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ちょうど同じタイミングでジェニファー、次にオスカーが出てくる。ジェニファーはアマリリアが用意した服を着ていて、オスカーはちゃっかりバットを持っていた。
「あ、リュドミール君にオスカー君、久しぶり。・・・君は、初めましてだね?」
微笑みかけたが、状況が状況だけに・・・というか、俺とオスカーは出会った事があるから別として、いきなり大柄な異形の獣に人の言葉で話しかけられて平然としていられるわけもなく。ジェニファーは凍りついた表情で固まっていた。
「僕の名前はパンドラ。君たちの味方・・・。」
「何やってんだよ、お前!!」
俺が言おうとしていたのを先にオスカーに言われてしまった。天井の隅が黒焦げだ。何か、鉄塊だったものがこびりつき、そこからバチバチと火花が散っている。
「監視カメラを片っ端から潰しているとこだよ。」
親切に答えてくれたはいいものの、「なんで?」という新たな疑問が増えるばかり。
「なに?」
少し遅れてハーヴェイと聖音が出てきた。聖音は今起きたばかりと言わんばかりに、眠そうな細い目をこすっている。
「うわっ・・・えっ?」
びっくりして後退りするハーヴェイに対し、この中で一番懐いていた聖音の反応は落ち着いていた。
「パンドラ君、何これ、どーゆーこと?」
きょろきょろと辺りを見渡す。ハーヴェイはそんな聖音とパンドラと呼ばれた獣を交互に見てはますます茫然とした。一連の騒ぎでみんなが部屋から出てきた。俺を含めた全員が今起こっている状況に疑問符を浮かべている状態だ。事の発端はパンドラで間違いないだろうが・・・。
「みんなから出てきてくれてよかった。自己紹介したいとこだけど、今はそれどころじゃないんだよね。」
それどころではないと言って面と向かったのはこちらに銃を構えるアルツー達。逃すまいと廊下のスペースいっぱいに並んでいるが、撃とうとはしない。銃口を向けたまま、微動だにしないのだ。
「あはっ!やっぱ人間がそばにいるから攻撃できないんだね!・・・いや、こっちが攻撃しない限りはそっちもしてこないだけか。」
何がおかしいのか。庇うように背中をこちらに立っているから表情がうかがえない。コイツは強い。おそらくアルツーも奴にとったら敵ではない。だからこそあらわれる余裕からの笑いなんだろうか。この状況、俺は不安でしかないのだが。すると向こうからアマリリアが血相を変えて走ってくる。
彼女がこんな事を許したのか?
パンドラは魔法に弱いと言っていたし。そういえば、体調が良くないとか聞いたな。
「体調不良なのにごめんね。ああでもしないと、君に止められちゃうからね。」
パンドラは相変わらず態度がブレない。逆に怖いと感じるほど。一方でアマリリアは、すごい剣幕だった。時折厳しい表情、真剣な表情、いろいろな顔を見せてくれた彼女がまるで別人みたいに、それこそ野生の凶暴な動物が吠える時に近い形相だ。にも関わらず、顔色は青白い。やはり、体調不良というのは本当だった。しかし、いったい何をしたんだ?
「貴方、自分が何をしているかおわかりですか!?今すぐその方達から離れなさい!」
息を切らし、声も枯れているのを必死に絞り出して威勢を張る。見るからに病に伏していた人が無茶をしているように見えて、不安と同時に心配になってくる。
「ただで返してくれるほど優しい人じゃないでしょ?ここまできたら退くに退けないし、僕だって覚悟の上だよ。」
こっちはこっちで全く動じない。今は、二人の間に入るとかえって邪魔になるから黙るしかない。すると、パンドラが大きい方の手を差し出した。
「僕はね、君と交渉がしたい。」
・・・ダメだ。今は何も考えず、黙って様子見しよう。
「この子達を僕に引き渡してくれない?」
「何故、貴方に?」
すかさず問い返される。しかし、多分みんなが彼女と同じ事を考えているだろう。パンドラは俺たちに協力的だ。ああいうんだから色々と
だからといって、それを話しにきただけだとしたらここまでする必要はあるか?玄関口で二人で話せば済むじゃないか。俺たちが話し合いの場にいようがいまいが、関係ないと思うが。
「・・・・・・決まってるじゃないか。」
肩を落とす。ひどく落胆したような。そんなふうに見える。少しの沈黙が流れる。首をゆっくり横に振った。この前振りに、何があるのか。
「人殺しの魔女より僕と一緒にいる方が安全だからだよ。」
今、なんて?
人殺しって言ったよな?
誰に向かって言った?いや、一人しかいない。魔女って言ったし、今ここにいる魔女はアマリリア、ただ一人。
「人殺し・・・?」
殺人犯扱いされたアマリリアは全く動じない。
「貴方は先ほどからくだらないことばかり。何を根拠に、その様な戯言を?」
「そうだよ、アマリリアさんがそんな・・・!」
反論しようと二人の間に入ろうとした聖音をオスカーが止めた。気持ちはわかる。だが、パンドラだって自分には不利な魔女を相手に何も考えなしにそんなデタラメを言うとも思えない。味方してあげたい気持ちをぐっと堪えた。
「アマリリア、君も案外詰めが甘いよね。」
そう言って、腹部に腕を突っ込んで取り出したのは小さな四角の薄っぺらい物体だ。
「猿真似には記憶を保存するための媒体があるのは知ってるよね。君は魔法で記憶を消したつもりなんだろうけど、本体じゃなくてこの媒体から直接消さないと意味がないんだよ。都合よく当時の部分は壊れてたけど、バックアップ機能があるから修復したら元に戻るんだよね。」
長々と、ややゆっくりとしたテンポで聞き取りやすいように説明する。しかし、意味がよくわからない。理解が追いつかない。振り向いたパンドラは、大人が子供を褒めるみたいに優しく微笑みかける。
「あの時の判断は正しかった。リュドミールがうっかり殺したセドリックの死体から回収したよ。媒体メモリを直すのはそこそこ苦労したけどね。」
正しかったと言われても、何が?俺は何か、正しいと言われるような行為をしたのか?セドリックを撃ってしまった事?それとも、置き去りにしていった事が?後者は、スージーの判断だけど・・・。
「この媒体メモリに引き継がれた記憶の中には君がセドリックを殺す場面がしっかり残っている。・・・そこで交渉だ。」
「・・・・・・。」
声が重く、低い。落ち着いているのに、威圧を感じる。アマリリアはうつむいていて表情がわからない。
「君がこの子達を僕に引き渡す代わりに、僕はこのメモリを君に渡す。捨てるなり好きにしたらいいよ。交渉に応じない場合、僕はこの情報を広める。僕なら可能だ。」
ようやく交渉の本題に入った。
「心配しなくても僕が広めたりはしないからさ。それについては約束してもいい。悪い話じゃないだろう?君だってお荷物が減るんだ。」
「なぜ?」
パンドラの声の緊張が緩くなったのと反対に、小さく震えた声で返ってくる。次の瞬間、顔を上げたアマリリアの表情は、怒りと驚きが入り混じって、例えるなら鬼の面を被ったかのようだった。目は吊り上がり、眉はこれほどかというほど歪み、葉を噛みしめる。体にだって感情が現れていた。肩は上がってそこから伸びる腕は真っ直ぐ、拳を力強く握りしめていた。そのあふれるばかりの怒りはこっちにまで伝わってきた。自分が怒られているわけではないのに、全身がぞわぞわとする。
「あれは本物ではないの!?あれが猿真似だとしたら、完成度が高すぎる!!」
甲高い、キンキンとした金切り声をあげる。と、同時に、ついに彼女自身の口から聞いてしまった。はっきり言い切ったわけじゃないが、もはやその態度が自白しているようなものだ。
「そうだね。まあでも、君の殺したのは猿真似で間違いないよ。ああ、他の証拠だって一応あるんだよ。」
パンドラは平然としていた。人差し指を立てる。
「まず、塀の開け閉めはアマリリアがやってて、寝ている時は閉めるでしょ?君が起きていないと他のみんなも外に出られないわけだ。いくらアルツーを連れてるとはいえ、夜中に人間一人外へ放り出すなんてしなさそうだし。そう、君は夜中に呼び出した。みんなが寝ているときに殺した方が怪しまれないし。」
次に中指を立てる。
「次に、死体の切り口だ。猿真似に切られたとしたら切り口がどうも変なんだ。あいつらの刃は鋭い。もっとスパッと綺麗に切れてるはずなのに、汚い。時間がかかってる。」
そして薬指。
「あと、リュドミール。あの場所に来た途端鼻がムズムズしたりしただろ?それについてはよくわからなかったから聞くけど、君、なにかアレルギーとか持ってない?」
あの場にいなかったお前がなんであの時のことを知っているんだ、と聞きたかったが、俺の答えがここで重要な意味を持つんだったら優先するのはこっちだ。
「あぁ。俺、猫アレルギーなんだ。」
「そうなの!?」
「初耳なんだけど。」
聖音とハーヴェイの方から反応が返ってきた。
「まあ、言ったことないしな。」
たまたまそういう会話なにならなかっただけだ。
「なるほど・・・実は、あの場所に白い毛が少し落ちてたんだけど。この世界に猫なんて生き物は存在しないんだよね。」
いまいち話が見えない。だから何だ?という疑問しか浮かんでこない。
「これだけじゃ確かな証拠にはならないよね。でもこの媒体にある映像を見たら全てが繋がった。・・・これにはどんな記憶がおさめられてると思う?」
媒体と呼ぶ物を指先でひらひらと揺らす。
「夜中、セドリックを呼び出した君は突然白い猫の耳と尻尾はやして人が変わったようになって、殺した後、チェーンソーで片腕を切り落とした。死体は猿真似に食わせて、あえて放置したんだよね?みんなにそう思わせるためにさ。」
俺はその映像を見ていないから、何とも言えない。でも、妙に説得力がある。公園には俺たちの武器が置いてあったのにチェーンソーだけ無かった点も、もしかしたら辻褄が合うのかも。悲鳴や大声を上げていたとして気付かなかったのも、この世界だからこそ。俺たちが理解できない魔法という不思議な力で、きっとどうにでもできるのだろう。猫の耳としっぽ生やしたとか言ってるし。チェーンソーだって、アマリリアの指示でアルツーがこっそり持っていった可能性もある。
聞いていて、内容が、心をえぐるほどの衝撃。頭がぐわんぐわんとめまいに似た感覚を覚える。なんで?なんで?その言葉が脳内を回って仕方ない。
だって、そうじゃないか。
仮に殺したとして、動機がわからない。
あれだけ人間に親身になってくれて、どんな殺す理由があったというのか。
あぁ、お願い、どうか。もっと確固たる要素を並べて嘘だといってくれ。パンドラのただの思い込み、勘違いであってくれ。
でないと俺は、ここで立っていられなくなるほど打ちのめされる。やっと、セドリックが死んでから少しは立ち上がれるようになったのに。
どうか・・・。
「どうなの?」
パンドラのとどめの一言。アマリリアの顔から、怒りはいつの間にか消えていた。氷のような、冷たい眼差しを浮かべた無表情。
「・・・この交渉のために私を足止めしたのは、あなたの背後に匿う事で少しでも自分に有利な方へ導くためでしょう?そうね、あなたと私だけの二人だけの交渉でしたら、今頃あなたは死んで、話自体なかったことになるわ。・・・でも、詰めが甘いのはあなたも同じよ。」
彼女は微笑んだ。意地悪な魔女のように。
「交渉なんか関係なしに、こうやってみんなまとめて殺される可能性については考えていなかったのかしら?」
アルツーの構える銃口が、俺たちに向けられた。
自分の犯した罪じゃなければこんなことする必要がない。
ということは・・・。
「貴方と一緒にいた方が安全なのでしょう?なら、試させていただこうではありませんか。みんなを助けられるでしょうか?」
いくら強いと言われているパンドラでさえ、沢山の銃弾の中で、俺たちを守るつもりなら難しい。
なんでこんな事に・・・。
「なんで・・・。」
俺の口から出たのは違う言葉だ。
「なんで殺したんだ?」
最後に、どうしても聞きたかった。聞いて、俺の命が助かるわけじゃない。どうせ命乞いしても慈悲を与えてくれそうには見えない。助からないんだ、だから気になった謎を聞いたっていいじゃないか。セドリックは何故彼女に殺されなければいけなかったのか。アマリリアの表情は変わらない。
「あなたと話すことはもう何もありません。」
これ以上聞く気にはなれなかった。
「やれやれ、これだから魔女は。話が通じない奴らばっかだって本当なんだね。」
パンドラはこの状況下で呆れたといったばかりに呑気にぼやく。もしかして、諦めたのか?
「最後まで余裕ぶって死のうだなんて、死んだら全ておしまいですのに・・・まあいいでしょう。」
パンドラがこっちを向いた。笑顔だ。
「これも想定内だよ。」
こそっと俺に言った。想定内?こうなるって、予想していたのか?って、ことは・・・。
パンドラは短い方の腕にはめている銀色の質素な腕時計を確認する。
「もう準備できてる頃だね。」
独り言を呟いて、腕時計の横についている謎のボタンを押した。この動作に、なんの意味があるんだ?万事休すの状況を打破できるほどの策があるのか?
「何をしているかわからないけど、大人しく・・・。」
その時。突如どこからかなり響いた、爆発音。俺の意識は一気にこんがらがった。次に、ドドドドドと大きな音が近づいてくる。
「今度は何事!?」
アマリリアが俺たちへの警戒を疎かにして周囲に注意を向けたほんの一瞬が大きな油断となった。
音が最大限、もう壁のすぐそばにまで近づいてきたと感じた直後には音の主は壁を突き破って、勢いよく横切った。それは、真っ赤な二階建てのバス。俺たちと面と向かっていたはずのアマリリアはバスの正面に全身をぶつけたあと、壁を突き破って目の前から消えてしまった。
アルツーはバスに向かって一斉発砲を始める。ガラスは木っ端微塵に散ってしまうが、狙われていない二階は無事。そして、背を向けたのが最後、パンドラが長い腕を横に振り回すと首から上が次々と吹っ飛んでいった。地獄絵図にも程がある。更に、倒れた体に上から絶え間ない銃弾が浴びせられた。見上げると・・・。長い銃を脇に抱えた二人組が上半身を乗り出していた。ガスマスク、もう一人はペストマスク、黒のコートと怪しさ満点の出で立ちで武装していきなり現れたらテロリストか何かと思ってしまう。しかし、グラデがかった金髪の巻紙ツインテールと水色のボブが覗いてるから状態はすぐにわかってしまった。
「ワーオ、魔力消しの効果はすごいわね。」
ガスマスク越しのくぐもった声は愉快げだ。
「ちょっと待って、この不良品、ほんとよく見えないんだけど。ちゃんとトドメさせてる?」
「はい、師匠!ばっちりです!ただ、無駄撃ちしすぎです!弾がもったいないです!」
「見えないんだから仕方ないじゃない!」
師匠という呼び方、漫才みたいなやりとり。ただでさえ衝撃の真実と更なる衝撃のせいで頭が混乱状態で何も考える余裕がないのだから、こんな会話ですら難解に聞こえてきた。
「何ボサッとしてんのよ!乗って!」
頭上からピシャリとした声で急かされる。俺はとりあえず、言われるがまま乗り込もうとしたが乗るためのドアは壁の向こう側だ。
「よいしょ。」
パンドラが突然、一番近くにいた俺を軽々と持ち上げた。
「え、なになに!?」
マシューが手を伸ばす。俺はその手を取り、上からも押されて、二階の空いた窓からなんとか中へ乗る事に成功した。
「うわっ、軽っ!」
ジェニファーはスージーにひょいっと引き上げられた。
「大丈夫?重くない?」
「うるせぇ!!」
隣ではオスカーでさえジェニファーと同じようにあっさりと引き上げられる。これでひとまず全員乗車できた。残りはパンドラだが、引き上げられたとしても窓から入れそうにない。
「もう少し前に進んでよ。後ろに乗るから。」
「とのことよ。・・・聞こえてる?少し前に進むのよ!!」
ダン!と、強く足踏みをすると下から「はいっ!!」と気の弱そうな声が聞こえてきて、バスは前進した。視界は暗い。だって壁に埋まってるから。大丈夫か、これ。進むのか?
心配していたら、メリメリと軋む音を立てながらなんとか前にゆっくりと進んだ。
「やった!」
窓から覗くとパンドラの姿が消える。無事全員、乗車成功だ。
「さ、とっとと出るわよ。こんなとこ。進んで!」
スージーの指示に、今度は「はい!」と同じ返事だが元気のいい声が返ってきた。やかましいエンジン音がしばらく続き、ためるにためたスピードを出し切って俺たちを乗せたバスは、壁を何度も何度も突き破り、まさか人の家の中を、高速で走り抜けた。
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