第43話 ウィントレス無双する

 いったい何を思ったのか。

 レーアがパーセルから言い渡された〝隠密〟にという命令を真っ向無視して、ウィントレスのハッチを開けると、その姿を試合場にいる全員に晒したのである。

 それも黄金色の長い髪をワザとたなびかせる演出付きときたら、試合場が騒然となるのも当然の帰結である。


『おい、バカ! 何をやっているんだよ!』


 翔太が煽るのを止めろと窘めるが、レーアは「良いから、良いから」と取り合う気なし。


「ナの国の威厳を保つには、絶対にしなきゃいけないことなのよ」


『何だよ、ソレ?』


 翔太の疑問に「後で分かるわ」と答えつつ、ハッチを開けたままレーアが試合場のど真ん中までスタスタと歩いていく。

 その言葉通り試合場の中央にウィントレスを仁王立ちさせると、レーアはさらに胸を張って「クの国の機動甲冑って口ほどにもなかったわね」とかましたのである。


「先に3勝したからっていい気になっているようだけど、女のわたしにあっさり負けるのだから、単に運が良かっただけじゃないの?」


 それどころかクの国相手にご丁寧に中指を立てる行為までして、挑発を飛び超えてケンカを売りまくったのである。


 スタンドプレイまる出しのこの行為に、当然クの国が黙っている訳がない。


「パーセル殿。これは一体どういうことか?」


 まっ先に国王のシュテハンがパーセルに対して、この件に対する釈明を要求してきた。

 当然だろう。

 ウィントレスには「レーニン」なる男の騎士が乗っていると、クの国の関係者には伝えていたのである。それが蓋を開けたら金髪の美姫が搭乗していたのだから、話が違うにも程があり過ぎる。


「あの、跳ねっかえりめ!」


 余計なことをしよってからに!

 予想の斜め上をいくレーアの奇行に、パーセルは頭を抱えたくなった。

 まさか機動甲冑の頭数を揃えるために、止む無く娘を試合に出したなど言えるはずがない。

 最終戦で勝ってくれたのはクの国に一矢報いた大金星だが、わざわざ替え玉まで用意して国の姫が機動甲冑に駆るのを秘匿したのが台無しである。

 影武者役のクリスはパニックを処理できずに倒れるし、シュテハンは「説明せよ」と憤る。


 まさに四面楚歌。

 少しでも対応を間違えれば一触即発か? というところで、後ろに控えていた宰相ゲープハルトが「実は……」と前置きを入れながら絶妙なアシストを出してくれた。


「レーニンは見ての通り女ですので、わが国の筆頭騎士ではありません」


 と、そのただ一つの真実以外、詐欺師も真っ蒼な実に見事な口八丁で、王女の身分を隠ぺいしつつ架空の女騎士の設定をでっちあげたのである。

 曰く「剣技は一流だが女ということで筆頭騎士の地位になかった。機動甲冑なら素顔を晒す必要が無いので、女にもかかわらずナの国一の乗り手となった。此度の試合で必勝を期すため、性別を隠すことを条件に選抜隊に入れたのです」との完全無欠のプロフィールが即興で作られる。

 その上で「しかしながら」と隠ぺいの理由を苦渋の決断だと言い張る。


「女子の力を借りてはまではわが国の恥。それゆえ貴国を欺いたかのような格好となり、面目次第もなく……」


 神妙な顔つきでゲープハルトが謝罪の言葉を紡ぐと、突然シュテハンが「ガハハ」と愉快そうに笑いだした。


「宰相の話を聞くにつけ、貴公は本当に肝っ玉が小さいのう。儂ならば、その女子に実力さえあれば、筆頭騎士どころか頭にでも据えるがのう」


 肩を揺らして豪快に笑いながら、言外にパーセルの器が小さいと貶める。


「レー……ニンは見ての通り女子だぞ」


「実力があれば女だろうと関係なかろう……それに、だ」


 親指を立てると試合場の中央に立つレーアを指す。


 するとまるでタイミングを見計らったかのように、レーアが「まぐれ勝ちでいい気になっているクの国の皆さん!」とひときわ大きな声を張り上げる。


「悔しかったら、このわたしに勝ってごらんなさい!」


 トドメとばかりに更にクの国の騎士たちを煽りまくったのである。


「バカが、要らぬことを言いよって」


 完全無欠の失言にパーセルが頭を抱え、ゲープハルトは打つ手なしと天を仰ぐ。


 そしてシュテハンはというと。


「ああまで言われたら、儂としても相応の返礼をせぬわけにはいくまい」


 低い声で唸りながら「受けて立つ」と言い放ったのである。


「もっとも儂が命じるまでもなく、わが国の騎士たちが生意気な口を利く女子を組み伏せて、二度と無駄口を叩けぬよう徹底的に躾けるであろうがな」


 こうしてウィントレスとザフィールとの再戦が決定した。





 当然のことながらクの国の機動甲冑との再試合はウィントレスに乗るレーアにも伝えられた。

 パーセルとシュテハンが取り交わした再試合の内容を、すぐさま使者が伝えにきたのであった。


「良いわ。委細承知したと伝えておいてくれる」


 再戦の内容を聞いたレーアは、満足げに頷ずくと一旦試合場から引き下がる。

 あれだけ煽りまくっていたのに、何このネコを被ったような従順な態度。


『ひょっとして、正体を晒したうえで「女に負けるなんて恥ずかしい」と相手怒らせて、再戦を引き出すのが目的だったのか?』


「さあ? どうでしょうね」


 下手な口笛を吹いてレーアが答えをはぐらかし「それよりも大事なことがあるわよ」と話までも変える。


「クの国の騎士を完全に怒らせちゃったからね。ウィントレスとの試合は1機対4機よ」


『なんだと?』


 訊けばウィントレス相手に未対戦のザフィール4機が一斉に挑んでくるというのだ。


「それ以外のルールは同じ。制限時間なしで1本勝負よ」


 一方的なバトルロワイヤル。だがこの勝負に勝てばナの国のメンツが保たれるどころか、クの国をマウントすることも可能だろう。


『で、勝てるの?』


 念のために聞いてみると「わたしが勝てるわけないでしょう!」と、開き直りにも近い未戦闘での敗北宣言。


「ウチの筆頭騎士が揃いも揃って勝てなかったのよ。そんな奴らを相手に、このワタシがどうやって勝てるの?」


 確かにそれはそうかも知れないが、面と向かって口にするか。

 というよりも。


『勝てもしないのに、余所の国を相手にケンカ売ったのかよ!』


 そっちのほうが余ほど大ごとだが、レーアは「大丈夫」と自信ありげな様子。

 そして空手形を振った理由は直後に分かった。


「だって、ウィントレスで戦うのは翔太だもん」


『はあ?』


「ガンバって、わたしの公約を果たしてよね」


 好き放題言うと「後は任せた」とばかりに傍観者に徹しようとするのだ。しかも操縦はちゃっかりと翔太に押し付けるというはた迷惑ぶり。


『煽るだけ煽って、最後はオレ任せかよ?』


 何をしてくれるんだと毒づく翔太に、レーアはしゃあしゃあと「わたしじゃ、あの4体には勝てないわよ」と言ってのける。


『それはその通りだろうけど、だったら煽るなよ』


 注意を促したところでレーア相手には糠に釘。


「やっちゃったものは、今さら取り繕ってもしょうがないでしょう」


 悪びれることなく開き直る。

 ここまで堂々とされたらむしろアッパレとも言えよう。


『ああっ、もう! やりゃ、良いんだろう!』


 半ばヤケクソで叫んで試合に臨んだ結果、翔太のウィントレスは4戦全勝するのであった。

 

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