7


俺たちは目立ってはいけない。

だから、賑やかな場所があっても広い街があってもそこを歩ける機会はおそらくないだろう。スージーやマシューと姿形もほぼ同じで、一緒に歩いていても違和感はない。でも所詮は外っつらだけ。うっかり腕がもげたとなっても平然といられる存在とは違う。そこで俺たちが人間だとバレるわけで・・・つまり。こそこそことしかできない、というか・・・。

「また、森か・・・。」

森だ。森が多い。

鬱蒼とした、童話に出てきそうな暗い森。夜ではないからかろうじて薄暗い程度だが、足場がいいとは言えない道を歩いているので月明かりだけでは心許ない。

「もうじき終わりよ。」

スージーはというと石ころが転がりでこぼこした道を高いヒールで平然と歩いている。すごい。

「あ、あの・・・師匠。・・・師匠!!」

一度読んで返事がなかったからか後ろで張り上げた声がする。

「何よ。」

「いつも通る道と違いません?」

嘘だろ、おい。いつも通る道を知らないが、どういう事だ?

「墓場の近くでしょ?実は近道があるのよ。そこを通るわ。」

ホッとした。どうやら迷子というまさかの事態ではなかったようだ。

「近道あったんですか!?なんで教えてくれなかったんです!いつも遠回りしていたってことですか!?」

マシューはそうはいかなかった。可哀想である。でも近道があるのにそこを通らないのは何かわけがあるのかもしれない、と勝手に予想してしまう。曲がり道を過ぎると、どでかいコンクリートの塀が差し掛かった。何度似たような光景にでくわしただろうか。

「また、塀か・・・。」

「それさっきも聞いたぜ。」

今度は塀だぞ、オスカー。ああでも、似たような言葉しか発していないな。これも似たような景色ばかり見てきたせいか?

「師匠、行き止まりですよ?」

しかし、なんだかんだ師匠と呼んで素直に従っているのを見ると純粋に慕ってるんだな、と思う。それはさておき、マシューの言う通り、行き止まりである。いや、塀の高さもあ長さもそれほどじゃない。向こうにも木々が並んでいるので道は続いているし、塀を挟む茂みを抜けられないこともない。

「この先には街があるわ。普通に行けばただの道しかないけどね。」

スージーが一歩、二歩と塀に近寄ると、足を上げる。膝はほぼ直角に曲げて、見ればわかる、蹴る前の体勢だ。塀を蹴るのか?蹴ってどうする?蹴れるのか?という問いかけはふと蘇ったある記憶が打ち消した。車を木っ端みじんに足で壊した記憶が俺の中の物理法則や常識まで壊す。

でも、街があるとは?理解ができない。

「師匠・・・。」

後ろからする声を、頑丈な物が破壊される音でかき消された。スージーの勢いのある蹴りは見事、コンクリートにほぼ等身大の巨大な空洞を作り出した。くり抜かれたガタガタの歪な破片やぱらぱらと上から落ちてくる小さな破片。そう、これが人間と姿形はそっくりだが決定的に異なるちがいだ。覗き込むと厚さもそこそこある、こんな物を蹴り一つで打ち砕くぐらいのパワーを持っているんだ。

「・・・・・・。」

でも驚いたのはそれだけじゃなかった。

塀の向こうは、確かに街があった。

背の高い家や店がびっしりと並んだ路地裏、街灯が照らす足元はレンガで作られたきれいな道。最初こそ驚いたものの、たったこれだけでひどくほっとする俺がいる。

「ここは?」

折り重なった瓦礫を踏みつけにしてスージーが答えた。

「名前なんてないわ。」

えぇ・・・。せめて、名無しにせよどういった場所か教えてくれたっていいじゃないか。

「名無しの街・・・。」

ぼんやりと聖音が呟く。俺は塀を越えた。そしてふと後ろを振り返ると、これまた不思議な光景だった。越える前は塀の向こうは森だったのに、ここから見ると向こうには同じ路地裏が続いていた。まるで違う空間の間を通ったみたいな。でも、穴の向こうは、さっき見ていた景色があった。

「アタシお気に入りの場所なのよ。」

そんな大きな穴も、スージーが手をかざすとみるみる内に元に戻り、何事もないみたいに綺麗に塞がってしまった。瓦礫や破片が穴に吸い込まれパズルみたいにぴたりとハマって日々が消えていく。魔法でも見ている感覚だ。

「ついてきなさい。堂々と歩いても大丈夫よ、ここニ、三人しか住んでないからね。」

「こんなに家とかあるのに!?」

建物自体もそこまで古くなく、むしろ綺麗だ。灯りが漏れている建物もちらほら見かけるのだが、放置してあるのか?家の中はもしかして荒れているのか、と好奇心が湧きだしてくる。住宅街並に並んでいるのに、ほとんどが誰もいない家なのか・・・。でもなぜか「なんで住んでないの?」と聞く気にはならなかった。途方のない回答が返ってきそうだったから。

「なんで住んでないの?」

聖音が聞いた。さあ、どう返ってくる?

「知らないわよ。来た時からこうだもの。」

身もふたもない回答が返ってきた。現地の人が少ないのだから、知る術もないのかもしれない。ならよそで情報を集めて調べるなりにしたらよさそうだけど、興味なさそう。

スージーを先頭に再び縦に並んで歩く。今度はさっきより気持ちが楽だ。足場もいいし、警戒しなくてもいいし。

「勿体無いですね、ほぼ空き家なんでしょう?住みづらくなった地方の住人に移住してもらって全部提供したらいいのに。」

「えー、嫌。この寂れた雰囲気がいいんじゃない。」

マシューのいかにも現実的な意見に単に好みの問題で否定された。どっちもどっちでどうとは言えない。

道を何度か曲がり、坂を登ってしばらくすると、一際目立つ建物があった。街の外観には似合わない、カラフルなネオンが光る大きな看板が屋根に斜めにかかった、いろいろな小物で壁がぎっしりとしきつめられている。

「ここは?」

「ガラクタ屋。」

即答。初めて聞く店だ。ここでのガラクタがどんなものか知らないけど、まずガラクタと呼ばれるものをそのままの名前で売る感覚は俺の住んでいた国にはない。なので、ちょっと興味がある。

「街で集めたゴミや買ったゴミを売っている悪趣味なお店よ。」

少し間を開けてから続けた。あぁ、ガラクタってやっぱどこの世界でもゴミなんだ。でも、そのゴミもまだ知らないわけだし。いや、スージーは思いっきり悪趣味と言ってるし。ていうか、ゴミを買う。ゴミってそういうふうに売買するものなのか?頭の中で質問が尽きない。

「すごいな・・・。」

なんて声がする方を振り向くとマシューが壁にかけてある剣のおもちゃをじっと見つめていたがスージーに腕を掴まれ引き寄せられた。

「ゴミなんか売っていいもんなのかよ。」

「そもそも売れるの?」

オスカーと聖音の至極真っ当な質問に、口の端を上げ目を細め、なんとも意味ありげな笑みを浮かべる。

「売れなかったら何が楽しくてこんなことやってんのよ。入ったらわかるわ。あと、ここならアンタたちの探してる物も見つかるかもしれないと思ってね。」

スージーさん・・・!思わず心の中でそう呼んでしまった。結局俺たちの用事に付き合ってくれている。時々ものぐさな態度を取るけど、いい人なんだな・・・。

小物が揺れるドアが開いたその中、独特の雰囲気が出迎えてくれた。相変わらず雑多にかけられた物、物、物・・・。値札がついているので売り物なのはわかった。で、そのものと言うのは生活用品、服、家具やレトロな電化製品。この世界ならではなのか、ゲームでよく見る剣や斧などの武器に盾や兜といった

いわゆる防具まで売っていた。あとは隙間を意味不明なオブジェや雑貨が埋めている。値札がついているものもあればただ飾っているだけのものもある。

ランプやカラフルなライトが照らしているにもかかわらず薄暗い店内の中心の奥。カウンターにいるのは大柄で筋肉質の男。シンプルなワイシャツを着ている。右腕は袖が破けていてそこからは獣のような毛むくじゃらの太い腕がのぞいており、顔にはゴーグルをはめていた。

「へい、らっしゃい。おっ、スージーじゃねえか。ってたくさん連れてきて・・・。」

ニタニタと嫌な笑顔でフランクに話しかけてきた。スージーがマシューを強引に前に押し出し頭を雑に二回叩く。

「コイツはアタシの可愛い弟子のマシューよ。」

マシューは少し彼女の勢いとノリに振り回され困惑しながらも丁寧にお辞儀をした。男はずいっとカウンターから身を乗り出し、マシューの見開いた目をなぞった。えっ?眼球に指を触れて痛くないのか!?と見ていて感じたが、そこも俺たちとは作りが違うみたいだ。

「へぇ~・・・やっぱいつ見てもいい目だ、うん。で、そっちの三人は・・・においが違うな?」

次に俺たちの方を向いた男から笑顔が消えた。

「匂う!?」

その言葉にいち早く反応したのが聖音だった。袖を鼻に寄せて犬みたいに小刻みに匂いを嗅ぎ始める。俺も一応、服がこれしかないとは言えちゃんと洗って乾かして、ここにくるまで特に匂いがまとわりつくような場所を歩いてきたわけではないと思うんだけど。

「嗅覚異常なのよ、コイツ。」

スージーがマシューの肩に腕を置いてそう答えると男は皮肉っぽい笑みをこぼす。

「異常とはひどいねぇ。あと、オレの名前はライナスだ。お前ら、何者だ?」

どうしよう。俺たちが「自分とは違う」と気付かれた。連れてきたのはスージーだ。ライナスが「仮に人間だと気付かれても大丈夫」だからなのか、うまい具合に庇ってくれるのか。

「人間よ。いろいろあって子守りしてんの。」

子守りって・・・。

いや、そんなことより人間だと普通に話してしまった。つまり前者か?ライナスは椅子に浅く腰をかけ、指で顎髭をなぞる。口はまん丸だ。驚いて二の句がつげない、といった感じか。

「こりゃたまげたなぁ・・・。」

力の抜けた声だ。

「しかも、お前さんのとこに集まるなんてなぁ。これも運命ってやつなんかねぇ。」

その言葉のお前に反応したのはスージーだった。

「余計なこというとはめてるそれごと目ん玉撃ち抜くわよ。」

低く威圧的な、苛立ちをここまで具現化したかといった声に聞いてるこっちは一瞬、ゾワっと身の毛がたった。

「器用にも程がねぇか?」

ライナスの方はそう言うが特にビビっている様子も無い。

「で、わざわざこんな話しにきたわけじゃあないだろ?早くも弾切れかい?」

「いーや。ガラクタの中にこの子達の持ち物があるかもしれないと思って。」

俺は店をぐるっと見回してみる。店内には俺たちの持ち出した物は置いていなかった。

「ねえ、これなんですか?」

聖音が綺麗な香水瓶を手に取っていたりオスカーが音の鳴るおもちゃを無表情で遊んでいるは見てみぬ振りをした。プピーとか奇妙な鳴き声だけは耳障りで防ぎようがなかったが。

「ほーう?で、この中にはあるかい?」

「いいえ。置いてきた場所は公園で三日か二日前に訪れました。物はバットやチェーンソーや、それから・・・。」

なるべく丁寧に説明しようとしてもなぜか気持ちが焦ってうまく喋れないでいた。しばらく黙り込んで何やら考え事をしている素振りを見せるとゆっくりと腰を上げる。

「ここ数日回収した物は地下室にしまい込んだままだ。検品してから店に並べるんだ。」

カウンターの下に大きな体を潜らせていく。ガチャガチャと金属が擦れる音がした。ガラクタなのに検品をする。売り物である以上品質優先、ちゃんと商売人としての心掛けはあるようだが、なんだか俺の中でガラクタと呼ばれる物の価値観も変わっていきそうだ。

「どこ行った?・・・おっ、あったあった。」

ぬっとでてきたライナスの獣の手の方には小さなアンティーク調の鍵。

「見た方が早い。こっちだ、ついてきな。」

一同の注目を浴びた背中がビーズカーテンの中に消える。そして、その奥の無機質な鉄の扉の鍵穴を開ける。扉の向こうは真っ暗だったがそばにあるスイッチを押すと照明がつき、コンクリートの壁が確認できた。カウンターの横を通り抜け、階段を降りていく。いくら照明がついているとはいえ室内を全部照らすほどではなく、壁に添えた手に伝わる石の冷たさが拍車をかけて妙な怖さを醸し出している。

「電気代ケチってんの?さすがに暗いわ。」

文句をつけるスージーに乾いた笑いで返した。

「ハハハ、いや何。落ち着くし、俺に眩い光は似合わんだろう。」

「あっそ・・・。」

どう答えて良いかわからなかったんだろう。余計な一言が多い、というやつだ。でも、ここだけに限らず店の中も含めて、客のことをもう少し考えるんなら照明の明るさをなんとかして欲しいところだ。

広い空間にたどり着く。灰色の壁に囲まれ、上にポツンと蛍光灯。冷たい光が照らすのは、無造作に積まれた、まさにガラクタの山だった。クレーンが入って上から積み上げたのではないかというぐらい、首をあげなくちゃいけないほど高い山だ。

「うわぁ・・・。」

としか言えなかった。臭くはないものの、なんだか油臭かったり鉄の独特の臭いはした。

「頑張って探してくれ。物が頭に落ちたり、自分が落ちたり、はたまた落ちたものの下敷きになっても知らねえからな。」

「えぇ・・・。」

そこは無責任なんだ。

まあでも自由にさせてくれるのはありがたい。

「あっ!あった!!」

早速見つけたのはオスカーだ。ガラクタから持つ部分がはみ出している。幸いにも手に届く高さに刺さっていた。気合いの声と一緒に、力一杯引きずり出した。

「俺のバット!!」

ご満悦の様子で、今からボールを打つ構えでじっと見ている。

「俺のだけど・・・。」

そこまで気に入ってるんならバットぐらいやってもいいかな、もう。

「私のはどこかなぁ。よいっしょ!わっとと・・・え、わわわっ!!」

ロッククライミングの要領で出っ張ったガラクタを掴み、足をかけよじ登っていたが足場が崩れてあわや滑り落ちそうになった。

「聖音!!」

「大丈夫!?」

マシューと一緒に駆け寄ると、足元で丸いものを踏んだと認識した直後にそいつで滑って後ろ向きにすっ転んだ。

「いった・・・。」

痛い。いくら厚い帽子をかぶっていたとしても、硬い床に頭を打ったんだもの。

「私は大丈夫だけど・・・。」

「あわわわ・・・。」

マシューはさすがにハプニングの連続に混乱している様子だ。後頭部がまだガンガンとした痛みで響くが、マシになってきたと思う程度で体を起こす。

「大丈夫・・・。」

大丈夫じゃあないけどな。やれやれ、オスカーの件は俺のせいもあるが、ここんとこ最近散々だな。気を取り直して、ガラクタの山を探ることにしよう。そういやスージーは何しているんだ、と考えるとすぐライナスとの会話が聞こえてきた。

「こん中にタバコある?」

「道に落ちてるタバコなんかそれこそただのゴミじゃねえか。」

・・・そうだ。スージー自身はここには用が無いんだった。彼女のためにも早く見つけなきゃ。

「私のはなかなか見つからないなぁ~。」

上の方で聖音の声がする。身軽なのか、結構高いところまでひょいと登っていく。

「アンタは何を探してるの?」

スージーが下から声をかける。タバコは結局諦めて、代わりにりんご飴を持っていた。ツッコミを入れるのはやめた。

「包丁。」

まさか、探してたのか・・・。この中から見つかるのだろうか?俺なら見つかる気がしないから探す気にもならず諦めてしまいそうだ。

「そんなモンよりもっとマシなのいっぱいあるでしょ?どうせどれが誰のかわかりやしないんだから、好きなのを持ってっちゃいなさいよ。」

「いや、そーゆー問題じゃなくて・・・。」

聖音が探してるのは使えるか使えないか、からでは無いと思う。うーん、包丁も別になくしたからってどうこう言わないけど。バットに比べると生活に必要なものだし、それぐらい・・・。

「特別サービスだ。お前ら、好きなのもっていきな。」

腕を組んで眺めているライナスがそう言ってくれた。随分気前が良い。

「いいんですか!?ありがとうございます・・・!」

聖音が目を輝かせてあたりを探り始める。そして、お前らということは俺もそこに含まれる。でも、やっぱあのツルハシを探そう。俺は一回あれに命を救われている。戦うことを目的にした武器に比べると当然もろいけど、信じて使っていればまた助けてくれる一度の経験から根拠のない自信が湧いてくる。中の方に埋もれてなければ、すぐに見つかると思うんだが・・・。

「あっ・・・。」

あった!上の部分がはみ出している。さっきのオスカーのバットといい、長いものはこうやってはみ出しているのか。ちょうどいい足場もあったので、頭上あたりの所で止まり、腕を上げて力一杯引っ張る。幸いにも細長いだけの柄が中に刺さっていたので外に出すまでそんなに時間はかからなかった。もしこれが逆なら別だけど。

「いてっ!」

引っ張ると同時に頭の上に固いものが落ちて、床に落下する。おそらくツルハシを引っ張る際に中のものが一緒に出てきたんだろう。まったく、これだけ頭に衝撃くらったらいい加減バカになるぞ。

とか心の中でぼやきつつ、こういう所では邪魔なツルハシを持って下まで降りると、そこには黒くて細長い物体が落ちていた。

「これは・・・。」

スタンガンだ。実物はもちろんのこと、初めて見る。なんでこんなものが、ガラクタとして落ちているんだ?というツッコミは気にしだしたら終わりがないので置いといて、スイッチを押すと、青白い電気が走り、少しビビった。こいつはまだ使えそうだ。なら、なんで捨ててあったんだ?と、ますます気になるが・・・。

「そうだ。」

ジェニファーにあげよう。アイツの持ち物はシャベルだったが、それはそれとして、大きな物を持っていても扱うのが非力な女の子だとかえって邪魔だけなのではないだろうか。なら力いらずで邪魔にもならない、こっちの方が良さそうだ。にしても。

「初めて女の子にあげるのがこんなものだとは・・・。」

思わず呟いてしまう。状況的に仕方ないとしても、気が滅入る。うーん、二つもいらないか。やっぱシャベルはいっか。オスカーのバット、俺のツルハシ、ジェニファーには新しくスタンガン。ハーヴェイはどうだっけな、持ってたっけ・・・?アイツは確か銃だし、こっそり持ってそうだな。あとは・・・。

「やっべ、忘れてた!」

ある意味で一番忘れてはいけない物を忘れていた。むしろよく忘れていたもんだと感心するぐらいのブツだ。でも、あんなに大きくて目立ちそうなの、すぐにわかると思うのに山を一周してみても見当たらない。中に埋もれてしまったのか?

「何を探してるの?」

何も手にしていないマシューが聞いてくる。

「チェーンソーだ。セドリックの持ち物なんだけど。」

「あぁ・・・。」

若干表情が曇る。なんとなく、そうなる気持ちもわかるよ。

「すいません。あの、赤い色のチェーンソーはどこらへんにありますか?」

ライナスに聞いた方が早い。かといって、中の方にあると言われたらおしまいだが。

「チェーンソー?見てないねぇ。」

どういうことだ?

「チェーンソーも確実にあそこに置いていったんです。無いわけがない。」

「ンなこと言われても無いもんは無いな。そんなものだけ置いてったりしない、集めるからには全部集めてまわる。つまり、元から無いってこった。」

自分に非はないと、顔や声色に変化なく答えてくれた。ライナスが回収し損ねた、なんて事はなさそうだ。

「おかしいな。なんでチェーンソーだけ・・・。」

「誰かがチェーンソーだけ盗んだのかな?」

低い位置から飛び降りながらの聖音は言うが、信じにくいけど、不可能ではなく現実的だ。いったい誰が、何のために?しかしガラクタに既製品並みの価値を見出すこの世界ではおもわぬ需要があるのかもしれないな。

しかし一人だけ何もないのもかわいそうだ。いいものがないだろうか。

「・・・。」

視界に止まったのはピコピコハンマー。ちゃんとしたものを用意しといて最初にふざけてみようかと思ったが、この服にはポケットがそんなにない。残念だ。他をあたってみた。ナイフも悪くはないが、できたらあいつは遠くから攻撃できるものが好ましい。探せばもっと何か、あるはずだ。歩きまわり、探しまくるとボウガンがあった。こんなものも実際に見たら少し怖気付いてしまう。ハーヴェイに聞けば、もしかしたら使い方はわかるかもしれないしセドリックにはこれにしよう。

「ボウガン?かっこいいね。」

用が済んだのか俺のそばをさっきからついてくる聖音が話しかけてきた。女の子でもこれをかっこいいという感覚はあるのか。

「遠距離と近距離両方こなすの?」

「いや、コイツはセドリックにあげるんだ。アイツには何もなかったからな。」

すると聖音は戸惑いの表情でボウガンを覗き込む。

「でもリュドミール君、弓があっても矢がないと意味がないんじゃない?」

「あっ・・・ほんとだ。」

肝心の矢が装着されてない。これじゃあ使い物にならないガラクタだ。

「ちょっと待ってて。」

慌ててガラクタの山の方へ駆け寄り、何かを手につかんで戻ってきた。

「いいもの見つけたんだ。」

そう言って見せてくれたのは一回り小さな銃だ。ストラップがキーホルダーにして飾ったらいいぐらいのサイズである。悪趣味な小物になるが。

「そうだな、喜ぶかもな。」

笑顔で返したが、皮肉だ、これは。とりあえず受け取る。さて、どうしろと?

真剣な顔をしている聖音に、マジなのかボケなのか今一度問いたい。

そうだ。いざとなったら俺の持ってる例の銃をあげよう。ヘルベチカから貰ったものだが、魔物に対しては効果テキメン・・・だそうだ。

「そういや聖音は結局何にしたんだ?」

話題を変える。純粋に気になった。聖音はなにも持っていない。

「えへへ、秘密。」

女の子が秘密というのなら、秘密なんだろう。自分の身を守るためのものなんだから慎重に選んでいるはずだ。信じよう。さっきのは置いといて。


一通り武器になるものを手に入れて、俺たちはライナスの店を後にした。ライナスは、去り際の俺たちにこう言ってくれた。

「もしお前さんたちがそのガラクタで生き残ってまたここにきてくれたらサービスしてやる。俺は善人悪人問わねーからな。」

最後がよく意味がわからなかったが、条件を満たした上で機会があれば寄ってみたい。


改めて確認する。

俺はツルハシ、セドリックはチェンソーから銃、ハーヴェイは銃、ジェニファーはシャベルからスタンガン、オスカーは金属バット、聖音は不明。といったところだ。ようやく手の中に戻って一安心する。ツルハシなんて子供には馴染みがなさすぎるのに、妙に俺の手には馴染むんだ。将来は鉱夫にでもなろうかな?

次は来た道と反対の道を進む。路地裏には変わりないが、進んでいくにつれて変化があった。建物がややボロボロで、ガラスはほとんど破られている。よく見ると破片は全て屋内だ。段々雲行きが怪しくなっていく。

「・・・ここは?」

俺の質問に対しスージーは真顔で、口元に人差し指を添えている。静かにして、という仕草だ。ますます嫌な予感がする。

「殺伐としてるね。」

聖音は街を見ながら歩いていたのか気づいちゃいない。

「へへっ、なんか出てきそうだな。」

オスカーは元々こういうやつだった。マシューは警戒しているのか、緊張で強張った顔で街を見回している。

「出てくるから黙れっていってんじゃないの!」

小声でピシャリと叱りつける。・・・え?

「あっ。」

と言ったのはスージーだった。まるでうっかり余計なこと喋っちゃった、みたいな茶目っ気も感じる驚き顔。いやいや、そんな笑えない冗談・・・。

「風船?」

建物と建物の間からふわふわと姿を現したのは可愛らしい猫の形と顔の風船だった。長いひもが優雅に揺れるのでしっぽみたいでもある。それは聖音の目の前に向かって飛んでくる。あれ?風船が浮くのはさておき、風もそんなに吹いてないのに、しかも曲がってこっちに来たぞ?

「わっ、かわいい。」

浮きかたもなんだかおかしい。風船ってこんなに上下にリズミカルに動いたっけ?

「聖音、そいつは・・・。」

「えっ?」

触らないほうがいい、と止めようとしたが遅かった。聖音はひもを掴む。風船は頭上を飛んでいるのでもっと見たいならさらに引っ張ることになる。引き寄せたところでただの風船なら何も言わないが、俺の嫌な予感はまさか的中してしまった。ひもと一緒に、風船からずるりと手足のついた胴体が膨らみながら出てくる。その小さい頭のどこにそんなものをしまっていたと言うぐらい大きく、風船だったものは背の高い男性の身長ぐらいの高さがある着ぐるみのような姿に変貌した。

「わ・・・。」

聖音は棒立ちしたまま動けない。マシューが剣を抜くのを音で感じる。

胴体の腹部に一筋の線が走る。そこが割れて、広がって、まるで一つの口みたいに大きく開く。中は真っ黒だが、妙に鉄臭い匂いがした。

「ヘイ、ユー!!」

スージーの張り叫ぶ声がする。風船だったものは振り向くと、躊躇いなく放たれた弾丸がまず頭に当たる。後ろから見ていたが、頭から後ろに傾いたから察した。でも貫通しないから割れない。なんと弾を跳ね返したのだ。その弾を、屈んで避けてまたも発砲、大きい体が衝撃で震える。

「・・・・・・。」

風船らしきものはそれっきり動かなくなった。恐怖を感じる隙すら与えられなかったが、事が終わってからじわじわと体を這い寄ってくる。

「バブルガム、魔物の一種。こいつは何もしなけりゃ大人しいけど、紐を引っ張るとああなるのよね。アンタみたいに何も知らない奴を騙して食う、ずる賢い奴よ。」

バブルガムとは風船ガムの事で・・・なるほど、名付けた人はなかなかセンスあるな。じゃなくて。ここじゃあ中を浮いてるかわいい風船にすら油断してはならないのか。食うって・・・。

「今の見たでしょ?隙を作るためとはいえ、あの程度の物理攻撃は効かないのよ。口が開いた瞬間を狙うの。」

そしてスージーが敵を捕捉してすぐ攻撃をしなかった理由もわかった。でも、下手すれば聖音が目の前で捕食されていたのかもしれないと思うと、確実に仕留めるためとはいえ、素直に褒めにくい気持ちだ。

「初めて見た・・・。」

「お初でもなんとか切り抜けられるようにならないと、アンタはまだまだね。」

マシューも初めて見る敵にどう対応していいかわからなかったようだ。スージーには余裕が感じられる。まともな師弟関係を垣間見た。

「ほんとはもうちょい広い場所に出るまで静かにしていたかったけど、仕方ないわね。」

「そこは安全なんですね?よかったぁ。」

ほっと胸を撫で下ろす聖音。

「は?逆。たくさんいるから、戦うには広い場所の方が良くない?」

俺たちの安堵は無慈悲に否定された上で無茶なことを聞かれた。

「狭くても広くてもたくさんいる時点で全然よくないだろ!!」

俺の心からの叫びだ。聖音もなにも言わなくなった。

「いやいや、どう考えても広いほうがいいでしょ?私も直接殴り合う戦いには向いてな・・・。」

「師匠!今すぐ引き返しましょう!!急がば回れです!何も、こんな危ないところをわざわざ通る必要がどこにあるんです!!」

マシューの必死の講義に、話の邪魔をされたスージーは軽く面食らっていた。彼のいう通りだ、違う道があるなら迂回したほうがみんなの為だ。

「めんどくさ。このまま突っ切ったらすぐだから。」

「だとしても・・・わあっ!」

俺のすぐ隣、真上から長いものが勢いよく突き刺さる。石畳の道が簡単に抉れた。それは上へ上へ続いて長く、見上げると建物の屋上から顔を覗かせる黒い物体から生えていた。

「な、なん・・・なんっ。」

水面近くで餌を求める金魚みたいに口をパクパクさせる俺と、横目でチラッと見たら同じく餌を求めてる鳥の雛みたいに口を開けている聖音。マシューが剣を横に振るうとそいつは切れた。断面からぶらりと下がる。

「あれはなんて名前だったっけ?降りてきてくんないかしら。」

勘弁して、と言いたくなる。

「・・・!」

どこからか、ひたひたと濡れた音が聞こえる。気の緩みもすっかり消え失せ、緊張感が手足の先までいっぱいになる。今度こそは、とツルハシを音のする方向に構える。現れたのは、一言で例えると巨大なクラゲだった。沢山ある触手のうち二本を足のようにして歩いてくる。本体は半透明で虹色、中に無機質な丸い球体が見える。非現実的だが今まで見た魔物の中では綺麗とも思える見た目をしている。それが俺を油断させたのだろう。触手のうち一本が俺めがけてものすごい速さで向かってきた。

「危ない!」

しかし俺が行動を取る前にマシューがさっきと同じく剣で見事真っ二つにした。いや、俺が行動を取ったところで、間に合わないぐらいのとんでもない速さだったのを離れた距離から見切ってあまつさえ斬ったのだから、やっぱりすごい・・・。

次から次へと無数の触手が襲いかかってくるもマシューは剣を振るうだけでその場から一歩も動いていない。後ろを切られて短くなった触手が勢いを減らして飛んでいくのみ。恐ろしい剣捌きだった。目で追うことも出来なくなるぐらいだ。でも、魔物の足は減らない。攻撃を受けているほんの短い間に触手が断面から新しく生える。何か、いい方法はないのか?背後にまわっても私なる触手に当たるだろう。攻撃範囲が広くて、迂闊に近寄れない。斬ってダメなら、他に・・・。

あまり賢いやり方ではないかもしれないが、敵の情報をろくに知らないからダメ元だ。

近くにある大きめの石を、力一杯ぶん投げる。幸いにも体が大きいためによく当たる。一個だけではない、何個も投げる。時には落ちているレンガさえも。勿論、これはダメージを与えるのが目的ではないし、現に効いていない。ボヨンと跳ね返って地面に落下した。だが、あれほど忙しない触手がゆるりと動きを止めた。俺は看板がかけてある柱の近くへ移動した。

「マシュー!こっちへ来て、攻撃が来たら避けて!」

「わかった!」

俺なんかの指示に躊躇うことなく、敵に背を向けて駆け付けてくれる。魔物はすかさず、次なる攻撃の手を伸ばしてきた。・・・本当は、俺がここでお囮になれたらよかったんだけど、あの速さを避けれる自信は無い。マシューを信じてからこそ、である。読み通り、その攻撃はかわされ何も得られるものが無くなっ触手はというと、勢い余って柱に幾重にも巻き付いた。他の触手が建物の壁を突き破ったりガラスを砕いたりもしたが、マシューだけに狙いを定めている隙に距離を置いた俺は無事だった。他のみんなも建物の間などに身を隠していた。

一本だけでもいい、無防備なら・・・。

縮んで一旦離れていくのに対し巻き付いた一本だけは戻るのにやや手間取っている。今がチャンスだ。

「この・・・!!」

駆け出した俺はジェニファーにあげるはずだったスタンガンをピンと糸のように張り詰めた触手に力を込めて当てる。バチンと、聞いてるだけで痛みを感じてしまいそうな電流の流れる音は手応えを期待させた。コイツの弱点なんか知らないが、物理攻撃力に左右されない科学の力なら効いてくれるはず、そう信じた。


しんとした静寂が流れる。魔物はびくとも動かなくなった。

「・・・やったか?」

かといって警戒心が解けたわけじゃないが、もしこれで動かないままでいてくれたら、どれだけいいことだろう。

体に赤い線状の光が上から下へ動く。

「みんな、離れないと死ぬわよ。」

今まで黙って見ているだけだったスージーが一足先に反対側の道へ走っていった。何がなんだかわからず、消えない恐怖を抱えたままあとをついていった。




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