第47話 バルバルトの店にて 2

「此度の件で姫さまには〝貸し〟が一つできたようですからな、私にできる範囲であれば何なりとお申し付けください」


 居ずまいを正して答えるバルバルトにレーアは「言質は取ったわよ」と、新しい悪戯を思い付いた子供のようにニンマリと笑う。

 そのうえでずいと頭を近づけ「バルバルトにしか訊けない内容よ。是非教えて欲しいことがあるの」と耳元で囁いた。


「私にしか訊けないないようですか? はてさて、それは一体どのようなことでしょうか?」


 貸しを返却する内容が情報の供出なことが意外だったのか、それとも〝自分にしか〟というところに優位性があるのか、バルバルトが「ふむ」と顎に拳を添えて軽く目を閉じた。

 注意して見れば良く分かるそろばん勘定にレーアはクスリと笑うと「そんなに身構えないでも大丈夫よ」と、バルバルトの長考に待ったをかける。


「強請り集りや他国の情報を売れなんて無茶な要求はしないから安心してね。そんな物騒なことは国の暗部にでも任せたら良いのだから」


「それを聞いてホッとしました。いかな姫さまの頼みとはいえ、さすがにお答えしかねる内容ですから」


「あら、そんな秘密も抱えてるの?」


「そこは察して頂ければ幸いかと」


 いいようにはぐらかされてしまったが、レーアが知りたい内容はそこではない。


「心配せずとも詮索なんかしないわよ。そもそもわたしが教えて欲しいのは、そんな国の暗部じゃなくて、機動甲冑を作っている工房のことなんだもの」


 先日行われたクの国との親善試合で惨敗から一転してナの国の面目を保った褒美にと、パーセルにねだったのがバルバルト商会への直接訪問の許可。

 何を隠そうこのバルバルト商会こそ、ナの国がウィントレスをはじめとする機動甲冑を買い求めた商会なのである。


「そのようなことをお知りになって如何なされるのですか?」


 だが、当然のごとくバルバルトが怪訝な表情を浮かべる。

 無理もない。

 機動甲冑は非常に高価な武具ゆえに金額に見合う性能であるか否か、あるいはプラスαではあるが他を圧倒するような威圧感の有無であったり、それこそストレートに価格を気にする顧客は多々あるが、製作元の工房を気にするような客はいない。

 彼にしてみればレーアの行為は、余計な詮索にしか映らないのだ。


「もしも? の話ではありますが、姫さまが工房と懇意になり直接取引をされてしまいますと、私どもとしても商売が立ち行かなくなってしまいます」


 そうなれば商会にとって死活問題となるから、工房は場所も含めて存在全てを秘匿しているという。


「もし力づくで知ろうというのであれば、我々もそれなりの覚悟を決めて対応せざる得ませんが……」


「なんだ、そんなことを心配していたの?」


 中抜きを懸念するバルバルトに「そんな心配は無用よ」とレーアがケラケラと笑う。


「だって、わたしには既にウィントレスがあるのだもの。これ以上機動甲冑を買ってどうするっていうの?」


 機動甲冑を駆ってはいるがレーアは将官でも騎士でもない、いわば〝侠が過ぎるだけのお転婆娘〟が調子にのって機動甲冑ではしゃいでいるだけである。

 先日の親善試合でクの国相手に無双したのも、ナの国を想って発奮したからではない。

 ま、ちょびっとはあるかも知れないが、動機の大半は翔太に操作を任せてではあるが、スカッとしたかったという単純極まりない理由からである。


「姫様ご自身は必要でなくとも、ナの国が機動甲冑を欲してでは?」


「父上はもっと欲しいと思っているかもだけど、それなら本人かゲープハルトが商談のテーブルに就くわよ」


 常識的に考えて国力にかかわる商談ごとに王女が就くことはない。そもそもドロールやウィントレスの買い入れにしても、パーセルが直接買い付けに関わったのだ。


「そもそも論として、いくらわたしが王女だからって、機動甲冑を買えるほどのお金を自由になんかできないわよ」


 何せ機動甲冑を1騎買えば、それなりの館が買えるだけの金が飛んでいく。いくらパーセルが王女を溺愛しようとも、そうおいそれと使える額ではないのだ。

 それにレーアの立場が立場だけに出世欲など微塵もないし、領土を云々といった野望もない。

 なので商取引をする気など皆無、バルバルトの職域を冒す気など毛頭ない。

 その説明を聞いてやっと納得したのか「なるほど。私めが先走り過ぎたようですな」と拙速すぎる反応を詫びた。


「であるとすれば、ますます姫さまが工房に興味を持つ理由が分かりかねますな。気難しい職人が作業しているだけで、見ていて面白いとは思えませんが……」


 その上でレーアが工房に執着する理由が分からないと言う。

 さもありなん。

 職人が黙々と作業をしている光景を見て楽しいと思えるのは、よっぽど特殊な嗜好の人間だけである。レーアのような可憐な容姿の姫ぎみには凡そ似つかわしくない。

 その点についてはレーアも否定する気はないようで「そりゃ、そうよね」と臆面もなくぶっちゃける。


「髭ヅラで汗だくのオッサンが金づちを振り回しているところを見たところで、楽しくもなんともないわ」


「姫さま。それはさすがに偏見が過ぎるかと」


 話が脱線したところをクリスがやんわりと訂正を入れ「姫さまが本当に知りたいのは、モノを作る工房ではなく、このような機動甲冑自体を創造したお方です」と注釈を添えると、今までと違うところに興味を持ったのかバルバルトの表情が明らかに代わった。


「機動甲冑そのものではなく、創った元の人物を知りたい? それはまた、どうしてでしょう?」


 知り得たい理由がなぜ機動甲冑の開発者なのか? その真意が理解できないと、バルバルトの警戒感がさらに露になる。


「折り入って頼みたいことがあるんだけど」


 レーアが真意を口にした途端、バルバルトが「ムリですな」と即答。


「工房も極秘ですが、開発技師はさらに秘匿中の秘匿です。いかな姫さまのお願いでも、こればかりは聞くわけには参りません」


 毅然とした態度で「ノー」を突きつける。

 とはいえ、ここで門前払いを喰らわされると元も子もない。


「わたしが頭を下げて頼んでもダメ?」


 瞳をウルウルさせて頼み込むが、バルバルトからは「ムリです」の一点張り。 


「例え国王様が直に命じられても、お受けすることはできません」


 断固とした態度でノーを続ける。

 その執念とも思える迫力に、レーアはどうしたものかと腕を組む。


「その開発技師に是非とも創ってもらいたいものがあるんだけど?」


「そうやって直で交渉をされると私どもの商売が上がったりになるのす」


 だからダメだときっぱりと言い放つ。

 取り付く島もなく、付け入る余地がこれっぽちもない。

 頑ななまでに強固な反応にレーアは手を焼くが、唐突に「アレっ」と閃いた。


 詰まるところバルバルトが頑なに反対するのは、彼の商会抜きで直取引されるのを敬遠しているだけなのだ。

 だったら巻き込めばいいじゃないか!

 ならばとばかりに「ちょっと耳を貸して」と断り、バルバルトの耳元で何かを吹き込む。

 聞き始めた最初はは渋い顔をしていたバルバルトだったが、話を聞くにつれ表情から棘が取れ唐突に「ガハハ」と豪快に笑いだす。


「面白いです。そんなことができるのならこのバルバルト、是非にも姫さまの願いを聞き届けましょう」


 そう言って一人の技師の名を告げたのだった。

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