、すぐに咳払いをして表情を元の無表情に戻す。
「如何いたしましょう」
「ううん。何もしないのならば、天使に任せてしまうのも一つの手だが」
「しばらく様子を見ますか」
「そうだな」
挑発されているのは解るが、手詰まりの状態から何かするほど切迫した問題ではない。メフィストはそう判断していた。
しかし、その三日後。
メフィストが食堂で朝食を食べていると、サルガがドタドタと普段ではあり得ない足音を立てて入ってきた。
「十一人目の被害者が出ました」
こちらが手を引いたと気づいたのだろう、あっさり犯行を再開してくれた。サルガはそれに、持っていた新聞をぐしゃぐしゃにして悔しがる。
「サルガ、まだそれを読んでいないのだが」
ぐしゃぐしゃにするのはいいんだがと、メフィストは苦笑するも、確かにこれは面白くない事態だ。しかし、一体どの悪魔がやっているのだろうか。ここまで自分を挑発するほど対立している悪魔はいないはずだ。
「確かにそうですね。表面上はメフィスト様だってルシファー様と対立されているわけではありませんし」
サルガは新聞を伸しながら、やれやれと溜め息を吐く。しかし、執事として普段は平然としているこの男が動揺するだけの事態であることは間違いなかった。
「夜の国に戻ったことが関係しているのだろうが」
「申し訳ございません」
戻るように忠言した手前、サルガはますます悔しそうだ。
「いや。俺も何だかなんだとのんびりし過ぎたからな。それはイコールで夜の国、魔界で不穏な気配を察知しなかったからだ。だから、こっちに戻って来て悪魔が事件を起こしているというのは、実は違和感のある話でもあった」
メフィストは考え直すべきなのかと、朝食を口に運びながら悩む。しかし、ここはメフィストの領地。すなわち、悪魔的な所業、堕落した魂はすぐに刈り取られてしまう土地である。連続首狩り事件のような猟奇的な犯罪が起こるはずもない場所だった。
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