第19話 執事の忠言
こうして条件がある程度絞り込めたところで、アガリが現在魔界から出掛けている悪魔を特定してきた。
「何名か不在でしたが、ネクロマンサーという条件に合致するのはムールムールでしょう」
アガリの報告に、また大物魔物が絡んでいるなとメフィストは顔を顰めた。しかし、すぐに紅茶を飲んで気分を落ち着ける。
「ムールムールですか。降霊術を得意とする悪魔ですから、確かに今回の件に合致いたしますね」
サルガはすぐにもう一杯紅茶を淹れながら、そうアガリの意見に同意した。
「まあ、そうだろうな。そこまで解れば、後はネクロマンサーを特定するのは簡単か。ムールムールが傍におり、過去に手酷く振られた経験があり、科学の知識に精通している者だ」
「すぐに特定しましょう」
「ああ、頼むよ」
アガリは早速と、そこでリビングを出て行った。メフィストはようやくこの件も決着が付くかと、やれやれという気分だったが、サルガが怖い顔をしているのに気づいた。
「どうした?」
「いえ」
「そんなに怖い顔をしているのにか。はっきり言え」
メフィストは遠慮は要らんとサルガを促した。すると、サルガはピシッと姿勢を正した。その姿は誰が見ても完璧な執事だ。しかし、目は人間にあるまじき鋭さを持っている。
「恐れながら」
「ああ」
「メフィスト様は少々人間に近づきすぎているのではないかと」
「・・・・・・」
予想していなかった指摘に、メフィストはどういうことだと目を細めた。それにサルガは怖じけることなく
「人間の思考を知りすぎたのではないかと、私はそう危惧しております。このような無駄な事件に首を突っ込まれるなど、五十年前では考えられなかったことでございます」
そう言ってのけた。
「――そうだな」
それに、メフィストは認めるしかないだろうと頷いた。
何人もの堕落した人間を見ているうちに、人間の考え方そのものに興味を持っている自分がいる。それは否定出来ない。そして、今までならば些細な事件としていたこのジャック・ザ・リッパーを、真剣に調査している。
「私は心配なのでございます。メフィスト様が人間に近づきすぎ、それにより、魔界に戻れなくなるのではないかと」
「それは、この間、ルシファー様にも言われたのかな」
「いえ、そこまでは。しかし、ルシファー様も気に掛けておられるのは間違いありません。どうか、線引きはきっちりとなさってくださいませ」
サルガはそこで深々と頭を下げた。
主を諫めるのも執事の仕事だ。そして、メフィストフェレスを次期魔王にと望む悪魔としても当然の言葉だった。
「解った。しかし、今回のことだけは見逃してくれ。ここまで首を突っ込んで、最後の真相だけ取り上げるなんて、そんなことはしないでくれよ」
メフィストは冗談めかしてそう言った。それにサルガはほっとしたように頭を上げると
「もちろんでございます」
サルガはそう言ったものの
「これが終わりましたら、一週間で結構です。夜の国にお戻りください」
そう付け加えるのを忘れないのだった。
三日後。アガリがついにネクロマンサーであり、ジャック・ザ・リッパーである者を特定した。
「軍医をしているエレン・クラウト。この者が該当する人間です」
「軍医か。それは予想していなかったな」
執務室にいたメフィストは、心底意外だという顔をした。しかし、考えてみれば新しいドラッグを作るための材料や、死体に慣れている理由などを、これほどぴったりの職業はない。さらに、切り取った部位を持っていても疑われることがない職業だ。
「そして、スポンサーになっているのはポルスト伯爵です。ポルストは軍医から新種のドラッグを買い上げ、多額の利益を上げているとのことです」
「おやおや」
ついでにいい堕落した魂の持ち主が出てきたものだ。メフィストはくすっと笑うと、思わずサルガを見てしまった。そのサルガは苦り切った顔をしている。
「どうかなさいましたか?」
そんな二人の微妙な空気を感じ取って、アガリは首を傾げる。
「いや、大丈夫だ。ポルストについては俺が直々に魂を狩るとして、問題は軍医か。どういう様子なんだ?」
メフィストはこちらに手出しは出来ないなと、サルガを気にしつつ訊ねた。
「そうですね。ムールムールがいますので、目標に向って突き進んでいるというところでしょうか。理想の女を作り出し、さらには自分を理想の姿にすることに取り憑かれているようです」
「ああ、なるほど」
それで男も襲っていたのか。メフィストは納得したと頷く。どうやら目的は本当に自分が理想とするものを追求しているだけのようだ。
「では、始末はムールムールに任せるとするか。どうせこちらの介入は不可能だろう」
「そうですね」
「明日、伯爵の魂を狩る。それで総てを終わらせる。いいな」
「御意」
こうして、ようやくジャック・ザ・リッパー事件のメフィストなりの決着が見えたのだった。
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