第21話 挑発
「お帰りなさいませ」
「ああ、ただいま。やはり夜の国は心が安らぐが、同時に疲れる場所だな」
この日、メフィストはサルガの忠言に従って一時帰国していた夜の国から、ようやくフォグランドに戻ってきた。
やはり長く留守にしていたからか、あちこちから誘いが来るのは貴族と同じだ。おかげで一週間の予定が一か月もあちらに滞在することになってしまった。
「あちらでは公爵の地位でございますからね。それにルシファー様の右腕であらせられる。挨拶に来る方々が多いのは当然でしょう」
サルガはそれでこそ我が主ですと、平然と言ってくれる。要するに、一度戻れば簡単に戻って来れないことを解って忠言したわけだ。この執事はなかなかの策士である。そのまま向こうに戻ることを決心してくれれば万々歳だと思っていたに違いない。
「こちらは変わりないか?」
メフィストはそのルシファーの右腕というのが不満で始めたんだけどなと、平然とした顔で紅茶を淹れるサルガを見る。このサルガも下剋上を望んでいるはずなのに、たまに現状を維持するべきという行動を取るから、よく解らない。
「それが、少々困ったことが発生しております」
しかし、そのサルガも平然としてばかりいたわけではない。戻って来てすぐのメフィストには申し訳ないが、トラブルが発生していた。
「何があった?」
紅茶を受け取りつつ、サルガの顔が曇ったことに気づいたメフィストは、かなり面倒なことが起こっているなと気づく。
「はい。それが、メフィスト様の領地にて、連続首狩り事件が発生しております」
「ん?」
何だそれという気持ちと、どうして起こったんだという気持ちが同時に沸き起こる。それにサルガはいよいよ申し訳なさそうな顔になると
「このサルガの失態にございます。悪魔が入り込んだようです」
と報告した。
それにメフィストは留守を狙われたわけかと溜め息を吐く。しかし、サルガを罰するつもりはなかった。
「アガリも気づかなかったのだろう。ならば、相当上位の悪魔だな」
メフィストの言葉にサルガは大きく頷く。
「はい。おそらく、この間からメフィスト様が順調に魔力を得られていることから、焦った悪魔がいるのではないでしょうか。目下全力で探しておりますが、アガリもなかなか特定できずに手こずっております」
「ふむ。被害は?」
「すでに十名」
「なるほど。それは早めに動かなければならないな。同じくらいの位にいるとなれば尚更だ。それで、事件の特徴は?」
メフィストは久々の人間界の紅茶に舌鼓を打ちつつ、報告を促す。
「被害者の首が持ち去られるという以外に特徴はございません。しかし、首を持ち去って何をするつもりなのか」
「サバトかな」
メフィストは最も可能性が高いだろうと訊ねると
「そう思いましたが、この地に魔女がおらぬことはメフィスト様がよくご存じでしょう」
と返される。
「しかし、悪魔が介入しているわけだろう」
「とはいえ、それならばわざわざ首を狩ってサバトをする必要はありませぬ」
メフィストの考えでは矛盾が起こるとサルガは主張した。それにメフィストはそれもそうかと頷く。
「すでに悪魔がいるのだから召喚する必要はない。やはり、ただの見せしめか」
「はい。メフィスト様への明確な挑戦かと。とはいえ、首が見つからないというのも奇妙な話です。前回のネクロマンサーでもあるまいし、どこに持ち去ったのやら」
「ううん。食ってしまったのでは?」
「上位の悪魔が、ですか」
「無理か」
またしても面倒なことだなと、メフィストは肩を竦める。考えられる可能性は、このメフィストの領土で起こったことを考慮すると、総て否定されてしまう。
「悪魔が必要なのは魂だけ。その肉はどうでもいい。しかしあえて首を持ち去っているのは・・・・・・手を組んでいる人間がいることを示すためか」
「でしょうね」
「首をコレクションしているわけだな」
「だと思います」
同意しながらもサルガの顔が、信じられないという表情になっている。たまに人間のやることの方が悪魔らしい。そしてそれは、悪魔から見ても嫌悪感を覚えるものだから、困ったものである。
「悪魔に適合する人間を見落としていた。ここを突いてくれたわけか。さて、そんな俺みたいな狡猾な手段を用いるのは誰だろうな」
メフィストは一か月の留守で溜まった、人間としての仕事もあるのにと溜め息だ。とはいえ、自分に挑戦してくる悪魔が現われたというのは、なかなか面白い。
「ルシファー様に挑むのならば、このくらいの事件はあっさり解き明かし、その悪魔を食らうぐらいでなければ駄目ということか」
くくっと笑うと、メフィストは残っていた紅茶を飲み干していた。
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