第12話 ヴァルシュタウの墓標

ペルム森林地帯の一角、寒村ヴァルシュタウの外れに、ひっそりと佇む粗末な墓がある。墓碑銘に名はなく、ただこう刻まれている。


ヴァルシュタウの民に尽くし、

誓いに背かなかった騎士、

ここに眠る

694.7.12


古老の語るところによれば、それは騎士サルス・ガントの墓であるという。

女王リティーリアが即位する以前、初陣にてトーラ峠を越えた七人の騎士の一人、サルス・ガント。彼は後にオルボネレイド城で反旗を翻し、討ち取られた。遺体は郊外に打ち捨てられたと伝えられている。

ヴァルシュタウ出身の傭兵隊長ゲルフドアは、かつて領主であったガント卿に師事し、深く敬愛していた。卿が討たれ、遺骸が野ざらしにされたと聞いたゲルフドアは、オルボネレイドへ赴き、亡骸を探し求めた。

しかし既に、城外に住まう賤民チストーらが遺体から衣服を剥ぎ取り、クズレ穴と呼ばれる窪地へと投げ捨てていた。そこは、貧しき農民や賤民たちの共同墓地として使われる場所であった。

ゲルフドアはクズレ穴の縁に立ち、途方に暮れた。やがて日も暮れ、闇が辺りを包む頃、彼はふと、窪地の上を歩く人影に気づいた。見えたというより、感じ取ったと言うべきか。

「……ガント卿?」

思わず声を漏らすと、人影は立ち止まり、こちらへと歩み寄ってきた。

「久しいな」

耳の奥に響くその声は、記憶にあるガント卿のものだった。ゲルフドアは影に向かって跪いた。

「卿は我が村の恩人です。このような形で討ち捨てられるのは、あまりにも忍びない。どうか、卿の御身体をヴァルシュタウへお迎えさせてください」

影は静かに耳を傾け、しばしの沈黙の後、柔らかな声で答えた。

「後悔は尽きぬが、そなたのように言ってくれる者がいるのならば、我が人生は誓いに背かずに全うできたのかも知れぬな。感謝する」

ゲルフドアは涙をこらえながら聞いていた。

「我が骸は、このすぐ下に埋もれている。ただ、一つだけ頼みがある」

影の足元に目をやると、確かに土がわずかに盛り上がり、新しさを感じさせた。

「私にできることなら、何なりと」

ゲルフドアは躊躇なく答えた。最後にガント卿に会った時、もっと強く引き留めていれば――その悔いが、彼の胸に残っていた。

「すまぬな。頼みというのは、我が骸をすべて持ち帰るのではなく、首だけをヴァルシュタウに運んでほしいのだ。何、既に朽ち果てておるゆえ、外すのにさほど苦労はあるまい」

影は一息つき、続けた。

「恥ずかしい話だが、このような姿になっても、息子にもう一度会いたいのだ。討たれた時、あの子はその場にいなかった。オルボネレイドで会おうと約束していたのに。ここにいれば、いつかあの子が訪れてくれる――そう思っているのだ」

言葉は途切れがちで、ガント卿の苦悩が滲み出ていた。

ゲルフドアは知っていた。ガント卿の一人息子、シアン・ホルハウフは、父を手紙で呼び出し、集団でだまし討ちにした。そして、本人は姿を現さなかった。

「承知しました、ガント卿」

その言葉に、影はゆらゆらと揺らめき、やがて消え去った。消える直前、ゲルフドアは「ありがとう」という声を聞き、左肩にガント卿の右手がそっと置かれたように感じた。

その夜、ゲルフドアは亡骸を掘り起こし、頭骨のみを携えてヴァルシュタウへと帰った。

サルス・ガントの息子、シアン・ホルハウフがオルボネレイドの埋葬地を訪れたという記録は、今もなお存在しない。

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