第37話 親善試合という名の戦 3
緒戦でのオルティガルムの敗戦は、数字が示す1敗の価値以上に、ナの国の筆頭騎士連中に与えた影響は大きかった。
「オルティガルムの突きをああもカンタンに躱すか!」
「クの国の機動甲冑の素早さは、どうしたらあんな動きが取れるのだ?」
マニッシュがあ然とした表情で呻き、ガイアールは相手の素早い挙動を「信じられぬ」と言葉を失う。
それどころかあのデーディリヒでさえも、能面の様に言葉を失い表情が固まったまま動けないでいる。
それほどまでにクの国の機動甲冑の動きは敏捷だった。
クの国が採用した機動甲冑『ザフィール』は敏捷性に重きを置いた躯体である。極限までの軽量化を施した結果、同じ操縦者が扱うのであれば、ドロールより2割以上も俊敏な動きをすることができる機動性特化の機動甲冑なのである。
そんな裏の事情など知らないナの国の筆頭騎士たちは茫然自失。中でも直接剣を交えたオルティガルムは、アイデンティティの崩壊といっても良いほどの衝撃を受けていた。
「オレ様渾身の突きが掠りもしなかった……それどころか、ありゃなんだ? あんなスピードの剣なんて、甲冑なしの生身でもそうそうお目にかからないぞ」
それこそゲシュタルト崩壊でも起こしそうな雰囲気。あの圧倒的なスピードの差を見せつけられたのであれば無理もない。
「オルティガルムじゃないけど、あの機動甲冑は神がかり的に早かったわ」
ウィントレスに乗ったままのレーアも、オルティガルムのうわ言に首を縦に振って同意する。
いかに板金を薄く延ばしても、そもそも金属鎧のフルプレートアーマーは重くかさばる。ゆえにどんなに力自慢の騎士であっても、振るう剣速は決して早くない。
外部動力を用いる機動甲冑ではその制約はかなり薄まるが、それでも〝操縦〟というワンクッションが挟まる関係からか、やはり生身と比べれば速度は一段劣るものとなる。
それが常識といえば常識。一般論的には翔太も否定はしない。
『そうだな。相当な速さだと思う』
だが、しかしだ。
「機動甲冑の剣があんなに早いなんてあり得ん。きっと悪魔にでも魂を売ったに違いない!」
負けに事欠いて悪魔がどーたらとか、何を寝ぼけたことを言っているんだ!
しかもマニッシュまでもが「なんと!」と衝撃を受けて信じ込んでいるし、レーアですら「まさかとは思うけど……」と懐疑的なのはどういうことだ?
『おいおい。まさかとは思うが、あんなバカげた考えを真に受けたりしないよな?』
あり得ないとは思うが、念のためにレーアに尋ねると「だけど、だけど」と今だ動揺したまま。
思いっきり真に受けているではないか!
『そんな訳があるか!』
前時代的な考えに翔太が全力で否定する。
ほぼ初手で決まったので断言はできないが、クの国の騎士の操作レベルも決して高くはない。おそらくはナの国の筆頭騎士たちと、それほど大きな差はなかろう。
ならば勝った要因は、自国の兵器の特徴を生かした戦略の勝利と、機動甲冑の性能差に他ならない。
『単にクの国が保有する機動甲冑の性能が高いだけだ』
だが機動甲冑=高性能は理解しても、機動甲冑同士で躯体の優劣が理解できないレーアは「どういう意味よ?」と不満を顕に訊いてくる。
『意味も何も、言ったまんまだぞ』
クの国の機動甲冑の動きが俊敏なのは、技術者による絶え間ない改善の成果に他ならない。
武具にせよ日用雑貨にせよ「企業間競争」の薄いこちらの世界と違い、絶えず競争という名の切磋琢磨を繰りひろげている世界で過ごす翔太とでは、常識の概念というか発想が根本的に異なる。
ヒトが努力と工夫で問題点を克服するように、機械や道具だって工夫と改善で問題項目を潰していく。
そのこと自体はこちらの世界でも認識しているだろうが、企業間競争(俗にいうシェア争い)が加味されると、改善に費やす時間が加速度的に早くなるのだ。
企業間での競争はともかく、機動甲冑同士で性能差があることなど工業製品であれば当然のこと。この世界でも馬車や刀で見られる訳で、わざわざ説明するような内容ではない。
と思ったら、認識が甘かった。
「そんなの、おかしいわよ。クの国も機動甲冑、我がナの国も機動甲冑。どちらも機動甲冑なんだから、強さは同じでしょう?」
レーアたちは機動甲冑に性能差があるなど露ほどにも思っていなかった。
それはマニッシュにしても同じこと。
使い手の実力差も認めたくないことから、未だ悪魔説を吹聴している。
『性能差なんてそれこそ言葉通りだから、詳しく説明することが何ひとつないんだがな……』
それでも教えないと、この先一歩も進めそうにないな。
能力の差が理解できないレーアに懇切丁寧に説明して、やっとのことで機動甲冑に性能差なるものが存在することを、おぼろ気ながら理解させることができただろうか。
『こっちが知恵熱でそう』
疲れ果てて翔太がぐったりするのもやむを得ない。彼の人生の中で人にモノを教えるなんて、それこそ数えるほどしかなかったのだから。
もっとも俊敏性の代償としてザフィールは装甲が薄く脆弱で、なお且つ稼働時間がドロールと比べて著しく短いという欠点を抱えているのは翔太のあずかり知らぬことであるが。
それはさておき。
どうにかこうにかレーアへ工業製品における機能差の優劣を説明し終わり、やっとのことで本題を切り出すことができた。
『性能差もさることながら緒戦の勝因は、クの国の騎士たちが、自分たちが駆る機動甲冑の特徴をよく知っていることだろうな』
「つまり、緒戦でオルティガルムが負けたのは、向こうの術中に嵌ったってこと?」
『正確には自滅に近いんだけども、まあ意味としては間違ってはいないかな』
俊敏性に勝っているから最初の一撃を打ち合わずに躱す。そうすることで出来た隙に、素早く渾身の一撃を叩きこむ。シンプルだが堅実で実に効果的な作戦だ。
翔太がざっくりとクの国の戦いかたのあらましを説明すると、ようやく理解したのかレーアが「なるほど」と首を大きく上下させる。
「剣を高く持ち上げ雄たけびを上げながら突進。それだけを見れば勇壮だけど、実際には相手の特徴や力量も考えずに闇雲に突っ込んでいるのと同じことね」
『そういうことだ』
今度こそ内容を正しく理解したようで翔太もホッとする。
一方。
翔太ほど手法は論理的ではないが、ガイアールも「悪魔云々はさすがにないだろう」と、オルティガルムのトンデモ考えを信じることなく、緒戦の敗因を冷静に分析していた。
「鍔迫り合いをしたらこちらが不利だ。それと大きく振るなよ、大技を出せばどうしても隙ができてしまう。こちらから仕掛けるのではなく、相手を誘い込んで一撃で仕留めろ」
次鋒を務めるマニッシュに「機会を狙っての一撃でだぞ。仕損じたら次はないと思え」と、相手の特徴をもう一度知らしめるとともに戦法をアドバイスするくらいのことはできた。
そしてマニッシュもオルティガルムの惨敗を目の当たりにしている。
試合前のように奢ることなく「御意」と一礼、緊張した面持ちでドロールに乗り込んだ。
『斬り合いを捨てて防御に徹し、相手の隙をついて一撃か……手としては悪くないかな?』
緒戦で分かったのはザフィールの挙動がきわめて俊敏なことだけ。ならば不用意に動いて隙を作るより、守りに徹してチャンスを伺うほうが、消極的的な戦法とはいえ順当な戦い方だと思える。
「2戦目の機動甲冑。前へ!」
そうこうしている間に二回戦の対戦相手が、進行役の騎士たちによって呼び出された。
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