第44話 ウザい女神が絡んでくる
「暫くアンタを呼ぶつもりはないから、その間はアッチでのんびりしていたら良いわよ」
別れ際にレーアが宣言した通り、ここ数日に亘って翔太が向こうの世界に呼ばれることはなかった。
眠くなったら床に就き、朝の決まった時間に起床する。
学校に行って授業を受けて、放課後はバイトに精を出すか、道場で剣を振るって汗をかく。ふつうといえばこれ以上ないくらいふつう、ごくごく当たり前な生活を過ごしていた。
ただ違うことといえば、絶賛セミボッチ継承中で学校内で彼に話しかける相手は八重樫ほぼひとり。バイト先のファミレスでも業務遂行上必要最小限の会話しかなく、師範自ら稽古を付けてくれる道場を別とすれば、むしろ機動甲冑なんてキテレツなものになる異世界のほうがまだ人間らしいかも知れない。
ただそれを自覚するかしないかは当人次第であり、心の機微に疎いぶっちゃけ鈍感な翔太がそれに気付くはずもない。ただ単に賑やかだった夜というか就寝中がヒマになり、1日の体感時間が短くなったくらいにしか感じていなかったのである。
だが理由は何であれ、体感時間が短くなり忙しさから解放されると、ストレスが軽減され心にも余裕が生まれてくる。
だからといって、それで変わったことはほとんどない。
今までよりも多少授業を真面目に聞くとか、バイトの接客がほんの少し丁重になるといったその程度のモノでしかない。
しかし漠然とした思いながら、心のどこかに物足りなさを感じるのもまた事実であった。
などと余裕をぶっこいていたのがダメだったのだろうか?
バイト帰りの夜更けに、とんでもない厄介ごとが翔太に舞い降りてきたのであった。
奇しくもその日は13日で仏滅だった。
「勤務時間が3時間だから〝賄い〟はナシだと? チクショウーめ!」
自宅に向かって自転車を漕ぎながら、翔太は満天に輝く星空に向かって口汚く悪態を放つ。
夜とはいえ人通りの多い大通り。自転車に乗りながら大声で悪態をつく高校生に、すれ違う人たちがぎょっとしたり顔を顰めたりするが、そんな些細なことに構っていられない。
グーッ、ギュルルルルー……
腹の中の猛獣が、魔王降臨とばかりに存在を発揮し、翔太に供物を要求しているのだ。
何せ12時に昼食を食ってからこのかた、8時過ぎの今現在に至るまで固形物を一切口にしていない。早い話がただ今絶賛空腹中で、育ちざかり食べ盛りの高校生には拷問ともいえる仕打ちだろう。
じゃあ「何か食えよ」が当然のツッコミだが、そこには聞くも涙語るも涙、理不尽で悲運なドラマがあるが故のこと。
それもこれもバイト先で賄いを食べることができなかったからである。
ケチの付き始めはその日の放課後。
授業が終わってバイト先に向かおうとした矢先「悪りい、ちょっと付き合ってくれ」と八重樫から声をかけれたののがそもそもの発端。
「生徒会からの頼まれごとを引き受けたら、思いのほか手間取ってな。翔太は帰宅部だから時間に余裕があるだろう」
「オレはこの後バイトがあるんだけど」
バイトがあるからと断ったのに八重樫が「そこを何とか頼む。効率よくやれば2~30分もあれば片付く案件だし」と強引に引っ張り込んだ結果、お約束通り「効率は何処に行った?」の有り様でバイトを大遅刻してしまったのである。
その余波でバイトの勤務時間が4時間を割り込んでしまい、社内の規定に達せずということで賄いにありつくことができなかったのだ。
訳あって独り暮らしをする翔太にとって賄いを食べそびれるのはとても痛い。
道中のコンビニで買い食いをすれば小腹は収まるがアレはコスパが非常に悪く、カウンター前のホットスナックなど簡単に英世さんが飛んでいってしまい、なんちゃって勤労学生の翔太には到底選択できないカードなのである。
だから鳴り響く腹の虫を宥めすかしつつ、ガンバって自転車を漕いでアパートの前まで戻ってきたら、首を傾げたくなるようなありえない光景が目の前にあった。
薄暗い照明の下、膝を抱えて玲香がうずくまり、翔太に向かって「遅い」と恨み言を放ったのである。
「何で、オレの部屋の前に南条がいるんだ?」
「いたら悪い?」
不貞腐れるがダマされちゃいけない。
「ふつうに考えてヘンだろう。変質者の一歩手前だぞ」
眉目秀麗だからスルーされそうだが、赤の他人の部屋の前で膝を抱えて座っているなど、正にストーカーそのものな行為。翔太ならずともドン引きするのは当然だが、南条の思考は常人とはいささか違うようで「だって部屋が閉まっているんだからしょうがないでしょう」ときた。
「そうじゃなくて。オレに用があるのなら、クラスチャットにメッセでもすれば良いんじゃないのか?」
さすがに電話番号やメアドは個人情報なので非公開だが、連絡事項を通知するためのクラスチャットには登録してある。まあ他のクラスメイトにログを読まれてしまうデメリットはあるが、少なくとも変質者の謗りは受けることが無くなるはずだ。
だが返ってきた答えは「加納翔太に用事なんかないわよ」と、予想通りにいかにも玲香が言いそうなツンとしたもの。
「わたしだって好き好んで、こんなところに来たんじゃないわよ」
「だろうな。で、厭々ここに来た理由は何なんだ?」
空腹も相まって若干苛立ちながら真意を訊いてみると、これまた予想の斜め上。
「ひったくりに遭ったのよ! 財布からスマホまでカバンの中身を全部持ち去られたの!」
悔しさを全身から滲ませながら、玲子が怨嗟のような怨みのセリフを口にする。
その迫力に押されて翔太も思わず「おう」と頷き後ずさるほど。
怒りが頂点に達した玲子は当然それだけに止まらない。
「金額の大小が問題じゃないわ。背後からバイクで忍び寄って、こっちの持ち物を有無を言わずに奪い去っていくのよ! 犯罪行為もさることながら、もしもその時わたしが転んだり腕を痛めたりしないかとか、不測の事態を考えられない貧相なお頭が問題なのよ!」
喋るわ、喋るわ、これでもかというくらいの怒涛の勢い。時計の秒針が2周以上回ってもまだ止まらない。
ひとしきり罵詈雑言を吐き出し終えたのは、玲子が酸欠で倒れす寸前まで言った後。ご近所迷惑になったのは疑う余地もないだろう。
「とにかく。今の説明で南条が散々な目に遭っていること〝だけ〟は分かった。けど、何でオレのアパートの前にいるんだ?」
愚痴を履き終えた玲香に気になることを尋ねると、何故か一瞬彼女の目が泳ぎ「そ、それは……」と言いよどむ。
しかしそれも一瞬のこと。すぐさま持ち直すと「だって、しかたがなかったのよ!」と声を張り上げ理由を一気にまくしたてた。
「たまたまこの近くにいたときにひったくりに遭ったからよ。さっきも言った通り、お金も携帯も持っていかれて一文無しになったのでやむを得ずよ」
「そ、そうなのか?」
「そうなのよ!」
むんずと胸を張るが、直後に玲香のお腹から「グーッ、ギュルルルルー」と豪快な腹の虫が鳴ったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます