第42話 出撃、ウィントレス 2

 クの国との親善試合も最終となる第5戦。


 翔太が駆るウィントレスは試合場に片端にゆっくりと歩いていく。反対側には対戦相手のザフィールが同じくゆっくり移動し、フィールドを挟んでお互いが対峙した。

 距離にしておよそ20メートル。

 ヒトが歩けばそれなりの間隔だが、機動甲冑が本気で駆ければ1秒とかからぬ至近距離である。


「アイツ素早いけど、勝算はあるの?」


 何せ相手は3勝1分けと負け知らずのザフィールである、レーアが不安になるのも無理はない。

 だがフィールドに立つ翔太に緊張はない。

 むしろここ最近感じていなかった心地よいプレッシャーに、知らず知らずに気持ちが高揚していたほどである。


『いや。油断はしちゃダメだろうけど、脅威を感じるほどの相手じゃないと思うな』


 相手の力量を探りながらキッパリと断言する。

 確かにナの国のドロールと比べて動きは素早いが、その機動性に比して剣技自体は大したことはない。率直な感想をいえばナの国の騎士たちと同等か、むしろやや劣ると見てよいだろう。

 要は予想外の早さに惑わされているだけ。落ち着いて捌けばなんてことはない。


 しかしそれは翔太だからいえる評価。

 先の試合を目の当たりにして自信満々なヤツなどそうはいない。


「でも、オルティガルムとマニッシュは瞬殺されたわよ」


 あまりにも衝撃的な光景だったのだろう。

 レーアが緒戦2人の例を持ち出したが、翔太は『アレはこっちの落ち度だ』と一蹴した。


『相手の出かたが分からなかった不運もあるけど、連中は初顔合わせなのに突っ込むなんて慎重さにも欠けていたからな。ある意味、自業自得?』


 相手の力量も分からないのに突っ込むバカがどこにいる。筆頭騎士としてよく生きていたなと言ってやりたい。


「確かにそうかもだけど……翔太なら油断せずにできるの? ガイアールとデーディリヒは初手を躱しても勝てなかったわよ」



 ガイアールとデーディリヒは初手を躱すことはできたが、続くラッシュの嵐に耐えられなかったのだ。それほどまでにザフィールの運動性能は高く、汎用性に重きを置く凡庸なドロールを一芸で圧倒したのである。

 ウィントレスは親バカのパーセルが買い与えただけあって、ドロールの上位互換ではあるが圧倒的というほどの差はない。いうなら〝少し上等〟といった程度である。


 まだ心配をするレーアに『まあ、やってみるさ』とお気楽な返事。

 双方が剣を構えると「始め」の合図かかかり、親善試合の最終戦か開始された。


『さて、どんなもか……うおっ! いきなり来た!』


 開始の合図と同時にザフィールが全速で襲いかかる。

 剣を両手で持っての横一文字の斬撃。スピードは相当なもので、まともに受けたら機動甲冑の躯体とてタダでは済まないだろう。


『ま、当たらなきゃどうってことないけどな』


 翔太とて、だてに4試合も無為に眺めていたのではない。

 バックステップで素早く躯体を後方に移すことで、ザフィールの先制攻撃を受けることなく難なく躱したのであった。


「ウソっ! あのスピードの初手を躱せた!」


『そりゃ、避けるように動いたからな』


「避けるようにって、あのスピードよ。そんな簡単にできるモノじゃないわ」


『もちろん努力の賜物だ』

 

 機動甲冑の身体ではドヤ顔ができないので、顎を上げてドヤぶりをアピールする。


「努力で何とかなるものなの?」


『ワンパターンの攻撃なんだから、こんなものは躱せて当然!』


 同じ攻撃が3度4度も通じるはずがない。

 

 ザフィールの攻撃は翔太に言わせれば『早いだけで動きは単調。剣の重さに任せたバカ振り』と容赦ない。

 日本刀のように軽さと強靭さを併せ持つ優れた高品質な剣ではなく、有体にいえば重く頑丈なだけが取り柄の、剣自体の重さを利用して斬るタイプの刀である。

 振り回すには当然のことながら強靭な筋力とスタミナが必要で、この世界で騎士と呼ばれる人種の多くが筋骨隆々なのはその点に集約される。

 それでも重量級の剣を振り回して精緻な剣の扱いなどどだい不可能。ゆえに今のような戦闘スタイルになったのだが、連中は分かっちゃいない。

 ひ弱な人間に筋力ではやむを得ないが、規格外な機動甲冑の馬力を使えばこの程度の重量物など無問題。もっと自在に刀を扱えるのだ。


 せっかくの機動甲冑、もっとクレバーに乗りこなせよ。

 心の中で毒づいていると「油断していると次が来るわよ」とのレーアの警告。


『心配ない』


 早いといってもザフィールの動くパターンはありきたり。

 ガイアールやデーディリヒが翻弄されたのも、2人ともがザフィールと同じ呪縛に捕らえられていたからで、生身と機動甲冑の違いを理解していないのだ。

 同じトリッキーでも扱いがハンパない陰陽流に比べたら、こんな連中の攻撃などどうってことはない。

 バカの一つ覚えみたいな初手のラッシュを翔太は『芸がない』と斬って捨てる。


『ホラな』


 次々襲いかかる斬撃を翔太の駆るウィントレスは余裕で躱す。紙一重ではない、余裕である。


『予備動作がデカいから、次に何がしたいか直ぐに分かるんだよ』


 おかげで学校での球技大会でサッカーのキーパーをやらされたのは、決してボッチ属性があったからではない……はず。

 何でだろう? 少しムカッと来た。

 この理不尽な怒りは何処かにぶつけなくてはいけない。

 そしてその矛先は、剣を携えてのこのこと翔太の前に現れた。


『そして予備動作がデカいということは、動きにムダがありイコール付け入る隙があるという事!』


 言うや否や剣を構えるザフィールの両の腕をかいくぐり、懐に入ると喉元に剣の切っ先を突きつけた。


 一瞬の沈黙ののち。

 ザフィールがゆっくりと剣を下ろした。


「勝者。ナの国!」


 判定役がウィントレスの勝ちを告げると、翔太が小さく『ヨシっ』と呟く。

 完全無欠の負け越しなのでナの国の面目は保てないにしても、これで一矢は報いることができただろう。


『それじゃ。ま、責任は果たしたことだし、とっとと引っ込むことにしようか』


 必要以上に出しゃばってもロクなことがない。

 ボロが出ないうちに引っ込もうとしたら、何を思ったのかレーアが「ダメよ」と退散を拒否。さらには翔太からウィントレスの行動権を奪い取ったのである。


『おい、何をするんだ?』


「何をって? 一矢だけだとウチのメンツが立たないから、クの国の騎士たちにケンカを売るのよ」


 言うや否や、レーアは前置き一切なしにウィントレスのハッチを開いた。


『おい、バカ! 何をやっているんだ!』


 制止する翔太の声を無視して立ち上がると、隠密にという命を無視して、ナの国の姫がこの場にいることを知らしめたのである。


『何やってるんだよ。この姫さまは……』


 挑発の後始末を……翔太が尻拭いしたのは言うまでもない。

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