第8話 1月10日 n回目

1月12日 僕は学校を休んだ。

というより、学校に行けなかった。

手がかりを探すために僕は寝ないことを"選択"したが、それはいつしか"寝てはいけない"に変わりつつあった。

人類の断睡記録は11日らしい。僕にもそれができるだろうか。


僕はふらつきながら台所へ向かい、いちばん小さな包丁を手に取って自室に戻った。

エナジードリンクも、もう効かなくなってきた。

寝そうになったら、これを使おう。

断睡を始めた理由を忘れた僕は、正気を失っていた。


顔をつねり、耐えに耐えていた僕にもその時がきた。もはや時間も分からなかった。

左腕に包丁を当てた。怖い。

何のために僕はこんなことをしているのだろうか。

さすがにやり過ぎなんじゃないだろうか。

そんな意思に反して右手はひとりでに動いた。


「痛っ」

咄嗟に左腕を見た。

傷はなかった。

正午を伝える時計と、ヤマ先の声が、"10日に戻った現状"を、包丁の代わりに僕に突きつけた。


あの時、僕は寝てしまったらしい。

僕はそのまま、学校を早退した。


どこかの偉い人が、睡眠によって人は記憶の整理をしていると言っていた気がする。

今なら、それがよく分かる。


教室を出る際に渚は僕の背中に声をかけた。


「拓海、大丈夫?」


連続する記憶の中を過ごす僕は、

軽くなった身体に相反し、思考がどんどんと鈍っていった。

その呼びかけを、無視してしまうほどに。


それから僕は自室にこもった。

寝てはいけない呪いにかかった僕は、エナジードリンクと自傷に頼った。

カフェイン、、、自傷、、、カフェイン、、、カフェイン、、、自傷、、、

あれ、、、このままだと渚が事故に会うんじゃ、、、

まあいいか、どうせまた戻るんだ。

もはや時間どころか、日付も分からなかった。

そしていつしか僕は寝てしまい、10日に戻る。

繰り返し、、、早退、、、カフェイン、、、自傷、、、繰り返し、、、

何度同じ日を繰り返したのだろうか。

トイレに行くことさえ忘れていた僕の部屋は、エナジードリンクの缶と僕の血と排泄物の混じったもので散らかっていた。

繰り返す10日は彼女が死んだせいなんじゃないか。そうとさえ思ってしまった。



バンッ!

眠気を覚ますかのように、部屋のドアが勢いよく開いた。

そこには部屋と、すさんだ僕の有様にショックを受けた渚がいた。


「拓海!どうしちゃったの!」


目に涙を溜めた彼女は必死に僕の肩を揺さぶる。


「どうして、、、どうやって。今、今日日、、、何日、、、」


「1月15日!そんなの今はどうだっていいよ!なんで相談してくれなかったの!なんで、なんで、、、どうして、、、」


聞きたいことがきっと沢山あるのだろう。

溢れんばかりの彼女の涙が、彼女自身の言葉を詰まらせた。


「なんでって、なんで、、、だろうな。」


鈍った思考の中、ふつふつと煮えたぎってきた思いがあった。

それは、絶対に言ってはいけない言葉。


「渚のせいじゃないか!渚が、、、渚が死んじゃうから、、、」


言ってしまった。きっとそんなことはないのだろうと、どこかで分かっていたと思う。

でも僕一人には10日と呪縛を背負いきれなかった。誰かに擦り付けたかった。


視界が少し揺れた。温もりを感じた。

僕は彼女に抱きしめられていた。

彼女は、"こんな僕"を抱きしめてくれたのだ。


「ごめんね、、、ごめんね。拓海。拓海が何を言ってるか、正直今の私には分からない。でもきっと辛いことがあって。それは多分私のせいで、、、」


僕の肩でむせび泣く彼女。

顔は見えないが、恐らく僕がいちばん見たくない、彼女にさせたくなかった顔をしている。

本当に、何をしていたんだろうか。

僕の視界はぼやけていた。自分も泣いていたことに気が付かなかった。


ひたすら僕の肩を濡らす彼女は、僕に多くの気づきを与えた。

締め切っていたドアの鍵が壊されていること。

ドアの向こうで母親が心配そうに見守っていること。

渚が生きていること。


そして、僕が1月10日にやり残したこと。

それを完遂すれば、僕は繰り返す日々から抜け出せるという確証を得ていた。


彼女が生きていたこと、そして今感じる温もりに安心した僕はそのまま眠りについた。


最後の1月10日が始まる。

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