第51話 レーアの要求 

「あなたに頼みたいのは、この魔晶石で動かす機動甲冑……だと言葉が足りないわね。鎧等の防具は一切付ける必要はないから、機動甲冑と同じ仕組みで動く、わたしたちと同じ大きさで人形を作って欲しいのよ」


「はぁ?」


 レーアの出す常識はずれな注文に、レオンハルトの目がテンになる。

 だがレーアは些事とばかりに気にすることなく、更なる要求をレオンハルトにたたみかける。


「そうね。大きさは1メトル70セチンから80セチンあたり、重さも出来れば80キトロ以下が希望ね。能力も鈍重だと困るから、せめて筆頭騎士と同じくらいの運動性能は欲しいかしら」


 留まるところを知らないレーアの要望に恐れをなしたのか、レオンハルトが「待て、待て」とストップをかける。


「オマエさん、我に何を要求しているのか分かっているのか? まるっきり等身大ということは、ヒトが入る隙間がないということだぞ」


 それでどうやって動かす? 常識を理解していないとばかりに、小ばかにするように尋ね返す。

 しかし、そんな疑問が来ることは想定の範囲内というか織り込み済み。


「確かにふつうならレオンハルトの言う通り「誰が動かすんだ?」の世界よね。でも、そんな妙ちくりんなことが、この魔晶石だとできちゃうのよ」


 どどーんとレーアがぶちかますが、訊いたレオンハルトは対照的に白け顔。

 ジッと見つめて、真顔で「頭のほうは大丈夫か?」と訊いてくる始末。


「確かに魔晶石はヒトの思念をビタリーに変換させる触媒で、その際に発生したビタリーが機動甲冑の人造骨格を動かす基となるのだが、それには当然ながら思念を発する人間が乗っていることが前提となる。ヒトが乗ることができない〝人形〟では、いくら高純度の魔晶石を搭載したところで「うんともすんとも動かない」のがオチだ」


 構造の解説を交えてレオンハルトが不可能を説くが、それはあくまでも〝ふつう〟の場合。


「常識の範囲ではレオンハルト、アンタの言い分が正論ね。でも、何事にも〝例外〟はあるのよ」


 だって、この魔晶石の反応は異常なんだから。


「この魔晶石を反応させると、異なる別の世界の人間の意識を呼び寄せることができるの」


 非常識はなはだしく眉唾とも思える内容だけに、多少は興味は湧いたようだが、依然としてレオンハルトは「それは都合が良すぎるだろう」と半信半疑。


「本当も何も、先の親善試合でナの国の面目を保てたのは、この魔晶石を搭載したウィントレスが無双したおかげよ」


「伝え聞く噂で、そのようなことを言ってはいたが……あれは雪辱に燃える筆頭騎士の頭目が、強引に頼んで乗り込んででいたのではないのか?」


 筆頭騎士の名誉とレーアの立ち位置を考えて流布した噂を取り上げるが、レーアは「ソレ、真実とは中身がまるっきり違うから」とかぶりを振って否定する。


「ウィントレスに乗り込んでいたのは、筆頭騎士なんかじゃなくてこのわたし。但しウィントレスを動かしていたのは、この魔晶石を媒体に転移した別の世界の人間だけどね」


「それは真か?」


 しつこく訊き返すレオンハルトに「だから本当のことだって、何度も言っているでしょう」と、レーアは今日何度目になるのか分からない返事をする。


「甚だ不本意で自慢にもならないけど、わたしが機動甲冑を操る技術は筆頭騎士の誰よりも劣るわ。それでもクの国の機動甲冑と互角以上にやり合って、勝利をもぎ取れたのが何よりの証拠だと思うけど」


 違う? 

 問い返すレーアにレオンハルトが「しかしだな」と眉間に皺を寄せながら唸る。


「そうは言うが、別世界の人間の意識が宿るなど、突拍子もなさ過ぎて俄かには信じられぬのだが?」


「まあ、いきなり「信じろ」と言うほうが無理かも知れないわね」


 あまりにも浮世離れし過ぎた事象だけに、トンデモ発言だと懐疑的なレオンハルトを、レーアは怒るでもなく「そうでしょうね」と納得の様相を見せる。

 しかしその上でも改めて「だけど、事実は事実よ」と、虚言の類は断固否定。ウソ偽りない事実だとキッパリと断言する。


「わたし1人の発言なら妄言と取られてもしかたないけど、ここにいるクリスもわたしと同じく、この現象に居合わせた当事者だからね」


 傍に侍らせていた侍女のクリスを呼び付けると「クリスも言ってよね。この魔晶石が摩訶不思議な現象を引き起こすんだと」と、自分の発言の裏付けをせよと促した。

 話を振られたクリスとて、レーアに侍って半ば巻き込まれたとはいえ、謂わば当事者のようなもの。


「この件については姫さまの申す通りです」


 一二もなく「相違ない」と力強く頷いた。


「ホラね。言った通りでしょう」


 証言相手は2人いるんだとばかりに、レーアはレオンハルトに向かって「どうだ」と言い募る。

 レーア1人の証言でないだけに興味は持ってくれているようだが、内容が内容だけに「しかしだな」とまだ疑念を完全に覆すほどには至っていない。


「侍女とはいえ証言が複数あれば信ぴょう性は高くなるが、それをどうやって説明するのだ?」


 眉唾な内容だけに「証拠は?」と、先ずは裏付けを求めてくる。


「私はウソは申しません」


 言われてクリスが反論するが「しかしアンタは一介の侍女で機動甲冑に乗るでもない。姫が駆る機動甲冑を、異世界の他人が動かす様子がどうやって分かるのか?」と理詰めで問うてくる。

 外から見えもしないものを証明せよとのレオンハルトの要求に、躊躇うことなくクリスが「ですが」と言葉を繋ぐ。


「その場合は……私ではどちらが動かしているのかは判りかねます」


「で、あろうな」


「しかしながら、この私が魔晶石を持ち姫さまがビタリーを循環させた際に、不思議なことに異世界の殿方の意識が私の身体を支配しました」


「は?」


 意味が分からぬとレオンハルトが首を傾げる。

 当然だ。

 今までの話以上に奇妙奇天烈な現象なのだ、理解しろというほうがムリがある。

 しかしレーアは「この娘の言った通りよ」と、考える時間など不要とばかりに強引に話を続ける。


「傍から見たら他人に〝憑依〟されている感じかしら? 口調も仕草も一切変わって全くの他人がレーアの身体を動かしているのよ」


「一言で表すと〝馬車の窓から外の景色を観るような感じ〟ですね。不思議な体験をいたしました」


 一片の曇りもなくキッパリと言い切るクリスに「信じられない。……では話が進まぬか。侍女殿がウソをついているとも思えぬし」と、さしものレオンハルトも荒唐無稽ながらも信じざる得ないと言った面持ちで、両手を組んで「う~む」と唸ると頭の中で何やら思案する。


「その魔晶石がイレギュラーな存在であることは理解した。魔晶石にその人物の意識が宿り自由に動けるのであれば、ヒトと同じ大きさの機動甲冑も実現は可能だろうな」


 あくまでも理論上と断りながらも、ヒト型サイズの機動甲冑を造り出すことは可能だろうとの見解を寄せた。


「しかし。そのような珍妙なモノが、なぜ必要なのだ?」


 下手をすれば機動甲冑よりも高価になるとのブラフを匂わせながらレオンハルトが真意を訊いてくる。

 対してレーアは「そりゃ、もう」と、さも当然といった面持ち。


「彼の意識を呼ぶために、緊急避難的にクリスの身体を使ったけど、いつもでも乙女の身体を自由に使わすわけにいかないもの」


 公序良俗に的に問題があるとぶった切ると、レオンハルトが「それは当然のことだろう!」と質問の真意を察しろとばかりに髪をかきむしる。


「我が訊きたいのは、その者を呼び出す理由だ!」


 叫ぶレオンハルトにレーアは「何だ、そんなこと?」とケラケラと笑う。


「訊けば絶対に呼びたくなるわよ」


 その上で意味深にニヤリと笑い「よく聞いてね」とヒトサイズ機動甲冑製作の真意を語り出した。

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