第48話 もしや、これは策略か?
夜半とはいえまだ日付変更線は超えていない、さりとてそろそろ〝夜中〟と呼んでも差し支えのない時間。
まどろっこしい説明で混乱させたが、早い話が夜の10時過ぎ。
玲香はまだ翔太のアパートにいた。
というより泊る気満々で、ただ今彼のバスルームを占拠している真っ最中なのであった。
「絶対に覗かないでよ!」
「覗かねえよ!」
強い口調でクギを刺すので「そんな事はしない」と言うと「それはそれで失礼ね」と文句を言う始末。いったいオレにどうしろと言うのだ?
「何でこうなった?」
安普請ゆえに聞こえる風呂場の水音に悶々としながら翔太は頭を抱える。
いくら訊いても頑なまでに理由を言わないが、何らかの事情でこの近所に来ていた玲香が、ひったくりの被害に遭って一文無しになった。
それはもう不運だったとしか言いようがないが、不幸中の幸いなことに玲香は翔太のアパートに辿り着き保護を求めることができたのだった。
冷蔵庫の余りものとはいえ温かい食事にありついて、空腹をしのいで一息つくことができたのだから。
そこまではまあ良い。
イロイロとツッコミ処はあるが、まだ翔太の常識の範囲で動いていた。
だが腹が膨れて一息ついたのに、何故か玲香は翔太の部屋から帰ろうとしないのだ。
「スマホを貸してやるから、家の人に迎えに来てもらえよ」
超が付く資産家令嬢なのだ。事情を話せばすぐにでも、運転手付きの高級車が迎えにやって来るだろう。
ところが翔太が切り出したせっかくの提案を、玲香はあろうことか「それはダメ」と拒否したのである。
「何でだよ?」
あり得ない選択に何故? と訊き返したら「考えてもみなさい」と玲香がキレ気味に理由を口にした。
「今わたしがいるのはアンタの部屋なのよ。見ず知らずの男の」
「いや、クラスメイトだろう」
間違いを訂正したら「茶々入れないで」とあんまりな叱責。
「それにクラスメイトでも問題は払しょくしないわよ。い~い? イレギュラーな理由があったにしろ、年ごろの娘が飢えた狼と部屋を一緒にしているのよ。それを公けにしろとでも?」
確かにそれは、外聞的にあまり宜しくはない。
言わんとすることは分かる、分かるのだが……
「でも一夜をひとつ屋根の下で過ごしたら、もっとヤバくないのか?」
家族以外の男と一緒にいるくらいで憚られるのなら、日にちをまたいで夜を共にしたら、さらに面倒なことになるのが必須だと思うのだが……
ナノバクテリアだって思い付くようなもっともな疑問を、玲香が「それは違うわね」と翔太の懸念を斬って捨てる。
「この行為で問題となのは、ズバリ〝ことが公になる〟ことよ。そょりゃ確かに、アンタの提案通りのことをすれば、家から迎えの車を寄こしてくれるわ。」
「だから、それが一番の解決法だろうが」
「分かってないわね」
けんもほろろに一笑に付された後、呆れたようにため息をつかれる。
「迎えを呼ぶには〝わたしがどこにいる〟かを教える必要があるのよ。よしんば上手く誤魔化せたとしても、運転手が義務として送迎の内容を詳細を報告するわ。後はもう芋づる式にバレていくわ」
「じゃあ、どうするんだ?」
「簡単よ。明日の朝に連絡すればいいのよ」
「はあ?」
翔太が思わず訊き返したののも無理はない。
それではまるで「問題の先送りじゃないか!」と言わざるを得ない。
にもかかわらず玲香は「違うわよ」と言って、翔太の諫言に同意する気は小指の欠片ほどもない。
「深夜に状況証拠が整っているから言い逃れができないのであって、朝に「駅に迎えに来て」と言えば問題点のあらかたは解消するわ」
「そりゃ確かに駅に迎えに来てもらえるのならば、オレの部屋と違ってヘンな勘繰りはされないだろうな」
しかしそれなら、今から家に電話をして、切ったその足で駅に向かっても良いはず。そう提案しようとしたら「言っておくけど、それは朝というか日中だからできるのよ」との注釈が付いた。
「こんな夜更けに美少女がひとりでいたら、物騒極まりないでしょうに。そのくらい察しなさいよ」
たとえ事実でも自分のことを臆面もなく美少女と言い張るのはどうかと思うが、玲香の言い分には耳を傾ける必要がある。
「駅前でも終電間近の深夜だと物騒だな。スマン、思慮が足りなかった」
素直に詫びると「分かれば良いのよ」とエラそうな返事。
「そういう訳だから、今夜一晩泊るわよ」
勝ち誇ったように謎理屈を振りかざし、玲香が宿泊を宣言する。
「何、勝手なことを……」
翔太が言うよりも早く「そうと決まれば汗を流したいからシャワーを借りるわよ」と言い放ち、止める間もなくバスルームに突き進んで今に至っているのである。
本当に、降って沸いてきた理不尽な拷問である。
悶々とすること凡そ15分。
さっきまで騒々しかったシャワーの音が消えると、扉が開いて玲香がバスルームから出てきた。
スペースの都合上トイレと一体構造なので出てきてくれたのはありがたいのだが、その格好にには些か……いや、かなり問題があった。
「服のまま寝たら皺だらけになっちゃう。ねえ、Tシャツか何か、部屋着になるものを貸してよ」
着ていた服じゃ寝られないから着替えを貸せと要求。それは良いのだが(実際には良くないが)、何故に裸にバスタオル姿。なまじスタイルが良いだけに扇情度は抜群。
目に毒過ぎると手近にあったYシャツを放り投げ、思わず「服を着ろ!」と怒鳴ったのであったが、その行動が翔太の仇となった。
「ふ~ん。そうなんだ」
ニタリと笑うと玲香が一旦バスルームに引っ込み、何やらゴソゴソと物音を立てている。
暫しのちに「じゃーん」と言って出てきたら、裸ワイシャツというバスタオル以上にとんでもない格好になっていた。
「この格好なら少しは寛げるわね」
そう言って胸元をわざとらしくパタパタと煽るのだが、これがまた破壊力満点。
大きく開いた胸元の開襟部からは、たわわに実った2つの双丘が7合目まではっきりと見え、見ようによってはワンピースドレスのようなボトムから真っ白な生足が。
はっきり言って、これはエロい。ぶっちゃけ裸よりもエロイ。
異世界でレーアと出会ってから幾何かの耐性ができたとはいえ、ボッチで童貞な翔太には刺激が強すぎる。
「着替えたんなら、とっとと寝ろ!」
不貞腐れるように毛布を投げつけると、部屋の隅に布団を敷き、掛布団だけ奪い去ると翔太は「もう寝る!」と言ってさっさと布団にくるまった。
消灯した部屋の隅で「……ヘタレ……」と呟く声が聞こえたが、きっと気のせいだろう。
結局練れたか寝れないかで言えば、案外寝れたので「ヒトって少々の環境変化では案外動じないんだな」と、妙な自信が付いたりしたのは意外な結末。
それはさておき。
冷蔵庫は空なので、朝食を確保する近くのコンビニにおにぎりを買いに出かける。鮭のおにぎりを購入するとお椀に投入すると熱い茶を注ぎ、あられと海苔を追加して即席の鮭茶漬けを作る。
ひと手間かけただけでコンビニのおにぎりが一気に朝食ぽくなったが、実はお茶でかさ増しをしただけという手抜き仕様。だが食べた相手は気付いていないようで「コンビニのおにぎりをこんな風に……なかなかやるわねえ」とご満悦。
素直に食べていただいて、少し早めに駅までお出かけ。そして翔太のスマホで玲香が家に電話連絡をして、無事にお迎えのご到着。色々ドタバタはあったが無事に解決して良かったね、と遅刻寸前ながら翔太登校して怠惰に学校生活を送って、静かなる日常に復帰するはずだった。
なのに……
どうして……
こうなった?
その日の放課後。
今日は稽古だからと道場に向かおうとした翔太を、何故か玲香が強引に拉致すると、有無を言わせず高級セダンの後席に押し込んだのだ。
「何処に連れていく?」
理不尽な拉致に憤慨しつつ問いかけても「まだナイショ」とはぐらかされ、そのまま走ること十数分。
「到着したわよ」
と、言われた先にあったのは、市内でも有数な高級マンションのエントランス。
「何だ、ここは?」
「ん? わたしのマンション」
なるほど玲香ならと思いかかったところで小さな違和感。
ふつうの小金持ちクラスならいざ知らず、玲香の家は日本でも有数の資産家。それがいくら高級とはいえ、郊外のマンションに住んでいるだろうか?
「わたしのって、ひょっとして?」
ふと気になった疑問を投げかけると「アンタの思った通りよ」の答え。
「住んでいるのはわたし一人、アンタと境遇は一緒よね」
さらりと答えるが規模が違うだろうが。資産家令嬢の一人暮らしと貧乏苦学生の一人暮らしを一緒にするな!
だが、その振り上げた拳は下ろすことができなかった。
何故なら、
「だからムダだと思わない? 一人暮らしが2人もいるなんて。それだったら一緒に住めば、イロイロとムダが省けて効率的でしょう」
玲香がさらりと、とんでもない提案をしてきたのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます