回想3「猫と魔女」
ああ、どうしましょう。
ああ、助けてください、誰か。
助けてください。お兄様・・・。
私の家は、代々魔法を大切に扱ってきた一族。魔法の使える者は更なる高みを目指し、使えない者はそれらの補佐、および高度な魔法が外部に漏れないよう徹底した管理。これはこの家に生まれたからには逃れられない運命。他を選ぶ自由さえ許されていない。私は幼い頃から既に決められていた。当時の子供達の中で一番の魔法の才があった私は魔女となり、ゆくゆくは家の全てを継いで、次の代をまた繁栄させる役目・・・。
先代がいなくなり、私が一人でこの家そのものを継ぐことになってから、世界の王が狂い、人間がやってきた。
立場上表立って色々やらなければいけなかったけど、私自身人間に興味があったかと言われたらそれほどでもなかった。同じ姿をしていて、魔法が使えないだけならまだしもすぐに死んでしまう弱い存在・・・私にとってはどうでもよかった。一人、あまりにもかわいそうな女の子を見かけたので保護したけど、人間のいる世界には興味があったからいろんな話を聞かせてもらったわ。でも・・・久々に誰かと、立場を気にせず話すのは楽しかったわ。毎日一人で、退屈だったのもあるのでしょうね。
いや、一人じゃない。
私にはお兄様がいた。
お兄様は魔法が使えなかった。たったそれだけ、でも、家の中では居心地が悪くって変わった獣の姿をして外をほっつき歩くことが多かった。私はお兄様と仲が良かった。二人だけで、秘密のお喋りや、こっそり遠くへ遊びに出かけたこともあった。家に住むのが私とお兄様だけになってからは誰も止める者がいないから、と帰ってこない日も多くなった。
そんなある日、魔法の研究の副産物で「転移魔法」というものを発見した。早速試したら、ある方法でのみ、成功した。転移先の別の場所に適した上で違う姿に変容させれば可能だった。
私は人間の世界に大変興味がある。
偶然にも、お兄様が好きこのんで変化させている姿が、人間の世界に存在する「猫」という獣とそっくりだった。なぜ姿を変える必要があるのかわからないけど、いざ魔法で、私もその猫とやらに変化してみたら魔力が著しく弱体化した感覚があったので、そこに何かがあるのかもしれない。
早速、お兄様も連れて人間の世界に飛び込んだ。目まぐるしいほどの情報量。魔法はなかったけど、私達の世界にはないものがたくさんあった。機械技術には理解しようにもできないぐらい複雑かつ新しい、どれも便利な働きをしてくれる。田舎と呼ばれる場所だって、あんな綺麗な景色、見たことない。あの世界の空は目まぐるしい変化を見せてくれて、とても感動した。空から水が降ってくるのはあまりいい思いはしなかったけども。
それに、人間ってこうしてみると面白い。姿形にある程度ベースはあるものの、本当に多種多様で、何より内側の個性に同じものがひとつとしてない。見ていて飽きなかった。存在する全ての人間が、みんなそれぞれ違うだなんて・・・。それと、この姿でいれば、たまに鬱陶しがられたりもするけど大体は可愛がってくれた。お兄様はとてもご機嫌だったし、それを見るのも嬉しかった。
私は一人の人間の男の子に出会った。金髪で、目の色が左右で違う、奇妙な帽子をかぶった印象深い少年。とびっきり可愛がってくれて、撫でてくれた時のあの微笑みと温かい手は今でも忘れられない。また会いたい、できれば等身大の姿で。でもこうして撫でられるのも悪くなかった。恋でもしていたのか、お兄様は私をからかうけど、きっとそうだったのかもしれない。叶わない恋を、私は彼に会いに行って撫でてもらう事で満たしていた。
お兄様が死んだ。
道端で、刃物で傷付けられ、血を流して死んでいた。あまりにも唐突で、状況をすぐには飲み込めずにいた。
死体を持ち帰り、急いで元の世界に戻り、私は魔法で体と魂を分離させた。これは禁忌とも言われる魔法。肉体が朽ちるまでならこの魔法は有効。しかし成功率は極めて低い。祈るような気持ちで魔法陣の中で意識を集中させた。
魔法は成功。しかし、お兄様の口からは聞きたくもない、恐ろしい事実が・・・。
自分を殺したのは、あの金髪の少年だと。
いきなり自分を捕まえて、抵抗するまもなくカッターで切りつけたと・・・。
ああ、なんておそろしい。
人間は多種多様、かつ複雑。良い、悪いと決め付けられない・・・でも、あの手が。私を撫でてくれたあの手が、私の大切な人の命を奪ってしまっただなんて!頭がおかしくなりそう。気が狂う感覚って、こんな感じなのかしら?とにかく言葉にならない叫びをあげたくて、流れる涙はそのままにしたくて、信じたくないという気持ちと憎しみ、怒り、自分の愚かさに鬩ぎ合い。ああ、一人でよかった・・・こんな姿なんか、誰にも見られたくなかった。
ひとしきり泣き叫んだ後、私は全てを忘れることにした。あの世界での出来事も、あの子の事も・・・でないと、また狂ってしまいそう。私の心が何かに縛られてしまいそう。
(憎い・・・。)
そうね、お兄様。貴方にとったら、憎くて仕方がないでしょう。
(殺す・・・。)
貴方程の憎しみは私にはわからないけど、私も・・・。
(殺す。いつか必ず、殺す・・・。)
落ち着いてください、お兄様。不可能よ。
(お前ならできる。俺の仇を取ってくれ。お前、身内を身勝手に殺した奴がのうのうと生きているのに耐えられるのか?)
仇討ちだなんて馬鹿げている。そんな事したって、お兄様は生き返らない。
(ああ、そうだった。あの少年に恋を馳せていたのはお前だもんな。)
関係ありません。仇討ちなんて意味のない行為、私は致しません。悲しい、憎いのは私も同じ。でも、新たな悲しみと憎しみを生んで満たされるものは何もない。
(・・・もういい。お前とは話にならない。)
お兄様?お兄様はそんな冷たい、短気な方ではなかったでしょう?それほどまでの憎しみがあなたを変えてしまったの?
(お前の体を利用させていただく。)
「まあ、何をおかしなことをおっしゃって・・・。」
あれから私はしばらく気を失っていた。気がつくと、魂だけのお兄様はどこにもいない。というか、何も変わっていなかった。私の身にも。いったい、あれは、どういう・・・。
突如、意識が外へ放り出される。なんだろうこれは、まるで自分の体を外から見ているような例えるにも例え難いこの感覚。
「ほう、体が軽いな。」
私が喋ったわけじゃないのに、私の声がする。逆に、私の発した声は#私の体の中で響く__・__#だけ。何が起こっているというの?私は今、どこにいるの?
「わからないと思うから説明するとだな、俺がお前の体をのっとった。というわけだ。憑依、と言った方がそれっぽいか?」
なんて?
今、なんていったの?
「幽霊じゃせいぜい呪うぐらいしかできないだろうからな。生きている体・・・アマリリアの体を借りた。」
なんでそんなことを!?
ああ、私の声は彼に届いているの!?
「なんでって決まってるだろ。直接仇を撃つためだ。あの白い少女の魔法は特別だ。他の世界から呼び出せるらしいな。まあ成功すればいいけど、少しぐらい気長にやるとするか。」
声は届いている。
なのに、何からいえばいいかわからない。頭の中がこんがらがって、言葉がぐちゃぐちゃに散らかって、きっと今支離滅裂な感情任せの責め立てる言葉しか出てこないだろう。それではダメ。
「ずっとじゃないって。俺が引っ込んでる時はお前もいつも通り。じゃ、今のところ用事はないから、またな。」
待って!
まだ聞きたいことはある。あるのに・・・。
行かないで!
消えないで・・・。
切り替わるのは本当に一瞬だ。
・・・っ!!
体全部が鉛のように重い。血の気が、熱が引いていくのがわかる。足に力が全く入らなくて、たってられない。これは何?憑依とこの脱力感は何の関係が?
・・・「支配の魔女」と呼ばれる私の体が、外部からの存在に支配されたことによる代償?そのようなものがあるの?
嗚呼、なんてこと。
憎しみは悲しみしか生まない。
おそらく、彼を殺さない限り、あの燃えるような憎悪による支配から解き放たれる事はないのだろうか・・・。
嗚呼、私は殺したくない。
私はまだあの手を私は愛おしいと思っている。
私はー・・・・・・。
******
月日は経った。
ああ、なんて偶然なの?
人間が再びやってきた。
しかも、あの子が。
(こんなチャンス、二度とない。)
お願い、名も知らぬ君。
私を支配する憎しみから解き放って。
でも、できたらもう一度あの微笑みを見せてほしいわ。
撫でてほしいとは言わないから。
・・・いや。それだと私はもっと苦しくなる。
これが意味を為さないとしても。構わない。
もう終わらせたい。終わらせた後はそれこそ本当に、全てを忘れるから・・・。
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