第49話 偏屈な技術者
バルバルトの店を訪れた翌日。
レーアはバルバルトが紹介した機動甲冑の技師レオンハルトを尋ねるべく、彼が住む館へと馬車を走らせたのだが……
「ねえ、まだ着かないの?」
淡々と続く街道の車窓と、ギシギシと揺れる馬車の振動に、いい加減辟易としていた。
「もう暫くかと」
質問に答える御者のセリフもこれで5度目。
「また、ソレ? 聞き飽きたわよ」
ウンザリするように不満を漏らすと「姫さま」と同乗するクリスから短い叱責。
自分から問いかけているのに同じ答えの繰り返しにイラだちが募り、無意識とはいえ言葉の端々に棘が生えるように厳しくなっていたようだ。
もっとも素直に「ゴメンナサイ」と言えるほどレーアは出来た人間じゃない。
「だって。これだけ走って、まだ着かないのよ。長々乗り過ぎて、お尻も痛くなってきたわ」
キッチリ愚痴を吐露して機嫌が悪い理由をアピールする。
「まあ、それは確かにそうですが……」
そう言われると窘める側のクリスも言葉が出にくい。
何せ馬車に乗って既に3時間近く経っているのに、未だ目的地に辿り着いていないのだ。
私用ゆえの2頭立てなので、さしてスピードはでないとはいえ馬車は馬車。馬の休憩を挟みつつでも、これだけの時間を乗り続ければ結構な距離を走っている。にもかかわらず未だ到着のとの字も聞かれないのだ、どんだけ僻地に住んでいるのかと問い詰めたい。
「そもそも論として、わたしたちが会おうとするレオンハルト殿は、何故このような辺鄙なところに住んでいるのでしょうか?」
クリスのもっともな質問に、レーアも「う~ん」と頭を捻る。
「街道筋とはいえ単に人馬が移動するだけで近くに町どころか人家もない。国境近くの牛や羊どころか山羊すら放牧していないへき地ですよ。誰が好き好んで住み着くのやら」
「バルバルトが言うには、レオンハルトという技師は相当なヘンクツ者らしいの」
バルバルト曰く研究者肌の技師にはそのような事例が多いという。
それにしても市街地の外れどころか国の外れに住んでいるとなれば、レオンハルトは群を抜くヘンクツ者で、相当なコミュ障か対人関係が破綻している人物に違いない。
「それでこんな辺鄙な場所に住んでいると?」
「みたいね」
困ったもんだとレーアが肩を窄める。
ふつうに考えれば、真っ当な生活がままならないような地に居を構えるなど考えられない。
「場合によったらこれから縁を結んでいかなきゃなんないのに、こんな国境の辺鄙な場所に住まれていたら不便なこと極まりないわ」
行き帰りすれば、ヘタをしなくても1日仕事。
城下にある街のように気軽にポッと抜け出してとはいかず、アレコレと口実を作る必要に迫られる。王女の身として、それは中々に困難なミッションだ。
「左様でございますね。いくら姫さまのお転婆が過ぎるとはいえ、さすがに丸々1日も城を抜け出すとなると、お転婆で済まされぬ状況となってしまいます」
「そこでわたしを貶める必要があるの?」
「事実を申したまでです」
「生意気な侍女よね」
「お転婆な王女に仕える処世術かと」
そんなおバカなやり取りをしている真っ最中、前触れもなく唐突に馬車が止まった。
すわ何ごとかと腰を浮かせると「お待たせしました。仰せの場所に着きました」御者が指定の場所に到着したと言う。
しかし周囲は街道筋とはいえども、木々が鬱そうと乱立する森の中。
どう贔屓目にみたって道中真っ只中だとしか思えない。
「着いたって、ここが?」
「左様でございます」
「本当に、ここで間違いないの?」
御者に訊いても「はい」の一点張りで埒が明かず、レーアが同乗するクリスに相違ないかと尋ねるのも無理かなること。
田舎にポツンと○○ではないが、周囲に人家はおろか畑すらなく、これで人が住んでいると言われても俄かには信じがたい。
訊かれたクリスも困惑を隠せないのか「奥のほうに館がありますので、恐らくは間違いないかと」と自信なさげ。
とはいえ地図の記載位置との相違はなく、ここが目的地であることに間違いはなさそう。
ならば「訪れないことには話が始まらない」ということで、レーアは馬車を降りるとクリスを伴い街道の奥にひっそりと建つレオンハルトの館へと向かったのであった。
レオンハルトは年の頃なら30代後半、姿勢が悪く瘦せぎすで外見を含めた第一印象は〝知性のあるカマキリ〟といった風貌。加えて顔色も蒼白く、この場に翔太がいたなら「うわっ! 何、このオタクは」と偏見交じりの感想を述べるに違いない。
実際、バルバルトが指摘するまでもなく見事なまでのヘンクツで、バルバルトがしたためた紹介状も斜め読みしただけで「クソッたれ」と悪態をつくなど面倒臭い性格が丸わかり。
「本当は「来るな」と言いたいところだが、バルバルトのクソッたれが「是非に」と書きつらねやがった。寝食を握っている雇い主の意向だけに無視ができん」
それが証拠にナの国の王女相手にこうまで言い張る、まごうことなきヘンクツ者であった。
その言動は不敬罪を言い渡すに十分以上の代物。いつもであれば彼がその言葉を口にした瞬間にレーアがキレ、クリスが叱責というなの罵倒を延々続けたであろう。
しかし、今回に限ってはそれはない。
と、いうよりも、もっと厄介な事態が目の前に横たわっていたのだ。
「何なのよ! このゴミ屋敷は?」
立ち込める異臭に、レーアは鼻を摘まんで目を顰める。
それもそのはず。
当のレオンハルトの服がヨレヨレで髪の毛がボサボサと身だしなみに無頓着まる出しなのに加えて、館の中はレーアが思わず叫んでしまうほどに散らかり放題荒れ放題。これでヒトが住んでいるなど、脅威を通り越して恐怖だ。
ところが当人は至って涼しい顔。
「まあ多少は散らかっているが、館が痛んでいる訳ではない。ちゃんとした寝床があれば問題なかろう」
雨露凌げて寝れたら良いと意に返すつもりが全くない。そもそも訪問者であるレーアたちを、玄関先で未だ立たせたままにするという不作法を絶賛行使中なのだ。ヘンクツだけでなく超級の面倒臭がりに世間知らずのトリプルコンポと言っていい。
「多少? これが多少!」
贔屓目に見てもゴミ屋敷と言わざる得ない惨状にレーアが顔を顰める。
だが、彼女よりも先に音を上げたというか、この散らかり放題の館にキレた女傑がいた。
「こんなゴミ溜のような場所に姫さまを滞在させねばならないなんて、不敬とか言う以前にあってはならないことです!」
両の額にピキピキと青筋を立てて、腹の底から湧き出る怒りを抑えるようにしながら、クリスが咆哮を放つ直前の獣のように唸りをあげる。
「とにかく、こんな廃屋に姫さまを滞在させる訳にはまいりません! 今すぐ掃除しますから、暫しの間外に止めてある馬車で待っていてください!」
そう言うとレーアを館から強制退場するように追い出して、返す刀で「アンタは体を洗って着替えてくる!」とレオンハルトの首根っこを掴むと、クリスは彼を引き摺りながら屋敷の奥へと消えていった。
そして待つこと凡そ1時間。
「取り急ぎ姫さまが寛げるよう、玄関周りと応接間を片付けてまいりました」
メイド服を腕まくりしたままの格好で、クリスが最低限の体裁を整えたと告げた。
「それは良いけれど、これは今日はもう、泊り確定よね」
城を出たとき高かった太陽も、今はもう山の稜線にかかり始めていた。
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