第46話 バルバルトの店にて
翔太が玲香とディナー(?)を共にしている頃、レーアは商人であるバルバルトの店に訪れていた。
バルバルト商会はナの国のみならず、クの国や近隣諸国、果ては大陸一の大国と称せられるヲの国にも根を張る大商会である。
それゆえ取扱品目も多岐に渡り、一般庶民が手にする雑貨から王侯貴族が購入する宝石類、果ては武具や軍馬といった戦術物資までと、それこそ現代の尺度に当てはめれば総合商社に近い存在である。
噂ではナの国どころか大陸一の大店と目され、その資本力は一国にも匹敵するとさえ言われている。それが証拠にナの国城下にあるこの店も本店ではなく、数多ある支店のひとつにすぎないのであった。
もっとも支店と侮るなかれ。
その規模は城下に店を出す他の大店に引けを取らず、街道が集まる広場の中心、ナの国一の目抜き通りに店を構えているのである。
その店の奥、いわゆる〝上客〟を相手に応対する接客室で、レーアはひとり優雅にお茶を啜っていた。
「さすがはバルバルト商会が給仕に出すお茶ね。〝ヘタな国より富んでいる〟と称されるだけに香りも味も一級品ね」
レーアがカップを手に持ち香りを楽しんでいると「そんなもので懐柔されてどうするのです」と、脇で控えるクリスが苦言を呈してくる。
「仮にもナの国の王女が自ら足を運んでいるのですよ。ええ、時おり城下に脱走するようなダメ王女ですが、血統的にまぎれもない姫殿下です。そんな高貴な方が来訪したのに、このような形で待たせるなど言語道断でしょう」
お茶くらいで懐柔されるなとの諫言だが、何故かバルバルトよりもレーアへの小言に対してのほうが棘がある。
「クリス、あなた。諫言に託けて、わたしのことをさり気なくディスってない?」
「滅相もございません。わたしは単に事実を述べているだけです」
「それをディスってるっていうのよ!」
「左様ですか」
傍付きの侍女とはいえ付き合いが長いと遠慮がないのか無礼を指摘してもクリスには糠に釘、息を吐くような小言にキレたほうが逆に疲れてくる。
疲れ果てて「もう。いいわよ」と邪険にするのも無理かなることであろうが、クリスの小言は留まることを知らないどころか容赦すらなく「わきが甘いからですよ」とまだ続く。
「例えば今しがた、姫さまに供されたお茶がございますね」
「これのこと?」
カップを少し持ち上げると、クリスが「そう、それです」と満足げに首を縦に振る。
「先ほどこのお茶を「味も香りも一級品」と申しましたね? 間違いなく申されたはずです」
勢いに圧されて「ええ」と答えると「まったく、迂闊なんですから」とため息をつかれた。
「あの古狸は姫さまの〝そのお言葉〟を今か今かと待ちわびていたのです」
「えええーっ! どういうこと?」
「言質を取られたではないですか」
「待ってよ。わたしは美味しいものを「美味しい」と言っただけよ」
そこで何故か、クリスがさらに盛大なため息をつく。
「聡明な割に、そういうところは鈍感なんですから」
呆れながらクリスが説明するには、賓客用に給仕する高級茶は同時に取り扱い商品でもある。なのでレーアの評価は〝ナの国王女のお墨付き〟となり、商品に箔が付くこととなり価値が俄然とはね上がるというのだ。
「姫さまがお成りになると〝事前に先触れを出して〟いるのですから、バルバルトが居ないことなどあり得ません。きっと姫さまから「美味しい」の言質を引き出すためにどこかに隠れているのでしょう。違いますか?」
そう言ってクリスが悪意を持った視線で入口を睨みつけると、ドアが開いて「いやはや、参りましたな」と恰幅の良い壮年の男が肩を竦めながら接客室に入室した。
「侍女殿に見透かされてしまうとは、私もまだまだですな」
「あからさま過ぎるのですよ」
古狸を装うバルバルトにクリスが忠告する。
「わざわざ先触れを出したのです。他の商人ならいざ知らず、バルバルトともあろうものが姫さまの来訪に間に合わぬはずがない。貴公がどこに居ようと、昼夜馬を駆ってでもこの店に駆け付けますでしょう?」
試すように「違いますか?」とわざと尋ねると、見透かされたような断定にバルバルトが観念したのか「恐れ入りました」と降参のポーズをとる。
大陸一の大店の会頭ゆえに、本来なら一支店ごときにいるような人物ではないのだが来訪者が王女であれば話は別、会頭自らが接客に当たるのはむしろ当然だと心得る。ゆえに、まる1日馬車を走らせナの国の支店に駆けつけたのだ。
そのフットワークの軽さこそがバルバルト商会を大陸一の大店に躍進させた原動力なのであり、クリスはそうするであろう思惑の下バルバルト商会に先き触れを出したのであるから。
「侍女殿の指摘通り当然の礼儀として、姫さまが来訪するより前に馳せ参じておりました」
「当然ですね。では、なぜ姫さまを待たせるようなマネをしたのですか?」
「それをお訊きになりますか?」
真偽を尋ねるようにバルバルトが問いかけると、今の今までポンコツだったレーアの表情が一変。
「ええ、是非に」
まるで悪だくみをする悪代官のように不敵にニッと笑った。
「純粋に〝興味〟にございます」
「わたしに?」
驚くレーアに臆することなくバルバルトが「左様にございます」と答える。
「私ごときが今さら語る必要はないでしょうが、姫さまとのご商談であれば、会頭の私が呼びつけられて登城するのが世の常識。先般の実例であれば、王様よりウィントレスのご用命を賜りました」
「そうね。色々あって、わたしが騎乗して駆っているわ」
強請ってと言わないのはご愛敬、もちろんバルバルトも深追いしない。
それよりも、
「ええ、存じております。しかも先日の親善試合では大活躍なさったとか?」
事なげに語るバルバルトにレーアは「良く知っているわね」と驚くが、当のバルバルトは澄まし顔のまま。
「商人にとって情報は武器にございますから」
当然だというスタンスを崩さず「些か話がズレましたな」と情報の出所を明かすつもりがないのか、脱線したとばかりに話を強引に元に戻す。
「そういうお立場の姫君が、わざわざ当店に足を運ぶ。その事の真意を見極めようと思いまして」
「ついでに接客室にわたしを待たせといて、お墨付きをもらう案を思い付いた。と?」
クリスの意地悪な問いに怯むことなく「左様でございます」と言い放つ。
「とんでもない漁夫の利ね」
「お時間をいただくためにお出しした茶が姫さまのお口に合ったのは僥倖の限り。お褒めに預かり光栄です」
恭しく頭を下げるバルバルトに、レーアはそういうことなら「実際美味しかったから、此度の無礼は不問にしましょう」と鷹揚に対処する。
しかし転んでもただでは起きなかった。
「その代わり、高くつくわよ」
レーアが不敵にニッと笑い、ちゃっかり〝貸し〟だとアピールしたのである。
そんな聡明な部分にバルバルトも「ククク」と楽しげに笑う。
「確かに、タダより高いモノはないと申しますからな。相応の対価は要求されますか?」
「当然よ」
澄まし顔でレーアが答えると、バルバルトも「ようございましょう」と請け合う。
「此度の件で姫さまには〝貸し〟が一つできたようですからな、私にできる範囲であれば何なりとお申し付けください」
言質を取ったレーアは「バルバルトにしか聞けない内容よ。是非教えて欲しいことがあるの」と、ずいと頭を近づけた。
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