第18話 グレモリー
パーティーでドラッグの情報を掴んだ二日後。
「墓荒しの中に奇妙な奴がいるのは間違いないようです」
執務室で仕事をしていたメフィストに、サルガがそう報告してきた。
「奇妙とは」
「はい。それが一度掘り起こしても、何かが気に食わないと取らずに戻していくそうです。犯人がジャック・ザ・リッパーと呼ばれるネクロマンサーならば、この行動は不自然ではないかと」
「なるほど」
掘り起こしてみて、使えないほど腐敗が進んでいる場合は戻していくのか。となると、ベースは死体から得て、さらに改造のために娼婦たちを殺しているというところか。
「ううん。しかし、その場合は娼婦の死体をそのまま持って帰るほうが自然だがな。新鮮な死体が手に入るのに、どうして墓を荒らすのかという矛盾が発生してしまう」
「そうですね。娼婦が急に消えることなど、このフォグリーでは珍しくないでしょうし」
どうにもすっきりしない話だなと、主従揃って首を捻ってしまう。
「となると、やはり気になるのはドラッグか」
娼婦や男娼の間で蔓延しているらしい、大陸由来のドラッグ。こちらを懸念して、ジャック・ザ・リッパーは娼婦の死体を丸ごと利用することを躊躇っているのだろうか。
「ドラッグはおそらく芥子の花から取れるものですね。最近新たに出回っているものは、かなり依存性があるようです」
サルガがそちらも調べましたと報告する。娼館の主の記憶を盗み見たのだ。
「新たに出回っている?」
前からあるものとは違うのかと、メフィストは顔を顰める。
「はい。今までのものもそれなりに依存性はありましたが、今回のものはそれを上回るそうです。何人も廃人のようになっていると」
「それが出回り始めたのは」
「ジャック・ザ・リッパーの出現の少し前です」
「なるほど」
やはり繋がりがあると考えるべきなのか。そして、ネクロマンサーであることを否定すべきなのか。いや、この可能性を切り捨てる必要性はなさそうだ。そうでなければ、死体を選別する、切り取る意味がない。
「科学者、か」
その二つの点を繋ぐ線上にいる人物。それは何かを追求する人種だ。とすると、浮かび上がってくる可能性はこれだろう。
「あり得ますね。科学の知識がある者ならば、新たなドラッグを作って蔓延させることは可能でしょう。そして人体の秘密を探るうちに、人造人間へと辿り着いたとしても不思議ではありません」
メフィストの呟きを、サルガも支持した。
「あら、難しいお話になっているのね」
と、そこに割って入ってくるのはリリスだ。横には普段姿を見せないメイド、どっしりと構える三十代くらいの見た目のグレモリーの姿もある。
グレモリーもまた恋愛に関係する悪魔で、リリスとは旧知の仲だ。リリスがメフィストの元でメイドの真似事を始めたのも、彼女の影響だった。
「二人揃ってどうしたんだい?」
そんな二人が揃ってやって来たことで、メフィストは何かあるなと察している。思わず笑ってしまったほどだ。
「ジャック・ザ・リッパーのことですが」
グレモリーが見た目に合った落ち着いた声で話し始める。
「過去に手酷く振られた者と考えるのが妥当ですわ」
「ほう」
「だからこそ、その者は死体を愛するようになってしまったのです。よって、その死体が完璧であればいいと思うようになった。どうでしょう」
グレモリーはそう言って嫋やかに微笑む。
「なるほど。その者は最初、グレモリーを召喚しようとした、というところかな」
「ええ。まさか今回の事件に繋がっているとは思わず、リリスに言われて気づきましたわ。申し訳ありません」
グレモリーは困った人ねと苦笑している。ということは、召喚された時にグレモリーは応じなかったわけだ。
「いや、いい。どうだ。これで調べられそうか」
メフィストはそこでサルガを見るが
「アガリの調査結果を待つのが一番かと」
これ以上のややこしい要素はごめんだとばかりに、すぐに承知してくれなかった。
まあ、今回の事件に首を突っ込んで得をする悪魔はいないわけだから、消極的になるのは当然だ。この態度を咎めることは出来ない。
「それにしても、新しいドラッグか。それを作り出す知識というのは素晴らしいね」
メフィストは諦めるよと話題を切り替える。それにサルガは大きく頷いた。
「人間の欲望は尽きることがありませんから」
「そうだな。そしてジャック・ザ・リッパーは様々な欲を抱える人物ということだな」
魔力の糧にはならないが、面白いサンプルだ。メフィストはそう思っている。そしてそれはサルガにも伝わっていた。
「解りました。捕獲するのに全力を注ぎます」
だから、サルガは渋々とそう言うしかないのだった。
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