第38話 親善試合という名の戦 4
親善試合の2回戦は、マニッシュが駆るドロールとクの国のザフィールとの一戦となった。
「不本意ながらドロールでは、彼奴らの剣の速さには追い付けぬ。鍔迫り合いを避けて一撃を狙える機会を伺え」
ガイアールの指示を守るように、マニッシュは稚拙に突っ込むことを避け、ザフィールと距離を置いて対峙した。
「ちょっと、ちょっと。いくら鍔迫り合いを避けるためったって、アレじゃあこっちの剣も届かないじゃない」
あまりの遠距離にレーアが離れすぎだろうと指摘する。
2体の機動甲冑の間は距離にしておよそ20メートル。サイズがヒトよりも2周りほど大きいので、剣道の試合場だと両端に立ったまま対峙しているのとほぼ同じスケールとなる。これではあまりにも遠すぎて、鍔迫り合いどころか長槍を持っても刃が届かない。
しかし、レーアの懸念に翔太は『問題ない』と答える。
『最初はあれくらい離れていて、ちょうど良い』
こちらから攻め込まないのだ。ならばどんな攻撃にでも対応できる距離があるほうが望ましい。
『戦法としては消極的だけど、ムリに突っ込んだら背中を晒すだけだしな。相手が構えた隙を突くのは戦いかたとしてアリじゃないかな?』
「そんなモンなの?」
あくまでも懐疑的なレーアに向かって『そんなもんだ』との念押し。
事実、クの国のザフィールは動かないドロールを攻めあぐねて、その場ですり足を繰り返している。
問題は、どちらも攻められないから膠着状態から動けないんだよな。
動くに動けない2体の機動甲冑を見ながら、翔太が『困ったもんだ』と小さく呟く。
翔太に『我慢比べだ』と説明を受けてもイマイチ納得できないレーアは「ガイアールは、この状態をどう思うの?」と、マニッシュに作戦を伝授したガイアールにも尋ねてみた。
「あ奴が焦れなければ良いのですが……」
気の短さではオルティガルムと並んで筆頭騎士でも随一。ガマンできずに飛び出しやしないか? と不安を隠せないでいるようだ。
「遺憾ながら動き回っての剣の速さは向こうの機動甲冑のほうが上、しかしながら斬撃の重さはドロールのほうが勝っています。なので鍔迫り合いに持ち込まず、向こうが切り込んだ一蹴を弾き返して、きゃつ等喉元に剣を突きつける。その構図に持ち込めれば絶対に勝てるのですが……」
言外に「マニッシュが我慢しきれるか?」との懸念が見て取れる。
もっとも、先に仕掛けたのはクの国のザフィールのほうだった。
一向に動こうとしないマニッシュに業を煮やしたのか、両手で剣を持つと「はぁー!」と大声をあげて一直線で迫ってくる。
「ヨシ! こちらの思う壺だ!」
おあつらえ向きのシチュエーションになったからか、ガイアールが拳を握り威勢のいい声をあげる。
当のマニッシュも「我慢した甲斐があったぜ! 地獄に堕ちな!」と意気揚々。
だがその余裕は一瞬にして粉々に粉砕された。
『マズイ!』
「ダメっ!」
「なっ!」
3人の声がハモったそのとき、がら透きの胴を目がけたマニッシュ渾身の突きは、切っ先が届くよりも先にザフィールの剣によって弾かれた。
「何という早業!」
ガイアールがあ然とし、レーアが「剣が見えなかった」と言葉を失う。
『反応速度が速い』
翔太また驚きを隠さないでいた。
ザフィールの反応速度はドロールの比でない。
上段に構えた両腕をすぐさま斜め下に移動するなどそうそうできるものではない。
いや、機動甲冑自体の性能差だけではない。機体に対する練熟の比がナの国を大きく引き離しているのだ。
『しかも巧い』
さすがに2戦目とあってオルティガルムの様な醜態をさらすことはなかったが、マニッシュも突きを弾かれて態勢を大きき崩している。
まるでその隙に付け入るように、今度はザフィールの突きがマニッシュに襲いかかる。
「させるか!」
かけ声こそ勇ましいが、マニッシュの体勢は大きく崩れたまま。初手を躱せたのはさすが筆頭騎士というべきだが、2激・3激と繰り出すザフィールの剣技に抗うことはできなかった。
次々に襲いかかる鋭い剣を躱しきることができずにマニッシュは追い詰められ、ロクな反撃も出来ずに喉元に切っ先を突きつけられた。
「勝者、クの国」
一瞬の沈黙の後、審判がクの国のザフィールの勝利を告げた。
意気揚々と陣に戻るクの国側に対して、ナの国の陣中はどんよりと重い空気が漂う。陣の隅でオルティガルムとマニッシュの敗者2人が雁首揃えてうな垂れているから、辛気臭さもひとしおだ。
「これで2敗か。こうもあっさり負けが込むと、もはや悠長に相手を調べるなどと言ってられないな」
そんな敗者2人を前にして、ガイアールが悲壮な表情で覚悟を語る。
当初の目論見が瓦解して策の変更を余儀なくされたのだが、経緯を知らないレーアが何のことやらサッパリとばかりに首を捻る。
そこは脳筋とは違う意味での直情家。
「対戦相手を調べるって、どういうこと?」
ガイアールの発言が気になったのか、間髪入れず即座にレーアが尋ねると「お館様の命です」との返事。
聞けば国王パーセルがガイアールに「勝敗は二の次で良いので、とにかくクの国の機動甲冑の実力を調べろ」と戦力分析を命じたのだという。
いやいや、これはこれは。
『勝敗を捨ててまで相手の真の実力を探れ、か。レーアの父ちゃんはなかなか聡明だな』
真相を聞いて翔太がパーセルの思惑を手放しで称賛する。
『今日の戦いは練習試合というか模擬戦だろう? 負けたからって大勢に影響する訳じゃない、だったら情報収集に力を割こうてのは上の考えとして正解だ』
言葉にすれば簡単だが実際には「言うは易し」で、実行しようとすればなかなか勇気のいる行動であり、パーセルの下した命令はまさに〝英断〟といっても良かった。
「そうなの?」
と返事しながらも懐疑的な態度は崩さない。
「それとガイアールが「悠長なことを言ってられない」とどう繋がるのかしら?」
それが証拠に言葉尻が気になったのか、レーア改めて言葉の真意を尋ねてきた。
『まあ、多分だけど「目的を得るためなら、勝ち越さなくていい。ただし五分の戦いにもっていくこと」とでも命じられたんだろうな? メンツと実利を天秤にかけて』
翔太が口にした予想をそのままに、レーアがガイアールに「訊きたいことがあるの」とぶつけてみたらほぼ同じような答えが返ってきた。
「お館様は〝クの国の真の実力を見極めるのが肝要で、試合に勝つ必要はない〟と申されました」
「だったら別に、今まで通りで良いじゃない?」
レーアが「勝つ必要が無いのなら戦法を変える必要はないだろう」と訊くと、ガイアールが首を横に大きく振る。
「そういう訳にはまいりません」
キッパリと答えた上で「先鋒、次鋒と敗北した今、負けを前提での観察などできやしません」と、これまでの方針を変える決意をしたのだという。
「それはナの国のメンツを守るため?」
レーアが覚悟を訊くと、ガイアールはひと言「左様です」とだけ。
『情報収集に全部を割くのは理想だけど、現実には国の威信とか面倒事が存在するからなあ。引き分けまでならメンツが立つから構わないけど、負け越しだと相手になめられるからダメなんだろうな』
無言を貫くガイアールに代わって翔太が続きを言葉にすると、レーアが「何故、ワタシを頼らない!」と急に叫ぶ。
「ワタシが勝てば1勝。デーディリヒに勝ちを狙わせ、貴公が敵情視察をしながら善戦すれば我が方のメンツは立つだろう。なぜ、そう命じない!」
ほぼヒステリーと言ってもいい叫びにガイアールが「姫の機体は員数外。勝ち負けにこだわらず思い切り挑めばよろしい」と諭す。
「我とデーディリヒが必ず勝ちを収めて、この親善試合の面目を保つ次第です」
そう言い残してガイアールがドロールに搭乗したのだった。
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