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屋敷の側面を壁沿いに歩く。最初は手入れされた青い芝生を靴底が踏んで気持ち良いぐらいだったのに、進むにつれ雑草がところどころにポツポツと生えたでこぼこが多くなる。土で固められた剥き出しの地面の次、無効に背の高く細い草がびっしりと生えていた。

「こんなところを、ジェニファーはわざわざ?」

「セドリックがどこにもいなくて、歩ける範囲を探し回ったらしい。」

まあ、別に隔離されているわけでもなんでもないが、女の子一人で進むには心細くならないか、と。なんせ屋根の影と木々の葉の影のおかげで余計に暗いし。そして見つけたのがー・・・。

「これを抜けた先・・・。」

「うん・・・。」

草の高さは俺の目の上ぐらいまである。力はさほどいらなかったが、ツルハシに引っかかって邪魔だった。アルツーに預ければよかった。そう、この煩わしさが、焦りと苛立ちに拍車をかける。

まだかまだかという焦りと苛立ち。

同時にもうすぐだという恐怖。

草と草が揺れる音にかき消されていたが、それ以上に胸の鼓動が早く大きくなっていくのを感じる。まだ疲れが取れていないが、違う意味で息が切れる。

息が苦しい。

まだ着かない、早くしてくれ。

もうそろそろかもしれない、まだ先でいてくれ。

矛盾や葛藤を抑えきれずにいながら、とうとう草の層が薄くなるのを感じた。ハーヴェイが手で押し除けると草と草の間に向こうの景色が見えた。人に頼んで、ついてきたんだ、俺はここで足なんか止めない。草むらを抜けると、そこには・・・。


確かにいた。


覚悟はしていたが、所詮したつもりだけだったんだな、と思い知った。


大きな岩に背をもたれ、足を投げ出して座っていた。ああ、それだけならよかったのに。岩と、全体的に青色の多い服には暗い血がべったりとついていて、ここからは見えないが右肩が見えない・・・なくなっていた。袖ごとだ。そして何より。首から上が、無い。さすがに断面を直視はできず、「無い」と言う事実だけを目視したらあとは目を逸らした。俺たちの中では一番表情が豊かでよく笑い、怒り、泣いて、驚いて、いろんな顔を俺に見せてくれたのに、セドリックがセドリックたらしめるものが不要物のように切り取られている。もっとも、#あいつら__・__#にとっては反対だが。ああ、もうあいつの顔は見られないのか。死ぬならせめて、最後に顔だけでも見たかったのに、というか普通、顔のない死体なんてあるのかよ。アイツはここまでされるような奴なのか?


「リュドミール・・・。」

ハーヴェイの呼びかける声で意識が戻った。一体俺は何を責め続けていたんだろう。わからない。わからないけど、今の俺はきっと未だに「現実を受け入れられない」。悲しみ、絶望は現実を受け入れてからでないと湧いてこない。その前の段階で俺の脳は止まっている。

「ハーヴェイは、見た時さ、どう感じた?」

二度目にもかかわらず、俺とは違ってじっと見つめていた。

「・・・信じられるわけないじゃん。今でもこれは悪い夢なんだって思うんだ。」

考える事は同じだった。

「俺もだよ。俺もさ、泣き叫んだりとかするんじゃないかって、せめて涙の一つでも流れるもんだろ。でも友達が死んだって、しかも目の前で。こんなにびっくりするんだなって。」

気付いたら言いたい思いがついでとばかりに口から次々と吐き出された。隣にいる人が共通する気持ちをもっているからこそ、である。少し沈黙が流れた。

「不思議な世界に迷い込んで、化け物に追われて、友達が死んだ。夢じゃないの?これ・・・。」

力のない、ぼそぼそとした細い声。だけどまだハーヴェイはセドリックを見据えていた。視線を移動させる。夢だと思い込んで。あぁ、これが夢だったら本当によかったのに。

「夢だったら・・・そろそろ覚めてくれてもいいのにな。」

「うん・・・。」

後ろの方から草が激しく揺れる音と忙しない足音が聞こえてくる。振り向く気力さえないが、嫌な気配もなかったのできっと仲間のうちの誰かだろう。

「リュドミール君!!」

駆けつけてきたのは聖音とスージー・・・ではなく、公園で別れたはずのマシュー。マシューは遠く離れた場所同士をすぐに移動できる。

「リュドミールく・・・いやああああっ!!」

聖音はセドリックの死体を目の当たりにした瞬間、悲鳴を上げて崩れ落ちそうになったのをマシューの腕で支えられた。

「えっ・・・まっ待って待って、こんな・・・首、首が・・・こんなの・・・。」

おそらく猿真似に殺されたというのはどうなったかを聖音は知らない。死んだと聞いて覚悟していても、想像以上のものがそこにあった。だって、だれが首の無い死体があると思う?内股で固まった足から力が抜け、全体的にゆっくりと地面に腰を下ろす。顔から血の気がすっかり消えてむしろ青ざめていて、大粒の涙をこぼして拭いもしなかった。

「そんな・・・!!」

聖音からそっと手を離し、ゆっくりと近づく。俺たちに比べ、見慣れているのだろうか、間近でもじっと見て嫌悪感を示さない。ただ、心情的なものは別で、強いショックは隠せないでいた。

「ああ、なんてこと・・・。」

しゃがみ込み、呟くマシューの声は震えていた。彼にとってはセドリックもあかの他人なのに、親身になって助けてもくれた。わざわざ駆けつけて、寄り添って、それだけでも微かに救われた、そんな気がした。

「・・・さっき、師匠から連絡があった。から慌ててきたんだ。」

口を閉じてしばらく黙り込んだ。

「僕がもっとそばにいれば・・・きっと守れたはずなのに。猿真似の一匹や二匹なんか・・・ん?」

マシューの項垂れていた頭が上がる。

「いくら体調不良とはいえ、人間を一人で外で出させたりするのか・・・・・・。」

さっきまでの酷く落胆していた様子から一変。片膝を立てて覗き込むマシューは死体を前に考察する探偵のようで、声色も落ち着いて抑揚が少なく淡々としていた。頭、もとい気持ちの切り替えが早いのはマシューが人ならざるものだからではない。俺たちとは違うだけだ。

「へっくし!!」

急に鼻が痒くなった。おさまらない。更に疼く。

「はっくし!鼻がムズムズする・・・。」

くしゃみの後は目も痒い。いきなりどうしたっていうんだ?風邪でも引いたのか?

「疲れているだろう、休みなさい。立てるかい?」

「ありがと・・・。」

肩に腕を回し、よろけつつのやっと立ち上がる聖音。マシューは俺と聖音が体を酷使しているのを知っている。心身共に非常に疲れきった、あとは単純に、長くいる場所ではないと判断したから。それはここにいるハーヴェイも同じだ。

「マシューはこれからどうするんだ?」

そっと手を離し、よく見せる穏やかな表情を向けて。

「君達が戻るなら、僕が長居するわけにはいかないよ。・・・師匠は急用ができてこれないそうだ、まあ今はアルツー一体にかまっている暇はないだろうけど・・・。リュドミール君。」

急に真剣みを帯びた顔で俺の名前を呼んだ。

「憶測でしかないけど・・・アマリリアを過信したらダメだよ。」

どういうことだろう。マシューは元から魔女に対して良い印象を抱いていないみたいだったが、ここで警戒を促される、そんな人とは思わないんだが。というか、なんで俺だけ?

「他のみんなもね。」

ああ、忘れてただけか。

「ありがとう・・・留意しておくよ。へっしょん!」

憶測だの過信だの言葉が並んだからついこっちも普段ろくに使わない単語で返した。それよりもくしゃみが止まらない。忘れた頃にコイツは出る。俺だって、いつまでもここにいてもなんにもならない。ちょうど、帰ったら休みたかったんだ。

「歩ける?」

「う、うん。もう大丈夫だよ。ありがとう。」

ハーヴェイの気遣いを聖音は遠慮がちに断った。マシューにも手をかけさせたからだろう。

俺たちは、友達の亡骸に背を向け、置いていき、玄関のところでマシューを見送ったあとに屋敷の中へ入った。


「あっ・・・。」

向こうのドアが開く。出てきたのはアマリリアだった。襟が詰まった黒のゆったりとした服を着ている。が、なにより・・・こっちを向いたその顔は青白く、目の下にはクマまでできていて、見るからにやつれていた。しかし俺と目が合うとぎこちないながらも微笑んでくれて、こっちに駆け足で迎えてくれた。

「おかえりなさい。えっと・・・・・・今は色々なことがあって・・・その・・・。」

でもすぐに彼女は暗い顔で俯く。その態度は、やはり「もう知っている」と理解した。たら、ただでさえ疲労困憊だろうに、言わせるのはあまりに残酷だ。

「セドリックが死んだのは知っています。」

「・・・!」

アマリリアが一瞬、驚いてこっちを見上げる。

「私が・・・もっとしっかりしていれば、このような事には・・・。」

「アマリリアさんは悪くないよ。体調がよくないんだよね?今だってすごいしんどそうだし・・・。」

聖音が身振りで慌ててフォローする。マシューも、同じようなことを言ってたな、そういえば・・・。

「ありがとうございます。お話ししたい事、聞きたい事はありますが・・・私もまだ本調子ではなく、あなた達も少し休む時間が必要でしょう?」

そう言ってアマリリアはまたも健気に無理した笑顔を繕ってみせた。

「俺も今は一人になりたい。部屋で休ませてください。気持ちの整理がついたら、お話しします。」

気持ちの整理なんか、つくわけがないのに。アマリリアがにっこりと微笑んで、軽い別れの会釈をしたあと違う部屋へ入っていった。

「・・・リュドミール。」

ハーヴェイが一歩俺の前に進んでから立ち止まり、振り返った。

「俺も休むけど、十分寝たし起きてるから・・・その、あれ。なんか話を聞いてほしかったら相手になる。」

俺の返事を待たずに、自分の部屋へと先になって行ってしまった。アイツは口下手というか、いきなり親切な言葉をかけようとすると詰まったりする。

「・・・・・・行こっか。」

聖音と二人。話しかけたのは向こうからで、黙って頷き、廊下を横に並んで進んだ。あれからずっと無言だった。こんな時の会話の内容なんて、ちっとも浮かんでこなかった。お互いの部屋のドアの前に立つと、聖音が俺の方をじっと無表情で見てきた。

「聖音・・・。」

口から絞りでたのは名前が限界だった。聖音は無理の感じられない自然な笑顔で、手を振ってくれる。

「おやすみ。」

その一言を残して部屋に戻った。空気が読めず、良くも悪くもうるさいのに、そんな聖音でさえ「身近にいた人の死」を目撃すると、あんなにも人が変わったみたいに弱ってしまう。

「・・・。」

自分に割り当てられた部屋のドアを開ける。散らかしてはいなかったが、ゴミ箱の中は空になっていたり細部がとてもきれいに整理整頓されていた。ベッドの前まで歩み寄る。きちんと敷かれたシーツをただじっと見下ろしている。誰もいない、一人になった途端・・・空っぽでふわふわな心が質量を帯びてずっしりと上から落ちてくるような感覚が一気に襲いかかってきた。

「セドリック・・・。」

今はもういない、二度と会えなくなってしまった親友の名前を呟いた。

そんなに昔から一緒にいたわけじゃない。俺が転校して、そこから仲良くなっただけだ。まさか、短い時間でここまでつるむ連れができるとは思ってもなかった。もしかしたら、中学、高校、その先も、俺の人生の中にはお前がいるんじゃないかって思っていた。

そう願っていたんだろう、お前に。

膝からガクンと崩れる。こみ上げてくる色々なものを抑えることができなかった。拳を、思いっきり振り下ろす。

「・・・クソッ!!」

ベッドは力と苛立ちと悲しみを込めた拳を吸い込むだけ。それがやけに悔しくなって何度も何度も拳を叩きつけた。でも、シワとくぼみが増えるだけ。虚無感と絶望感もより一層増して、晴らされる事はない。良いことなんて、何もない。

「う・・・。」

虚しい。

辛くて苦しい。

苛立ちで苦しい。

悲しみが今頃になって湧き上がる。何で誰もいない一人になった所でだなんて、#ずるい__・__#。何で、アイツの前で泣いてやる事ができなかった?いつまで俺は驚いたと言ってぼうっとしていた?アイツは死んだんだ。否定しても仕方ない。すぐに受け入れられなかったのは何でだ?俺の心が弱かったから?誰も責められないから自分を責め続けた、でもそれで許してもらえるなんて思っていない。


セドリックは良い奴だった。

そんな事を責める様な奴じゃない。

一度溢れ出した涙はもう止まらない。嗚咽で喉は苦しく奥が熱い。

認めたくない。アイツが死んだなんて、信じたくないに決まっている。死んだのはわかっている。それでも尚、自分の正気を取り戻すために脳がひたすら揺るぎようのない真実を否定し続けている。

これから先とかどうでも良い。

今は、落ち着くまで泣き続けることしかできなかった。


ー・・・



散々泣いたあとの脱力感。感情がすべて外へ出てしまった様な、虚無感。そして、疲労感・・・。

「・・・・・・。」

ベッドの側面に背をもたれて、膝を抱えて、ようするに体育座りの形でうずくまっていた。

悲しいとか、辛いとかは、今は体の疲れのせいでそれどころじゃなかった。あとからになって膝や背中が痛いし、筋肉痛の感覚がところどころで感じる。足にも力が入らない。けど、足を伸ばすとたったそれだけでさっきのことを思い出しそうになりそうだった。この疲れ切った感じでは、多分思い出したところで感情が伴わないと思うが。

「ふぁ・・・。」

大きなあくびが出る。ここに来てから眠気が特にひどい。疲れを理由にしたって不自然なぐらいに。まあ、こんな状態だ。せめて、体だけでも休ませよう。と思った矢先だ、ドアを叩く音が聞こえる。ドン、ドンと、随分とまあ力強いノックの音だ。

「入るぞ。」

まだ返事をする準備すらしてないのに入る気満々の声が聞こえた。しかも、まさかのオスカーの声だった。アイツが?なんで!?

「えっ?えっ?わっ!!」

驚き慌てふためいて起き上がるも足がもつれて転んでしまう。

「なんだよ入っちゃいけねえのかよ。んなワケねえよなぁ?」

今のはイエスかノーの返事ではないし、一体全体どういう理屈だ!?ドアノブがガチャリと動く音がする。そういえば鍵を閉めるのを忘れてた、というのに今気づいたがそれにしたって勝手に入ってくる奴がいるかよ!!もう俺はやっと腰を上げてベッドに腕だけついてドアが開くのを見守ることしかできなかった。

「・・・何やってんだ?」

筒状に巻かれた大きな紙、ペンを数本、傍にはどでかいペットボトルのコーラを抱えたオスカーが顔をしかめてこっちの様子をうかがっている。どう説明していいのか困ったのでつい。

「何やってたと思う?」

と聞いてしまった。

「知るか。邪魔するぞ。」

ああ、オスカーでよかった。他の奴らだったら絶対何か言うに決まってる・・・。

いや、よくないよくない。人の返事なしに勝手に入るのはよくない。そして人の遠慮なしに勝手にソファーに座るのもよくない。

そもそもなんでこいつが?

「なんでお前が、俺の部屋に?」

単刀直入にたずねた。

「そりゃ用もないのにお前のとこなんか行くかよ。」

テーブルにドンと重いペットボトルを置いたあと、型のついた紙を逆方向に巻いて、丸くなって戻らない様になどしていた。広げると、白い、何も書かれていない真新しい紙だ。床に落ちた帽子もろもろを拾って向かいのソファーに座り、脱いだマフラーとコートをかけた。いったい今から、何を始めるんだ?

「これからのことについて話に来たんだ。」

腕を組み、腰を浅く、足を広げて座る様は傲慢な性格をいかにも体現していたが声はひどく重く落ち着いていた。

「元凶中の元凶が死んじまったんだ。お前、近くで見てたんだろ?覚えてることあったら全部言え、事細かく。」

まるで事件を調査する為に関係者をたずね歩き回る刑事みたいだ。とはいえ・・・。

「俺は一刻も早くここから抜け出してーんだよ。死に様ぐらい選ばせろってんだ。」

・・・・・・。

言いたいことはわかる、わかるんだが・・・。

「死んだんだぞ、セドリックは・・・。」

そこまですぐ、友達の死を踏まえて次に切り替えられる神経をしていない。お前と俺とじゃ、どれだけ大事でどれだけ喪失感が違うかわからないだろ。

「ん?ああ・・・死んだな。」

何かを期待したが、返ってきたのはとても冷たい言葉。殴りたいわけでもない拳に力が入る。いてもたってもいられなくなった。

「なんでそんなすぐにお前は次のことなんか・・・!」

きっとあいつの事だ、どうせ。自分に反抗的ならそれを全部売られた喧嘩と捉えて対抗する、そんな奴だ。でも、今は関係ない。仲間の死をたった一言で終わってさあ次という扱いされて、黙ってられる程俺は人間できちゃいない。

「言うと思ったぜ、全くよ。」

オスカーは俺が反論するのは想定内で、珍しく怒りはしなかった。

「いいか?セドリックは死んだんだ。死んだ奴の事考えても生き返らねえのに無駄なんだよ。」

ここまで言われたら、我慢ならない。

俺は立ち上がった。

「お前・・・いった!!」

膝より下、脛あたりだろうか。とてつもない衝撃が真っ向から衝突してきた。痛みに悶えるあまり脛を抱えてソファーに崩れるように座り込む。なかなか引かない痛みが、徐々に引いていって、何が起こったかをようやく理解した。テーブルの位置がやや俺の方に動いている。なにやら足を上げたと思いきや、オスカーの奴、テーブルを俺の方めがけて足で押したんだ。

「今そんな事考えてる暇あるか?セドリックはこの世界のどこにでもいる敵に殺されたんだ。また、他の誰かが死んでもおかしくない。今度は俺やお前の番かもしれないんだぞ。」

頭だけを上げる。本当に、こんな真剣な顔、ここに来なければ絶対に見れなかった。

「早く戻りたいんだろ?悲しんでたって次に進まない。俺たちは前に進むしかねぇんだよ。」

まだ残る痛みでそれどころじゃなかったが、オスカーの言いたい事はわかった。ただ仲間の死を自分とは他人だからと、たった一言で終わらせるような冷たい言葉じゃなかった事。俺の答えをうかがうように、見下ろしている。

「・・・・・・。」

一言、肯定すれば良かったのだけど、この時でさえ素直な言葉が出てこない。

「もしかして、励ましに来てくれたのか?」

「用事があるからつったろうが、気色悪いな・・・お前がそんなんだとこっちも気が乗らねえんだよ。」

褒められるとまず調子に乗る奴だ。今のオスカーは本気で引いている。だからどうってわけじゃないが、ここはそっけなくても「そうだな」と返すべきだった。

・・・今からでも、遅くはないよな?

「そうだな、悪かったよ。」

「フン、調子狂うな。」

お前は俺をなんだと思っている?まあ、いいけど・・・。さて、ようやく座る態勢に戻れた。足にジンジンした痛みが響いてるが、気にするほどではなくなった。オスカーは突然

、視線だけで部屋を物色し始めた。掃除してもらったばかりの綺麗な部屋だ。何もない。

「・・・にしても、菓子の一つでも持ってくりゃあよかったな・・・。」

やはり、その程度のデカいコーラではお前の腹は満足ならんのか。

なんて事考えた途端、またもあくびが。もちろん、眠いからだ。

「なんだよ、眠いのか?」

「ああ、実を言うと、今から寝ようと思ってた・・・。」

「そんなよく寝る奴だったか?ここに来てから特にひどいな。」

その自覚はある。ひとつ言い訳させてもらうと、ここの時間は適当だから、決まった睡眠時間で寝るのが難しいから、寝れたと思ったら実は寝れてなかった事もあるからだ。俺は夜九時に寝て、朝六時に起きたら一日のうちにここまで眠くなることなんてないのに。

「寝る子は育つって言うだろ・・・なんて。」

まあ、我慢できないほどではない。まっさらな紙に面と向かう。

「・・・・・・。」

視線を感じる。見上げると、オスカーが俺を睨んでいた。どうした?俺が冗談を言うのが、そんなに珍しいか?それとも、今から話し合いだと言うのに大きいあくびをかましたのが気に入らなかったのか?

「ん~・・・・・・・・・。」

何やら難しいことを考えてそうな顔でそう見つめられたら変な感じだ。黙って次の言葉がくるのを待った。

「・・・はぁ~・・・。しょうがねえな、そう言う事ならまた今度にしてやる。」

「・・・えっ?」

自分の事しか考えてない奴が、人の気を遣った・・・だと?こうして自分が準備して、自分の用事に付き合わせる気満々で、ようやく乗り気にさせた相手がこの体たらくで、しかもそれを見て「また今度」?と、いろいろ考えたあとに思考がフリーズする。

「んな状態の奴に聞いても仕方ねぇだろ。ま、突撃した俺も俺だしな。」

反省した!?

お前はいったい誰だ?俺の知るお前じゃないぞ!?

喉の奥まで出かけた言葉をなんとかグッと堪えた。そのかわり、過呼吸で苦しむような顔をしてたと思う。頬まわりの筋肉が引きつりそうだ。

「今回は特別だ。起きたら容赦しないぞ。」

膝に手をついた勢いでソファーから腰を上げ、テーブルに置いたものを手に持つ。コーラだけ。紙とペンはそのままだ。なるほど・・・起きたら容赦しないというのは、そういう事か。とはいえ、せっかく配慮してくれたんだ。いつまでも人の親切を疑うわけにはいかない。

「来てくれたのに、悪いな。」

「あーほんとにな。」

しかし思っている気持ちをそのまま言葉にするのは相変わらずだ。俺は一応、立ち上がって、その場で見送る。ついていっても迷惑がるだろうし。すると、さっさとドアを開けて部屋を出ていくかと思ったオスカーが、ドアを半開きにしたところで急に立ち止まった。

「リュドミール。」

名前をちゃんと呼ばれたのは初めてだったろうか。おそらく、名前だけ呼ばれたのは初めてだ。

「・・・や、なんでもねーわ。」

なんなんだ?気になるじゃないか、お前が名前を呼んで俺に何を話そうとしたのか。

「まだ言いたいことがあるんじゃないのか?」

空気読めてないような発言でアレだが、わざと煽るような言い方をしてみる。今のオスカーからどんな言葉が飛んでくるのか、気になるんだから仕方がない。

「いつまでもしみったれた面すんな、バーカ!!」

怒りで顔真っ赤にして声を荒げた後、壊れるんじゃないかというぐらいに勢いよくドアを閉めて出ていってしまった。

「・・・・・・。」

今のがオスカーのいいたかった言葉?

それとも、俺があんな言い方したせいで、本当は他に言いたいことがあったのに言えなかったとか?




「ん・・・?」

白い紙をよく見ると、端っこの方に何か書かれた跡があった。色はついていない、しっかりと消されてあるが、筆圧が強かったのか「何か書いてあったであろうということはわかる」跡が残っていた。

「これはオスカーが書いたものか?」

オスカーならこんな隅にかかず堂々とかくはず・・・かどうかはさておき。色がついていない跡だけでは何が書いてあるかさっぱりだった。俺はとっさに、数本あるペンの中からシャーペンがついたものを選ぶと後の残った場所を薄く塗りつぶした。うまくいけば、これで書いた跡が出てくるはずだ。

「・・・・・・。」

出てきたのは、文字じゃない。・・・絵だ。魔法陣のような、複雑な模様が入り混じった円。これは、オスカーが書いたとは考えにくい。というかこの紙はどこから用意したのか、それにもよる。

このまま残しておくべきか?それとも、切り取って持ち運べる状態にしておくべきか?何か、これは重大なもののような気がしてならない。

「・・・・・・。」

しばらく考えたあと、俺は部屋からハサミを見つけ、その部分だけ切り取った。あのあと紙を穴が開くかというぐらいじっとみたが他に跡はなかった。

一旦テーブルの上に全部置く。ひと作業終えて、俺はようやく眠りにつくことにした。何をしたとこで、眠気は全然引いてくれないものだから、素直に寝落ちるとしよう。



今回は普通の夢を見た。大きな図書館で一人、ずっと本を読んでいるだけの夢。本の内容は誰かの日記。違和感を覚えることなくひたすら読んでいた。悲しいことに内容については全く覚えていない。司書がなぜかスージーで、喫煙などあり得ない場所の一つでもある図書館でたばこをふかしていた。が、夢の中にいる時は夢の世界だと理解できないように、俺はそんな非常識でさえ特に気にしなかった。


どれだけ寝たか、この世界ではよくわからない。爆睡した感覚はある。体の節々に残る痛みはそのままだが、溜まっていた疲れはすっかり取れたみたいだ。体を起こし、両腕を力一杯伸ばしてうーんと背伸びをする。

「さて、と。どうしようかな。」

肉体的な回復もした。精神的なショックはまだ拭い切れていないがオスカーの喝もあり、だいぶ受け入れられる様にはなっていた。そうだ、くよくよしたって仕方ない。これ以上犠牲者を出さないためにも、一刻も早くこの世界を抜ける方法を考えなくては・・・。

ん?気のせいだろうか。やたら遠くが騒がしいような?ドアに耳をくっつけると、アマリリアの声と、それから・・・。


「皆さんに絶望と希望をお届けにあがりましたー!」


ここまでよく通る快活な声がした直後、爆発音。場所はおそらく玄関。部屋がかすかに揺れる。何かがあった。コートとマフラー、帽子を身に付け、ツルハシなどいろいろ持って・・・出ていいのかどうかわらからないが、気づけば俺はあわてて部屋を飛び出していた。廊下には、目を疑いたくなる光景が広がっていた。

そこにいたのは俺達に協力的な変わり種の魔物の少年、パンドラと、一斉に銃口を向けて構える四体のアルツー。さっきのやたら溌剌とした声はパンドラだったのか。

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