第35話 親善試合という名の戦
デルフリの草原はナの国とクの国にまたがる原野の通称である。
起伏が緩やかな開けた土地ではあるが、土壌の塩分濃度が高くて耕作には向かない。さらには近隣にめぼしい河川等もないので灌漑も実質不可能で、近隣の農民が荒れ地に強い山羊の放牧をしているのがもっぱらの利用法である。
見方を変えれば軍隊の演習にはまこと好都合な処であり、今回の親善試合も両国の中間地点であることも評価されて合戦の場と相成ったそうである。
『双方がずいぶんと離れて陣を張るんだな? 練習試合の模擬戦なのに』
先の約束で機動甲冑のウィントレスを動かすことになった翔太は、同じく王命でウィントレスに騎乗することとなったレーアに、双方の陣が遠く離れていることに疑問を感じて尋ねてみた。
「模擬戦といっても他国同士だからね。手の内を晒すような至近距離に陣を張る訳にはいかないし、ましては刃を潰した訓練刀を使うとはいっても、それ以外は実際の戦でする一騎打ちと何ら変わらないわよ」
『なるほど』
言われてみればテレビの大河ドラマなどでよく見る陣の位置関係に酷似している。時と所が代わっても陣を配置するレイアウトや思想は同じということか。
『すると陣の中に国王がいて、オレたちの試合を差配するわけだ』
翔太の頭の中では〝戦国時代の合戦〟よろしくパーセルが床机にでんと座って采配を振っている姿が想像できたのだが、何故かレーアから「ソレはアンタの想像とまったく違うから」と明確に否定された。
「実際の戦に準じているといっても、そこはやっぱり親善試合よ。今日は〝戦の指揮〟をする訳じゃないからお父様は陣にはいないわ」
どちらかというとインハイ辺りの剣道部? 陣の最高責任者は主将で、校長や理事長らは貴賓室から見学。みたいな?
翔太が当たらずとも遠からずな感慨に耽っていると、遠くから「レーニン殿!」と、歴史の教科書に出てくる偉人の名が。
「おっと、ふらふらしていたら呼ばれたわ。道草はこの辺にして陣に戻るわよ」
翔太に〝呼ばれたから踵を返せ〟とレーアが迫る。
種明かしをすれば至ってカンタン、今回〝姫という身分を隠すため〟の偽名として「レーア」をもじって「レーニン」の名が与えられたのである。
『実際にウィントレスを動かすのはオレだから、オレってひょっとしたら代役の代役?』
「ややこしくなるから、アンタは黙っていなさい!」
レーアに咎められ不貞腐れて陣に戻ると、今回総大将役を仰せつかったガイアールがドロールのハッチを開けて「勝手にウロウロしないでいただきたい」と、不機嫌さを纏った口調でレーアの軽はずみな行動にお灸を据えた。
「分かっているわよ。でも、相手の布陣が分からないと模擬戦にならないでしょう?」
反論するレーアにガイアールが「いいや。全然分かっておられない」と一蹴。
「姫さまは今日の親善試合で活躍する必要が無いのです」
遠回しに「目立つな。ジッとしていろ」と大人しくすることを強要する。その上で注意されてむくれるレーアを相手に「良いですか」と小声で説教を始めた。
「此度の親善試合では公式には姫は出場していないことになっております。あそこでお館様と試合を観戦、それが本日の記録に残る姫さまの行動です」
ガイアールが指差したナの国の貴賓席には試合に出るレーアに代わり、侍女のクリスが相応に着飾ってパーセルの隣に座っている。
俗にいうところの『影武者』である。いや、曲がりなりにも王女だから『影姫』か?
名前はともかく、これもまたナの国の戦略のひとつであり、員数外であるレーアの専用機であるウィントレスを出すことによって、ナの国で実戦配備されている機動甲冑の数を隠ぺいすることを目論んでいるのであった。
無論それは当のレーアも知ってのこと。ゆえに「レーニン」などというふざけた偽名も容認しているのだ。
ところがガイアールの慎重さはレーアの予想以上。偽名だけに止まらず大声で喋ることも「声からバレるので」と制限され、極めつけは「今日はウィントレスから出ることも禁止とさせていただきます」との徹底ぶりときた。
「ちょっとー! いくら何でも横暴でしょう!」
堪らずレーアが文句を述べると、ガイアールは表情ひとつ変えずに「理由があってのことですから」と取り合う気すらない。
「我が国同様、クの国の連中も我が方の手の内を調べるのが此度の目的。当然ながら我が方の陣を凝視しているでしょうから、いつどこで姫さまの行動を見ているのか分かりませぬ」
「そりゃそうかも知れないけど、1日中このままなのはちょっと……」
レーアが奥歯に挟まったような返事をしていたので、翔太は『おいおい、それじゃあ相手に伝わらないぞ』とアドバイス。
『あの手の御仁には「用足しが我慢できなくて困る」とはっきり言わないと、あのオッサンは分かってくれないぞ』
ゼッタイ理解しないからと小声で注意すると、何故かレーアが苛立ちながら唸りだし、次の瞬間には「もう!」とヒステリーが爆発する。
「バカ! 何でストレートに言うのよ! デリカシーがないわね!」
不機嫌を隠すことなくレーアが怒鳴り、足どりも荒くズカズカと陣の最奥部に進むと、ガイアールの制止も聞かずにハッチを開けてウィントレスから降りてしまう。
『ちょっと待て。オレを放置するな!』
後を追いかけるガイアールと違って、翔太はその場から動くことができない。正確には(誰も乗っていないのに)勝手に動くと、奇異の目で見られるだけでは済まないのでマネキンのようにボケっと突っ立っているしかできない。
置いてきぼりを喰らった翔太が唯一出来る聞き耳を立てると、陣の奥からデーディリヒがガイアールを諫める声が聞こえてきた。
「いくらクの国に実情を知られたくないからとはいえ、姫さまを1日中機動甲冑に縛り付けるのは少々やり過ぎです」
「しかし儂はお館様から、ウィントレスに姫さまが乗っていることは秘匿せよとの厳命を受けている。そのためには些か不自由をおかけするが、姫さまには親善試合が終わるまで機動甲冑に乗ったままで戴く以外なかろう」
「だから、それがやり過ぎなのです。姫さまがお怒りになるのも尤もです」
レーアが腹を立てた理由は全然違うのだが、客観的に見ればガイアールも無理難題に腹を据えかねてに映ったのだろう。
実際問題デーディリヒの諫言は極めて真っ当で、対するガイアールはいかにも分が悪い。それが証拠に反論も弱く「ムリを承知でのお願いはあるのだが……」と明らかに言い淀んでいる。
「ガイアール殿とてそのように強要されれば気分を害するでしょう? ムリなものはムリなのです」
デーディリヒが諭すような口調で意見を述べると、ガイアールより先にレーアが冷静になったようで「もういいわ」と2人の口論を中断させた。
「ガイアールは国を慮って、デーディリヒはワタシを慮ってのことなんだから、そもそも言い争う必要なんてないのよ」
腐っても姫。レーアは臣下2人に益のない口論を止めるように命じた。
「要はワタシが敵方に見つからなければ良いんでしょう? ウィントレスから出るときは陣の奥で、降りたときは目立たないように他の騎士の格好でもするわ」
一拍の間が空き、その辺りが落としどころと考えたのだろう。デーディリヒとガイアールも納得したようで、声を揃えて「御意」と頷く。
「そうと決まればもう一度ウィントレスに乗り込むわ。誰かワタシの機動甲冑を運んで来て頂戴」
レーアの命でウィントレスが陣の奥に運ばれ、彼女が乗り込むことでやっと自由に身体を動かせれる。
無人の機動甲冑が動くなんてシュールな真似は翔太としても避けたいところ、レーアが乗り込んで『ふ~っ』と息を吐くのさもありなんといったところか。
『……まったく』
「まったく……」
タイミングよく愚痴が出るのどうしたことか?
とりあえず分かったことは、さっきのいざこざがバカらしくなったこと。
『もういいや。試合に集中しよう』
「そうね」
そして……
「これよりクの国とナの国の親善試合を始める!」
模擬戦とはいえ、史上初の国同士による機動甲冑の戦いが始まることであった。
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