第5話 忘れな草の祈り
昔々、世界がまだ神々の息吹に満ちていた頃、ある小さな花が生まれた。青く儚いその花は、愛する者を失った人々の涙から咲いたと語り継がれている。人々はその花を「忘れな草」と呼び、祈りと記憶のしるしとした。
ある村に、子を亡くした女が住んでいた。女は毎朝、子の名を呼び、毎夜、子の夢を見ては泣いた。季節がいくつ巡っても、女の瞳は乾くことなく、村人たちはその姿を哀れに思った。
その様子を見ていた天の神は、女の苦しみに心を痛めた。ある夜、神は女の夢に現れ、こう言った。
「おまえの涙は川となり、山を濡らし、空を曇らせている。このままでは世界が悲しみに沈んでしまう。だから、わたしはおまえから子の記憶を取り去ろう。そうすれば、おまえは泣かずに済むだろう」
女は夢の中で震えながら答えた。
「子に会えぬのは悲しゅうございます。けれど、子を忘れることは、それよりも遥かに恐ろしい。どうか、わたしから子の思い出を持っていかないでください」
神はしばらく黙っていた。そして、静かに言った。
「ならば、おまえの涙を祝福に変えよう。おまえが流す涙は、子への愛の証として、花を咲かせる水となる。春にはその花が村を彩り、人々の心を和ませるだろう」
それからというもの、女は変わらず涙を流し続けた。だが、その涙は悲しみだけではなく、愛と祈りに満ちていた。
「子に会えぬのは悲しゅうございます。けれど、子を忘れることは、それよりも遥かに恐ろしい。どうか、わたしから子の思い出を持っていかないでください」
その言葉は、女の胸の奥に灯る祈りとなり、風に乗って村の空を渡った。
やがて、村のあちこちに青い小さな花が咲いた。女の涙から生まれたその花は、静かに揺れながら、空を見上げていた。
人々はその花を「忘れな草」と呼び、誰かを想う心のしるしとした。
そして女は、子を忘れることなく、子とともに生き続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます