第36話 親善試合という名の戦 2


「これよりクの国とナの国の親善試合を始める!」


 模擬戦とはいえ、史上初の国同士による機動甲冑の戦いが始まったのである。


「1戦目の機動甲冑。前へ!」


 判定役を仰せつかった騎士が行司宜しく、双方の機動甲冑を試合場の中央に呼び出す。


「おお、ついに始まるか。先ずはオレが景気付けに、クの国の先陣を完膚なきまでに叩き潰してやるからな!」


 鼻息荒く先鋒を任じられたオルティガルムのドロールが、双方の陣の中心に据えた戦場に悠々と出ていく。


「オマエたちもオレ様に続けよ!」


 まだ土俵にすら立っていないのに、後ろを振り向き勝者の余裕のような声を放つ。

 勢いに乗れば確かに強いのだが、調子にのって自滅する男の典型的な破滅フラグだ。


 一方。

 相対するクの国の陣からも太刀を持った機動甲冑が1騎、ゆっくりと試合場に向かって進んでくる。


「きゃつ等の機動甲冑、我らのドロールとも姫さまのウィントレスとも形が違うぞ」


 いの一番に躯体の形状が違うと、対戦相手を「おい、見ろ」と指で示しながら、筆頭騎士長のガイアールが指摘する。


『どれどれ?』


 言われっちゃったら気になってしまう。野次馬根性よろしく翔太が陣の前に出ていくと、確かに見慣れぬ機種の機動甲冑であった。

 ドロールのようなずんぐりとした体躯とは違い、どちらかといえばウィントレスのような細身の形状。しかしながら均整の取れたウィントレスとは異なり、人が乗る胴体を除いた手足が非常に細く、どことなく非人間的な雰囲気を醸し出す。

 ひょっとしたら俊敏性を求めて軽量化したのだろうか? だとすれば相手を完膚なきまでにぶっ潰す必要のない模擬戦だと、馬力主体のパワータイプよりも俄然有利になるだろう。

 この対戦、ナの国側が苦戦するかもな。

 誰に聞かせることもなく、ひとり危惧を予想した。


「見たこともない躯体だな。如何ほどの実力なのかは分からぬが、ゆめゆめ油断をするなよ」


 ガイアールが背中越しに気をつけてかかれと注意を与えたが、相手を舐め切っているオルティガルムにはせっかくの諫言もまるで届かない。


「あんなひょろっちい機動甲冑など恐れるに足らず。一撃で倒して見せますぜ」


 ガハハと高笑いを残して、フラグをさらに上書きするだけだった。

 陣の中では同じく脳筋のマニッシュが「オレも後に続くぜ」と息巻き、デーディリヒは「幸先よく勝利を」とエールを贈っているが、翔太は後姿を見て「あ~あ」の印象しか湧いてこない。


『何か、完全に「噛ませ犬」の臭いがプンプンする』


 今度も独り言ちたつもりだったのだが、残念ながらレーアに「どういう事?」とキッチリ聞き取られてしまった。

 しかたがないので『あくまでもオレの私見だけど……』と前置きしたうえで試合の予想を述べると、同じ危惧を抱いていたのか「偶然ね。ワタシもよ」と彼女も同意を示した。


「クの国の機動甲冑のほうが不気味に思えるのよね」


 疑念を隠そうとせずレーアも答える。

 見た目だけで判断するのは愚の骨頂だし、スピードはともかくパワーはドロールのほうが上回っているように見える。ゆえに試合のルール次第では、条件がころりと変わることもあるのだが……


『試合のルールってどうなっているんだ?』


「この間ワタシたちがした模擬戦とほぼ同じよ。胸か頭部を斬るか打突があれば勝負あり、あるいは相手を試合場から追い出すことね」


 翔太の問いにレーアが答える。剣道との違いは打突が1本入れば勝負が成立するのと、時間に制限はないからどちらかが1本を決めるまで勝負が終わらないところか。


『打突は相手に剣を当てれば良いのか?』


「ううん、ただ当たっただけじゃダメ。実戦で〝斬れた〟と見做される有効な打突きのみよ」


 判定は審判役の騎士が担い、偏りがないようにナの国とクの国からそれぞれ1人づつか拝命されている。


『でもそれだと、判定2人の意見が食い違ったときはどうするんだ?』


 刃を潰しているのだ、有効か否かは審判役の主観で変わってしまう。


「今回は判定役2人が手を挙げれば〝1本〟、1人だけだと〝半撃〟と認定されることになったわ」


 つまり1人だけしか手を挙げなかった場合は、半撃を2回で1本とカウントされるとのこと。


「判定役が3人いれば多いほうの意見に従えば良いんでしょうけど、そうするとどちらの国が判定を2人出すかで揉めるだろうから」


『審判が偶数でも揉めないようにした良いアイデアだと思うけど、双方の判定が別々の相手を支持したらどうするんだ?』


 同時に剣が出て甲乙つけ難い場合だと、そういうケースもままある。

 それの疑問に対する回答は極めてシンプルだった。


「その時は引き分けになるわ」


『なるほど』


 あくまでも模擬戦なのだ。下手に白黒つけようとして揉めるよりも、双方に華を持たしたほうがスマートだししこりも残さず賢明だ。

 と、細かなルールを聞いている間に双方の準備が整ったようだ。





 陣の中間点に置かれた試合場の中央。

 オルティガルムが操るナの国のドロールと、クの国の機動甲冑が10メートルほどの距離を開けて対峙する。


「いよいよ始まるわね」


 実況解説よろしく、レーアが様子を口にする。


「景気付けも兼ねた一番手だからな。オルティガルムには是が非でも勝ってもらわないと」


 ガイアールが願望も込めて期待を寄せる。

 ゆえに、いちばん血の気の多いオルティガルムを先鋒に据えたのだろう。同じ猪突猛進型のマニッシュは「彼奴なら間違いなく勢いに乗せてくれるわ」と自信満々、デーディリヒでさえも「相手は腰高、低く斬りつければこちらに勝機があるはず」と勝ちを信じて疑わない。


 一方、レーアはというと。


「血気に逸らず、相手の出かたを見極めさせないと」


 オルティガルムの持ち味である〝勢い〟を封じて慎重に行くべきだと意見する。


「何よりも初手、そして初めて見る型の機動甲冑。どれだけ気をつけても、過ぎることはないと思うけど」


『オレも同感だな』


 皆に聞こえないことを良いことに、翔太もレーアの意見に激しく同意する。


『悪いがオルティガルムには〝捨て石〟になってもらって、皆に相手方の機動甲冑の特徴を教えてもらえたら最上だと思う』


 あわよく勝てれば望外だが、それはオマケみたいなモノ。

 しかし思惑が別のところにあるガイアールには受け入れ難いようで「オルティガルムが戸惑うような戦いかたは、如何な姫さまのご提案とはいえ承服できませぬ」と、レーアの意見は吟味すらされずに却下された。


「オルティガルムには「己が最大の力を発揮せよ」と伝えております」


 ガイアールが恭しく答えると、まるで呼応するかのように「一番槍じゃ!」とオルティガルムが剣を掲げて雄たけびを上げる。


「アンタ持っているの刀でしょう」『いや、刀だろう』


 間抜けな気勢にツッコミを入れると、ガイアールが苦笑いを浮かべながら「そこは気分ということで」と虚しいフォローで彼を庇う。


 そんなバカなやり取りの間に開始の時間となり、判定役の騎士が右手を掲げて「始め!」の合図を放つ。

 先に動いたのはオルティガルムの駆るドロールのほうだった。

 元々の性格が猪突猛進。名実ともに直情型の猪ヤロウだけに剣を振り上げて高く掲げると、雄たけびを上げながらクの国の機動甲冑めがけて一直線に突進していく。

 傍から見れば果敢で勇ましく、筆頭騎士のガイアールやマニッシュなどは「おおっ」と歓声を上げていたが、翔太の目からは「何を無策でバカみたいに飛び出しているんだよ!」と自殺行為にしか見えない。


 翔太の予感は現実のものとなり、クの国の機動甲冑はスピードがのったオルティガルムの突きを難なく躱したのであった。


「のああっ!」


 勢いづいたオルティガルムは急には止まれず、たたらを踏みながら無防備な背中を相手に晒すことになる。

 それを相手が見逃すはずもなく、がら透きになった背中にクの国の機動甲冑が剣を叩きつける。


「こなくそ!」


 幸い寸でのところでオルティガルムが剣を躱して逃げおおせる。

 腐っても脳筋の面目躍如といったところだが相手も選び抜かれた騎士だけに、一太刀躱した程度で逃げおおせるほど甘くはない。

 姿勢が崩れ踏ん張りがきかないところに、相手の機動甲冑から強力な蹴りがさく裂。今度こそ躱しきれずにドロールが尻もちをつく。

 すぐに立ち上がろうとするが、右手は剣を持っているので使えるのは左手のみ。そしてスピードではクの国の機動甲冑のほうが優位。

 オルティガルムが膝を立てるよりも早く、彼の駆るドロールの喉元に相手が持つ剣の切っ先を突きつけられた。



 初戦はナの国の敗戦。

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