第39話 親善試合という名の戦 5


 ガン!

 ギン!

 ガーン!

 ギシッ!


 試合場に金属同士がぶつかる鈍い音が短い間隔で響き渡る。

 訓練用の刃を潰した剣といえど、幅が30センチ、長さに至れば優に1メートルを超える鉄の塊である。生身の人間であればあまりの重さに、持つことすら叶わないであろう。

 それらをヒトの10倍近い機動甲冑の剛腕で振り回すのだ。ぶつかれば火花が散り空気が震える。

 かほど機動甲冑の同士の戦いは苛烈を極める。たとえ練習試合であれどもそれは不変。次々と襲いかかるザフィールの斬撃を、ガイアールが剣で躱しているのであった。


「まだだ! まだ、まだ! こんなところで負けるわけにはいかぬ!」


 試合場にガイアールの叫び声が響くが、事情を知れば彼が奮い立つのも道理というもの。

 親善試合の第3戦。

 当初は相手の力を意図的に引き出すために、わざと負けるつもりだったガイアールであるが、先鋒・次鋒の相次ぐ敗退で事情が一変。全力で戦う羽目へと情勢が変化したのである。

 元より手を抜くつもりではなかったが、勝ちを義務付けられただけにプレッシャーもひとしお。

 右から左からまるで鞭のようなトリッキーな角度で、ザフィールの剣がドロールめがけて打ち込まれる。剣速が鋭く、1打でも叩かれたら有効と見做され勝ちが遠のくだろう。

 ゆえに絶対に躱さねばと、ガイアールが紙一重のタイミングで己が剣で弾いているのだが……


 シュッ!


 試合場に乾いた音が響く。


「ぐっ」


 甲冑越しにガイアールの苦悶する声が聞こえる。

 ガイアールが駆るドロールの躯体にザフィールの剣先が触れたのだ。


「また掠った!」


『これで5度目かな?』


 悲壮な声で叫ぶレーアに、翔太が冷静な声で数を告げると「ちょっとー」と声を尖らせお冠。


「ガイアールがあんなにに追い詰められているのに、どうしてそんなに落ち着いているのよ!」


 翔太ののん気さにレーアが喰ってかかるが、彼にしてみれば『いやだって、まだピンチじゃないから』としか言いようがない。


『確かに剣は当たっているけど、まだ〝有効〟と呼べる打突は1本も受けていない。オレの世界の「剣道」でも、この状態を負けているとは言わない』


 筆頭騎士惣領だけあってガイアールの剣技は確かで、手数で勝るクの国の攻撃を確実に躱している。

 スピードに差があるので、見た目は劣勢なのかも知れないが、その実五分の戦いを繰り広げているのだ。

 ただ放つ剣の手数に圧倒的な差があるのも事実。


「ったく、ちょこまかちょこまかと動きやがって!」


 斬撃を躱され斬り損じに、ガイアールが悪態をつく。

 動きに差があるだけに攻撃のチャンスは少なく、せっかくの剣技もザフィールの敏捷性をもってすべて躱されてしまうのだ。

 そしてドロールの体勢が整うより早く、ザフィールの剣が唸りをあげてガイアールに襲いかかってくる。


「危ない!」


『大丈夫。躱してる』


 翔太の予想通り、切っ先が当たるより早くドロールの剣がザフィールの剣を弾いていく。

 こと防御に関してならば、ガイアールはナの国の機動甲冑乗りの中でピカイチの実力を有している。既に100を超える斬撃を受けているにもかかわらず、有効な打突は未だ一つも受けていないのである。 

 とはいえ、ザフィールの運動性はドロールをはるかに凌駕し、動きもまたトリッキーである。


「でも、ずっと躱し続けるなんてできるの?」


 いつまでこんなことができるのかと、レーアが疑問を呈す。

 さて、どうだろう。


『そこが勝負の分かれ目だろうな』


 現時点での戦いは、ほぼ拮抗。手数でクの国のザフィールが勝り、テクニックではガイアールの駆るドロールが勝るといったところか。

 ガイアールの作戦は、相手の剣を躱しつつ動きが鈍くなるタイミングを待つというものだろう。スピードでドロールが劣る以上、いま採ることができる最善手であることは確かだ。

 問題はどちらが先にその拮抗を破るのか? 

 ザフィールはその機能を機動力にほぼ全振りしているので稼働時間に不安が残る。対するドロールはバランス型であるが、ガイアールの技能がどこまで食らい付いていられるかにかかっている。

 そして、拮抗を破ったのはクの国のザフィールであった。


 ストレートな斬撃ばかりでは埒が明かないと思ったのだろう。

 躱された剣を押すのではなく、自分のほうに剣を引くというトリッキーな手に出た。ともすれば相手に押し切られて斬られてしまう自滅技だが、ザフィールの持つ敏捷性なら躱せると判断したのだろう。

 一か八かの博打だが、この策にまんまと嵌ったのがガイアール。

 勢いに任せて押し込んだところを、ザフィールがするりと躱して逃げられたのである。


「しまった!」


 叫んだところで時すでに遅し。

 躱すために押した剣の勢いを殺すことができず、緒戦で負けたオルティガルムと同じように、相手に無防備な背後を晒すことになる。


「開いた背中を衝くとか、見くびるでない!」


 脳筋のオルティガルムと違い、すぐさま対応できたのは見事というほかない。


「こなくそ!」


 たたらを踏んだと思うや否や、剣を逆手に持ち替え無防備だった背中の守りに徹したのである。

 これで初手を防ぐことができ、体勢の不利を補うことに成功した。


『巧い。けど、マズイな』


「どういうこと? ガイアールは絶体絶命のピンチを切り抜けたじゃない」


『確かにな。だけどピンチを脱するために、そうとうムリをしたはずだ。体勢がまだ戻り切っていないし、万全に戻るまで待ってくれるほど相手も甘くない』


 翔太がガイアールの体勢が整っていないことを指摘する。

 膝こそ付いていないが、ガイアールの駆るドロールは体幹がブレており、剣を持つ手も逆手のままとおよそ万全な状態とは言い難い。

 そして翔太の危惧する通り、そんなチャンスをクの国のザフィールが見逃すはずもない。


「フン!」


 両刃の剣を高々と掲げると、唸り声をあげてガイアール目掛けて襲いかかる。


「何の!」


 ガイアールも剣を当ててこれを躱すが、以前よりも明らかに押し込まれている。

 機動甲冑に乗り込んでいるので顔色こそ判らないが、おそらく焦りと苦悶の表情が表に出ていることだろう。


「でもガイアールはちゃんと躱しているわ」


『初手は、な。でも2撃3撃と続くとどうなるだろう? 相手の手が早いから、体勢を立て直すヒマを与えちゃくれないぞ』


 翔太の懸念は現実という形で具現化し、拮抗していた試合が徐々にクの国側に押されていく。

 むろんガイアールも必死に防戦をするが、いちど綻びた盾はやはり脆く、一太刀ごとに躱す剣もやっとという様相に様変わりしていった。


「まだだ。まだ終わらせたりはせん!」


 かけ声こそ勇ましいが実体は完全に劣勢。もはや攻めの剣は打つことができずに、名実ともに防戦一方。それも一太刀ごとに押されていくというジリ貧状態であった。

 掠る度合いは序盤の比ではなく、剣道の試合なら〝有効〟と見做される打突いくつか。時間制限で判定があれば既に負けているかもしれない。

 不屈の根性で何とか戦っているが、根性で勝負に勝てるのならばヒトはウナギで空を飛べる。

 いかな防御の達人といえども、躱す刀の速さより打ち込まれる刀が早ければどうすることもできない。

 息をもつかせぬ頻度で突きを連発され、次々と繰り出される急襲を捌ききれずに3度目のたたらを踏んだ時だった。

 次の1撃を危惧してガイアールが上半身を固めるが、予想に反してザフィールは、無防備となったドロールの足元に蹴りを入れたのだった。


「しまった!」


 体幹が流れているところに足蹴は致命的。たたらを踏んだところで踏み止まることはできず、ガイアールのドロールは無様にも地面に膝をついてしまう。

 動きを封じられたドロールにザフィールを御することなど不可能。死角から回り込まれ、首筋に剣を突きつけられる。


「!」


 なおも諦めきれないガイアールは反攻を試みようとするが、どれだけ頑張ろうとも先にザフィールの剣が走る状況下では打つ手がない。


「……参りました」


 剣を下ろし、負けを認めるしかなく、ナの国の3連敗が決まってしまったのであった。

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