第40話 パーセルの苦悩
ガイアールまでもが敗北したことで、試合場を俯瞰する位置に設えられた貴賓席は騒然となった。
クの国側は3連勝に狂喜乱舞、対するナの国側は生気を搾り取られたかのように呆然となっていた。
「ガハハ。我が方の機動甲冑はやりおるわ。練習試合とはいえ3連勝か、鍛錬を重ねた甲斐があったのう」
隣にいるパーセルを意識してか多少遠慮気味ではあるものの、クの国の国王シュテハンが膝を叩いて高笑いをする。ナの国に対して目で見えるかたちで優位に立てたのだから当然だろう。
練習試合と実戦は違うとはいえ、機動甲冑を擁しての戦いでは有利だと証明されたようなものである。
一方、パーセルはというと、拳を握り締めてともすれば暴発しそうな感情を必死で抑えていた。
「親善も兼ねていたので〝勝て〟とは言わなかったが、それを含めて〝五分〟の勝負をせよと申したであろうに」
悔しさを滲ませながらパーセルが臍を噛む。
此度の親善試合ではクの国にも華を持たせつつ、クの国の機動甲冑の性能を丸裸にするべく企てていたのだ。ゆえに外交的な駆け引きもあって完全勝利は望んでおらず、勝ち負け同数の引き分けを落としどころに狙っていたのだ。
ところがいざ蓋を開けてみれば、瞬殺も含めた3連敗。しかもパーセルのすぐ隣には、もう一方の当事者である隣国の国王が上機嫌で座しているのだ、観戦する側としてこれ以上の屈辱はあるまい。
これではクの国に嘗められてしまうではないか!
声に出せばそれこそ負け犬の遠吠えなので、心の中で試合に負けた筆頭騎士たちを罵倒しつつ悪態をつく。
実際クの国の国王シュテハンは3連勝を見て、自国の力がナの国を圧倒していると勘違いをして調子に乗りかかっている。
そこまで愚かではないとは思うが、ナの国が取るに足らずと勝手に思い込んで、戦を吹っ掛けてくる可能性も否定はできない。
万が一にもそのような事態にならないようにと、引き分けで幕を引くように厳命したというのに、まったくもって不甲斐ない。
今は未だ浮ついてはしゃいでいるだけのようだが、いつどこで野心に切り替わるか分かったものではない。
もしも不安が現実になったとき、果たしてドロール4機でクの国の機動甲冑を退けること出来るだろうか?
「お館さま……」
暗雲たる気持ちが襲ってきたとき、レーアの影武者としてパーセルの横に座るクリスが不安げに声をかけてきた。そこでパーセルは、己が動揺していることに初めて気が付いた。
そうだ、ここで儂が狼狽えたところでどうにもならぬ。
緒戦から3連敗を喫して、親善試合の負け越しが確定した。耐え難いほどに剛腹ではあるが、今はクの国の機動甲冑のほうが強いことを認めようではないか。
それに、だ。
モノは考えようで、判明したのが実戦ではなく模擬戦だったのは幸いだ。
確かに無様で不名誉な敗退ではあるが、賠償も領土の割譲もなしにわが軍の問題点を知ることができたのである。そう考えれば正すべき一方点をいち早く知ることができて、むしろ僥倖だったというべきかも知れない。
「なに、心配ない」
娘を演じるクリスを労わるように、パーセルが頭を撫でる。
「これは戦ではなく、交流のための親善試合だ。勝てば確かに誇らしいが、必ずしもではないのだ。オマエが案ずることなど何もない」
まるで自分に言い聞かせるように、クリスに向かって労いの言葉をかける。
優しい口調が幸いしたのか、クリスが我を忘れた狼狽から一転「左様でしたね」と現状を認識するようになった。
「よくよく考えてみれば、今日の一戦はクの国を相手にした訓練のようなもの。オルティガルムとマニッシュのお二方は、己の拙速さ猛省するのによい機会を与えられたと喜ぶべきかと」
地頭の良い子だけに、皆まで言い切る前にパーセルの考えを看破する。
「そういうことだ。彼奴らには手痛い経験となったであろう」
ともすれば鼻っ柱だけは高かった連中である。図らずとも折る結果となり、手間が省けたと考えるべきかも知れない。
確かに試合は負け越しはしたが、よくよく見れば剣技の差ではなく機動甲冑の性能差によるところが大きいようだ。
ならば対策はカンタン、クの国と同じ機動甲冑を購入すれば良いだけのこと。費用がかさむことだけが難点ではあるが、既存のドロールがムダになる訳ではない。
筆頭騎士に続く者たちに下賜すれば励みにもなるし、翻って国力の増大にもつながる。かかる出費は莫大で痛いが、国を維持するためならば止む得まい。
「貴国の機動甲冑の活躍を目の当たりにし、いたく感服いたしました。我がナの国も貴国を見習い、なお一層励まねばなりますまい」
儀礼の場だからとシュテハンに華を持たせると、気を大きくしたのか「それが宜しかろう」と上から目線。
それだけでも失礼極まりないのだが、自国優位とばかりに「ガハハ」と豪快に高笑いまでする無礼者。
「我が国は近隣諸国に対して、機動甲冑の範となるべく精進いたす所存。貴国も我々と共に並び称されるように、これを機に研鑽されることを望みますぞ」
取りようによっては近隣諸国への宣戦布告とも取れ、常識ある神経の持ち主であれば絶対に言わないであろうセリフまで堂々と言い放つ。
図に乗った戯言にパーセルは奥歯で小さく歯切りをするが、いま怒りに任せてクの国と刃を交えるのが得策ではないことは火を見るより明らか。
苛立ちを胸に仕舞い込んで「貴国に期待に沿えるよう奮闘いたしましょう」と口先だけで返事をする。
「おやおや。どうやら4戦目が始まったようですな」
試合場ではデーディリヒの駆るドロールとザフィールとの試合が始まっていた。最終戦がレーアということもあって、勝つ可能性が残されているのはこの4戦目が最後だと思われる。
頼むぞ。何とかナの国のメンツを保ってくれ。
祈るような気持ちでパーセルは試合の行く末を見守っていると、シュテハンが楽し気に「ほほう」と唸る。
「この試合もわが国が有利に展開しているようですな」
デーディリヒがザフィールの剣を捌くのに四苦八苦している様子を嬉しそうに解説する。
デーディリヒとて善戦はしているのだが、如何せんドロールとザフィールではスピードに対する性能差が大きく、次々と繰り出される攻撃を躱しているのがやっとという状態。パーセルとしては最後の望みだけに気が気ではない。
一方、ザフィールを擁するクの国のシュテハンはご満悦。
息つく暇すら与えぬザフィールの攻撃に「行け! ヨシっ! 惜しい!」と拳を握り締めながら歓声を送る。
その一言一言がこれ見よがしにウザくてパーセルの癇に障るが、下手は反論は揚げ足取りの格好の材料ともなりかねないのでフラストレーションは堪る一方。
しかも現実問題としてドロールは押され気味なので、シュテハンの歓声が煽り文句として余計に苛立たせる。
「デーディリヒも善戦はしておるが……」
機動甲冑の能力自体に差があるのか、ザフィールの攻撃を回避するこに精一杯で、デーディリヒからはただの一太刀も攻撃の手を出していない。
「なかなか頑張っているようだが……さあさあ、何時まで持ちますかな?」
愉悦に顔を歪めるシュテハンに反論もできないパーセル。そして追い詰められたデーディリヒのドロールは体勢を崩し、とうとう剣を下に向け右膝を土に付けてしまった。
「おおっ、やったか?」
すべては万事休すと思われたその時。
「なっ!」
シュテハンが息を止め、パーセルの目が釘付けになった。
大上段に構えるザフィールの喉元を、ドロールの剣先が捉えていたのである。
その距離は甲乙つけがたい程に同じだけ。まさに同体と呼べる間隙であった。
しばしの沈黙の中、判定役の出した答えはドロー。
首の皮一枚ではあるが、ナの国の面目は今だ繋がっていた。
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