第16話 愚かなる忠義

王国暦六七二年十一月三日は、精霊の祝福に感謝する古王国時代の祝祭日であり、トゴラ市では恒例の祭礼が賑やかに催されていた。

その前月、ヌートリア大公スウォールは、かつての親友であるトゴラ公ロイティスによって追放された。両者は、攘夷と統一を巡る対立の末に決裂し、名誉職に過ぎず実権を持たぬスウォールは政争に敗れたのである。

ロイティスは、かつての友情に免じてスウォールの命を奪うことを躊躇い、トゴラ市からの逐電を黙認した。

ヒュー・ルウムは身分の低い騎士ながら、両者と親しく交わってきた人物である。統一派に傾倒しつつも、攘夷派の主張にも理解を示し、ロイティスとは静かな議論を重ねていた。

衆人の前で対立を見せたくないスウォールに代わり、ロイティスと意見を交わすのがルウムの役割であった。ラシャカ勢力への武力排斥によってヌートリア大公の地位が形骸化したことを、ルウムも理解していた。少なくとも、ロイティスはそう信じていた。そしてその確信のもと、ルウムに相談することなくスウォールの追放を決断したのである。

祝祭の日、ロイティスは友人としてルウムを祝宴に招いた。スウォールには一度大公の座を退いてもらい、時を見て再び手を携えたい――それがロイティスの願いであった。

トゴラ市内エルバールス街。花火と雑踏の音が遠く響く中、ヒュー・ルウムは小さな屋敷の自室に独り佇んでいた。腰に提げた長剣の柄に左手を置き、ただじっと考え込んでいた。

幾度思い巡らせても、リグワンのためにはロイティスの判断が正しい――その結論に至るばかりだった。

「だが……」

先代ヌートリア大公と先代トゴラ公の時代、ラシャカ勢力との蜜月が築かれていた。ルウムはその時代に騎士として叙任され、誓いを立てた。リグワン復興のため、ヌートリア大公に忠誠を尽くすと。

そのとき、ルウムの前に黒い影が揺らめいた。

「リグワンのため、ラシャカの支配を終わらせることが正しいと、汝は既に知っている」

影は語りかける。

「汝の友、トゴラ公は今まさに統一を成し遂げつつある。ヌートリア大公を排したとはいえ命は奪わず、汝にも手を差し伸べている。一体、何を迷う?」

ルウムは目を見開き、柄頭を強く握りしめた。

「我は、ヌートリア大公への忠誠を誓って騎士となった。その誓いを裏切ることはできない」

その言葉に、影は不気味な笑みを浮かべた。

「それでこそ、騎士よ。度し難き愚か者よ」

その日、祝宴の場にて、騎士ヒュー・ルウムはトゴラ公ロイティスに斬りかかり、一閃のもとに斬り捨てた。

ルウムは直ちに討ち取られたが、この暗殺を義挙と称える市民も少なくなかった。

義挙と呼ぶ者も、暴挙と呼ぶ者も――リグワン統一が十年は遅れるであろうという認識では一致していた。

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