第45話 ウザい女神が絡んでくる 2
「お金もスマホもひったくりに盗られて、一文無しになったのよ!」
逆ギレといって良いくらいの勢いで玲香が喚き散らす。セリフの途中で「クソッたれ!」やら「アイツ等ぶっ殺す!」など、およそ〝お嬢様〟とは思えぬセリフが含まれていたのは気のせいだろうか?
「つまり、ひったくりの被害に遭って所持金が1円もない。加えてスマホも盗られてしまったので、家に連絡することもできない、と?」
あの罵詈雑言を聞き取って、要点を整理した翔太の解説に玲香が「そうよ。分かっているじゃない」上から目線で頷く。
「外出先であんなのに遭うなんて、ホント踏んだり蹴ったりだわ。仏滅と厄日と13日の金曜日がチームを組んで襲いかかってきたような気分ね」
「仏滅だけど今日は木曜日だからな。13日の金曜日には1日ずれているぞ」
翔太が日付の間違いを指摘すると、玲香が「うるさい!」と一蹴。
「男がゴチャゴチャと細かいことを言うんじゃないわよ!」
細かい指摘にキレた玲香が、いいかげんにしろとばかりに声を荒げる。
「だいたいアンタは……」
まだ文句が足りないと指を突きつけた直後、彼女のお腹から「グーッ、ギュルルルルー」と豪快な腹の虫が鳴り響いた。
慌ててお腹を押さえるが時すでに遅し。
というか、腹の虫が鳴ってからお腹を押さえても何の意味もない。
「……聞こえた?」
恥ずかしさに耳たぶまで真っ赤にしながら玲香が尋ねる。
それだけ豪快な腹の虫なのだから、耳に病気か障害がなければ聞こえて当然。
とはいえ、それをバカ正直に告げるのは禁句であることくらい、如何な世事に鈍感な翔太でもさすがに分かる。
だからといって朴念仁が服を着て歩いているような翔太に、気の利いたセリフを吐けるようなスキルなどあるはずもない。
結果「えと、あの、その」と意味不明な単語の羅列しか発することができないのだが、代わりに翔太の腹の虫が「グーッ、ギュルルルルー」と本人に代わって気の利いた答えをしてくれたのだ。
マズイと思ったがもう遅い!
翔太が焦ったところで生理現象、止めようとしても止めれるものではない。
「ふ~ん?」
案の定さっきまで羞恥で消え入りそうだった顔つきから一転、格好のおもちゃを見つけたかのように玲香が口角を持ち上げるとニタリと笑う。
「ひょっとして、アンタもお腹にヘンな虫を飼っているのかしら?」
「ああ、そうだよ!」
玲香のつまらない仕返しにキレ気味に反論。
「こちとらバイト先で賄いを食べそびれてイラついているんだ! 世間知らずで不用心なお嬢様の戯言に付き合うような余裕なんかない!」
そもそも空腹を宥めすかしながら急いで帰って来たのである。ただでさえ部屋に入る直前で玲香に遭って足止めを喰らっているのに、そのうえ茶化される事態に付き合わされて冷静でいられる訳がない。
オブラートのおの字もないド直球に、玲香が「何ですって!」と逆上するが構う気などさらさらない。
壁ドンならぬドアドンをして「そこを、どいてくれ」とひと言命じたのであるが、玲香の側からしてみたら、その行為がいたくお気に召さなかったようだ。
「なっ! 困ったレディーを見捨てるというの?」
「アンタ金持ちだろう。1食くらい抜いたところで死にやしないよ」
「お昼だって食べていないから、抜くのは1食じゃないわよ」
「はぁ?」
何やってんだ、コイツ? とうろんな目で睨みつけた直後。
「グーッ、ギュルルルルー」「グーッ、ギュルルルルー」
2人の腹の虫が見事なハーモニーを奏でると、間の抜けた音色のおかげで一気に興が削がれる。
「もういい! オレも腹が減っているんだ、後の話はメシを食ってからにしようぜ」
そういう言う否や「ちょ、ちょっと!」と戸惑う玲香の腕を掴み、翔太は半ば強引に部屋に引き入れた。
「……えっと。シンプルで機能的な部屋ね」
「素直に何もないと言え。イヤミか!」
シンプルなワンルームといえば聞こえがよいが、必要最小限な物しか置いていない殺風景な部屋である。
家賃に反映するべく築年数も相応に経っているので、部屋自身も中々にくたびれており、それが侘しさに拍車をかけている。
そんな部屋なので、小振りながらも独立したキッチンがあって、トイレ一体であってもユニットバスがあるだけ僥倖だろう。
「でもコンパクトでお掃除が楽そう……」
「それも素直に狭いと言え!」
ぶつくさ文句を言いながらも玲香に座布団を寄こし、翔太は腹に詰めるモノを作るべくキッチンへと向かう。
「冷蔵庫に何か残ってりゃいいんだけどな……」
極貧とは言わないがバイトで生活費を補填している苦学生である、冷蔵庫を開けたとて一般家庭のような十分な食材がある訳ではない、卵の1個でもあれば御の字であろう。
「おゅ、ラッキー。卵が2個もあるじゃないか」
しかも野菜室には萎びかけとはいえ玉ねぎが半個、冷凍室に凍らせたご飯まで残ってある。調味料の類は切らせていないから、これまた残り物のウインナー(1本しかないが)を使えば即席でチャーハンが作れそうだ。
「ヨシ。じゃあ、作るか」
腹の虫を宥めるのももはや限界。翔太はフライパンを手に取ると、ガスコンロに火を点けて調理に取り掛かった。
たっぷりの油をひいて熱したフライパンに溶いた玉子を投入する。
間髪入れずに事前にレンジで熱々に熱し直したご飯を投入。ポイントはご飯が熱いこと、飯が冷えていたり凍っていたらパラパラしたチャーハンにはならない。
一気にかき混ぜご飯に卵と油でコーティングができたら、みじん切りにした玉ねぎとウインナーも投入。本当は事前にこれら食材も油通ししていたほうが良いのだが、あまり空腹にその工程はカットする。
「生焼けじゃ無ければ食えるしな」
その辺は大雑把な男料理。塩と胡椒、中華スープの代わりにカップスープの素で味を調えたら、皿代わりのタッパーに盛って完成だ。
「詳しい話は食事の後だ。とりあえず食え」
ぶっきらぼうにチャーハンの入ったタッパーを差し出すと、失礼なことに玲香は臭いを嗅ぎながら怪訝な表情で「コレ、食べれるのよね?」と言い放つ。
「イヤなら食わなきゃいいんだ」
味見もしていない男料理、食べろと強要する気もない。
勝手にしたらと自分の分を食し始めると、次の瞬間すさまじい勢いの咀嚼音が狭い部屋に響く。何ごとかと顔をあげると、玲香がお嬢様どころか女としてどうか? という勢いで翔太の作ったチャーハンを食べていたのである。
「見た目はアレだけど、空腹のスパイスがあるからかしら。なかなかイケるじゃない」
憎まれ口は相変わらずだが、男料理ゆえに量だけはそれなりにあったチャーハンを、玲香は1分とかからず間食したのであった。
「どれだけ腹を減らしていたんだよ」
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