第50話 偏屈な技術者 2

 大幅に改稿しました。

 生暖かい目で見てもらえると幸いです。





 レオンハルトの館に入った早々「何なのよ! このゴミ屋敷は?」と、どう贔屓目に見てもゴミ屋敷と言わざる得ない惨状にレーアは顔を顰める。

 散らかり放題、荒れ放題。これでヒトが住んでいるなど、脅威を通り越して恐怖だ。

 だが、彼女よりも先に音を上げたというか、この人外魔境な館にキレた女傑がいた。


「こんなゴミ溜のような場所に姫さまを滞在させねばならないなんて、不敬とか言う以前にあってはならないことです!」


 両の額にピキピキと青筋を立てて、腹の底から湧き出る怒りを抑えるようにしながら、クリスが咆哮を放つ直前の獣のように唸りをあげたのだ。


「とにかく、こんな廃屋に姫さまを滞在させる訳にはまいりません! 今すぐ掃除しますから、暫しの間外に止めてある馬車で待っていてください!」





 そうして待つこと凡そ1時間。 


「取り急ぎ姫さまが寛げるよう、玄関周りと応接間を片付けてまいりました」


 馬車に戻ったクリスが最低限の体裁を整えたと告げたことで、やっとのこさレオンハルトと本来の用向きを話せるようになったのである。


 で、改めて入った館というと……


「ほーっ」


 開口一番。

 当主のレオンハルトが感嘆の声をあげる。


 それもそのはず。


 最低限だとクリスが謙遜したが、彼女の働きぶりは紛うことなく完ぺきだった。

 床一面に散乱していた大小さまざまなゴミがキレイさっぱり消えてなくなり、汚れが堆積して鈍くくすんでいた床は輝きを取り戻している。

 調度品はきれいに磨き上げられソファーには塵ひとつないと、とても小一時間で片付けたとは思えない匠の仕事ぶりである。

 それだけでない。

 ふだんの言動はアレだが、スキルは超一流なのであった。

 そしてその高いクオリティは、あれほど汚かった床を指でなぞっても汚れが付かないことからも明らか。


「この館の応接間の床って、こんなのだったんだ。随分と久々に見たな」


 とんでもないことをサラリとぬかすレオンハルトに、レーアが「どれだけ掃除していないのよ」と呆れてツッコむが当人は涼しい顔。


「誰を呼ぶわけでもないのだ、ならば掃除などという非生産的な作業をする理由がない。そもそも家なんてのは、雨風を凌げて寝ることができれば、さしたる問題はなかろう」


 レーアの嫌味にも一向に意に介した風でもなく、馬耳東風もここまでくればいっそむしろ清々しい? 

 確かに勝手に押しかけて来たのは事実だが。


「然るにお前たちも、わざわざ掃除をするために此処に来たわけでではないだろう?」


 しかもお節介でやった掃除が、勝手に脳内変換をされレーアたちの行為の賜物になっている。この図太い神経にレーアも呆れを通り越して感動すら覚える。

 が、ここで憤っていても話が前に進まず、本末転倒なことに時間を費やすほどレーアも愚かではない。


「もちろん、そうよ、レオンハルト。アナタに用があるから、わざわざこんな辺境までやってきたの」


「我に用があるのはここに尋ねてきたことで明白、今さら訊くまでもなかろう。我が訊きたいのは「その目的」だ」


 そう言うとレオンハルトがソファーにどっかと腰を降ろし、真相を言えとばかりにレーアを射抜くように睨みつけてきた。


「仮にも一国の王女が護衛も付けずに国境近くにまで足を延ばす。普通ならあり得んな」


 レオンハルトが事の異常性を指摘する。

 日々脱走を企てて闊歩する城下ならばいざ知らず、郊外のしかも国境近くの過疎地に足を踏み入れるなど、例えレーアがじゃじゃ馬姫だとしても常識としてあり得ない。

 レーアは破天荒ではあるがバカではない。

 その性格ゆえにいささか常軌を逸する困った行動もとるが、さじ加減というか限度は心得ており、真に家臣たちが困るような行為を取るようなことはしない。

 にもかかわらずレオンハルトの指摘通り供も付けずに、郊外どころかへき地と言っていい場所まで繰り出したのだ。


「時代の寵児になるかも知れない機動甲冑の生みの親に会いに来たのよ。それ相応の理由にはならない?」


 おどけて答えるレーアをレオンハルトが「ならんな」とすかさず否定。


「機動甲冑を創ったのは確かに我だが、今それらを作っているのは工房の職人であり商人たちだ。ふんだんな素材で効率よく機動甲冑を作るのは、我なんかよりも彼奴等のほうが1枚も2枚も上。商談にせよ何にせよ、そっちを尋ねるほうが全てにおいて理に適っている」


 自分は開発者ではあるが生産者ではない、だから訪れてもムダだとレオンハルトが主張するが、レーアにしてみればそんなことは端から分かっていること。


「ここで機動甲冑を造ってもいないのに、そんな話をしたって意味がないでしょう」


 訪問の目的が商談ではないと、レーアは明確に否定する。


「それに商談をするのなら、商人を城に呼びつけるわよ」


 機動甲冑のような高額商品を買ってやるのだ、こちらからわざわざ伺う必要などないと断言した上で「それ以前に」とそもそも論を口にする。


「いくら王女といっても、機動甲冑を買うほどのお小遣いは貰えないわ」


「そりゃそうだろうな」


 あけっぴろげなレーアの説明に、レオンハルトが膝を叩いて納得する。

 だけに止まらず。


「その他大勢と違い〝作る〟と〝造る〟をちゃんと理解していたようで何より。愚民の多くは我の許に押し掛けるなり「もっと強い機動甲冑を作ってくれ」とバカな要求を突き付けてくるから始末に置けん。そんなものは工房の主か商会の主に頼めというのに、お頭がサル並みなのか一向にせぬ輩ばかりときた」


 ヒートアップしたのかレオンハルトの愚痴が止まらない。

 それどころかあまりの罵詈雑言ぶりに毒舌で鳴らすレーアが「まあまあ、少し落ち着いて」と宥めるほどで、辺鄙な森の中で隠棲するのはこの性格が理由かも? と思うくらいにディスりまくるし扱き下ろすのだ。


「そういう俗物の雑音に聞く耳は持たぬが、王女も同じような用件ではあるまいな?」


 故にだろうか、レオンハルトの張った予防線に「今のところウィントレスで満足しているから要らないわ」と訝る必要が無いと返す。


「数が要るのなら商会で頼んだ方が、便宜を図ってくれるから何かと便利。そもそもの話として、臣下に下賜する機動甲冑の調達に、わたしが出しゃばったりなんかしないわよ」


「なるほど。極めて常識的で納得できる回答だ」


 そこまでしてやっと落ち着いたのか、レオンハルトが「改めて用件を訊こう」と本来の用向きを尋ねる。

 レーアとて拒む要素は一切なし。

 そのつもりだとばかりにソファーにどっかと腰を落とすと、傍付きのクリスから受け取った包みを開けて「これよ」とレオンハルトに見せつける。


「魔晶石か?」


「わたしが使うウィントレスの駆動に用いるヤツよ」


 ふんぞり返るレーアをスルーして、レオンハルトが「どれどれ」と言いながら魔晶石を手に取ると、右に左に角度を変えて鑑定のようなことを始める。


「自慢するだけあって濁りが無くて純度は高そうだが、宝飾品になるような代物でもないし、程度が良いというだけのごくごくふつうの魔晶石だな。これがどうしたというのだ?」


 微に入り際に亘りながら見つめ直すも〝ふつう〟以上の価値がないと見るレオンハルトに、レーアは「見た目はね」と真の価値をまだ伝えようとしない。


「あなたに頼みたいのは、この魔晶石で動かす機動甲冑……だと言葉が足りないわね。鎧等の防具は一切付ける必要はないから、機動甲冑と同じ仕組みで動く、わたしたちと同じ大きさで人形を作って欲しいのよ」


「なんだと?」


 予想しがたいレーアの破天荒な要求に、レオンハルトの目がテンになった。


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