6

ーーー・・・。


「ふざけんじゃねえこのクソ野郎!!!」

「お、落ち着いて!!」

頭に血の気がのぼって真っ赤な顔で喚き散らすオスカーはマシューに羽交い締めにされていてもなお手足をばたつかせ、力づくで抜け出そうともがいている。聖音は二人の隣で慌てふためいていた。

よく聞く、咆哮のような大声もうるさいだけの他人事と聞いていたが、自分に原因があってそれをその大声で責められると、竦んでしまうし、心の奥から怯えそうになる。

「これが落ち着いてられっか!!はぁ!?じゃあなんだ、全部お前らのせいだっていうのかよ!!」

「だけど、悪気はなかったんだよね?初めからこんな事になるなんて思ってもなかったんだよね?」

聖音が俺の側について宥める。当然、オスカーの怒りは簡単に収まらない。

「お前も巻き添えくらった側じゃねえか!なんで平然としてられる!?」

戸惑いの表情を浮かべ、一瞬動きが止まった。

「そっ、そうだけど・・・!」

再び、今度は前に立ちはだかる。

俺は、何も言えず、何もできなかった。

罪悪感が「俺に何をすればいいのか」わからなくさせている。

謝ってもそれで済むのかと言われたらそうじゃないし、もっと詳しくいうと言い訳と思われるにちがいない。

俺はどうしたい?

許してもらえるなんて思ってない。なら言い訳と捉えられようと詳細を話すべきか?

結局、怖いだけなのでは?

「黙ってないでなんとかいったらどうなんだよ!!」

「俺だって、こんな事にまでなるなんて思わなかったんだよ!!」

口から出たのは詳細ですらない、本当の言い訳だった。

「ならなんだ?だからしょうがねえってなるわけあるか!!」

「わかってるよ!!」

どうすればいい?とりあえず、どうすれば落ち着いてもらえる!?

「じゃあ、今までテメェ、俺らをどんな気持ちで・・・。」

するとずっと他人事のようにタバコをくわえて眺めていたスージーが間に割り込んでくる。

「ハイハイ、そこまで。」

とはいえ、真面目に止めてくれる気はないようだ。

「うるせぇ!お前は黙って。」

次の瞬間だった。スージーは掌に隠していた小石を指で弾き、オスカーの胸の真ん中に命中させた。マシューと一緒に後ろに雪崩れるように倒れた。

「黙るのはアンタよ。そーゆーのは後にして頂戴・・・で、リュドミール。アンタだったのねぇ。」

彼女は何を考えているわからない、それこそいつも通りといった様子だった。

「いや、話を聞くに主犯はそのセドリックって奴でしょうけど。」

事の発端こそ、アイツだが・・・。

「セドリックはあの儀式自体、自分一人で実行するつもりで、それを記録するか証人にするために俺たちを呼んだんだ。」

まあ、もし本当にセドリックだけ消えて俺たちが証人として残されたところでどうしようもないのだけれど。

「みんな、そーゆーの好きよね。アタシはちっとも興味ないケド。」

気付いたらいつの間にか腰を上げていたオスカーとマシュー。コートについた砂をひたすら払いながら話の中に入った。

「僕も知ってるよ。聞いたことがある。一時期噂になってたよね、儀式を行った子供達が丸一日行方不明になったんだって?でも儀式の後のことは何にも覚えてないから結局謎だらけなんでしょ?」

こちら側の住人でありながら、唯一世界を跨ぐことが可能な存在だとしてもやたら詳しいな。

セドリックは説明していなかったが、儀式を実際に成功させた人間は当時の記憶を覚えていないという。証拠はせいぜい、防犯カメラが捉えた儀式を執り行っている場面のみで消える直前から後は決まって何らかの問題が生じてカメラに写っていない。みんな、その時の記憶はしっかり残っている。セドリックがわざわざ記録を頼んだのは、それもあるからかもしれない。

「・・・・・・。」

オスカーは、仕方なく黙って聞いている雰囲気だった。

「ねえ、リュドミール君。・・・魔法陣の現れた場所に、別の魔法陣が描かれた紙を持って立てばいいんだよね?」

聖音が首を突っ込んできた。嫌な予感がする。そうだったっけ・・・?

「今までの儀式って、全部偶然によって起こったの?セドリック君みたいに、元の儀式を真似して最初から実行した例は他にあるの?」

俺は正直、例の儀式について詳しいわけではないが、ニュースで見た情報はどれも一貫していて「例外」はなかった。

「知っている限りでは、行方不明になった人はみんな偶然だ。アイツみたいに興味本位で見様見真似でやる人も出てきただろうが、それで成功した人は知らない。」

つまり、模倣して成功した例はセドリックが初、となるのだけど、予想外の事態を招いた結果は成功とはいえないのではないのだろうか?

「でもさ、随分と簡単にできちゃうんだね。儀式に必要な条件って比較的簡単に揃えられるものばかりじゃない。魔法陣だって、写真か何かに記録してそれ通りに描けばいい。」

聖音がまた長々と続けた。でも、今度はいつもとなんら変わった様子のない聖音だった。

「そんな誰でもすぐにできそうなまじないで人が消えるなら大きな社会問題だよ。なのに、なんで噂程度で終わったのか・・・。」

突然腕を組んで考え込んでしまう。

「実際に行方不明になったのはごくわずかだからだ。」

どんな名推理が飛んでくるかとおもいきやマシューが続けた。なぜか少しだけホッとする。そしてマシューの言う通りでもある。近所でも、やってみて出来なかったとよく聞いた。喫茶店でもたまに話題となった。俺は本気にして聞いてなかったが。

「僕、思うんだ。もしかしたら「他に条件がある。」あるいは「こっちの世界が干渉している。」のではないかってね。」

前者は理解できるが、後者の意味がいまいちわからない。

「つまり、他に何かあると?」

「うん。たったそれだけで成功するなんて変だと思ってたんだ。何か他に条件がある。後者だって、僕みたいな力を持つ者がもしかしたら他にいるかもしれない。」

儀式全てにこっち側が関わっていた可能性もある。となると、おびき寄せた人を魔法陣でこっちに喚んだ、ということにもなるか?

だとすると一体なんのために?たった一日で返してるんだ。何をしたんだ?何が目的なんだ?前者だって、セドリックには揃っていた条件とはなんだろう。いずれにせよ・・・。

「儀式に必要な魔法陣、あれが何か関係しているんだろう。」

マシューが俺の考えを言葉にした。

「セドリックに話を聞けば一番早いんじゃないの?」

「そうだね。うーん・・・今日は時間が取れないなぁ。」

スージーの提案に頷く。

ん?別にマシューが聞く必要はないのでは?この流れは、もしかして・・・?

「お前にはもう関係ないだろ。」

あまりにも素っ気ないオスカーに対し、マシューは暑苦しいほどの真剣な表情と一緒に前のめりで迫る。オスカーは若干引いていた。

「ここまで来て関係なくないよ!仲間は多い方がいいだろう!?」

さすがに勢いが過ぎたことに気づき、しばし間をあけて平静を取り戻す。

「・・・僕も責任を感じているんだ。助っ人みたいな感じで君達の前に現れてから、何も出来ていない・・・。元の世界に帰してあげたい、それは本当なんだ。」

オスカーみたいに言うつもりはない。スージーが言ったように、ここまで付き合う義理はない。なのになんで、責任なんて言葉まで出てくるのか。十分助けてくれたはずなのにただ単に卑下する性格なのか。

「その魔法陣について僕も調べてみるよ。何かわかるかもしれないし。」

行動がかなり制限されている俺たちにはこれほどありがたい話はない。ひたすらに「異端」と扱う世界で、その世界側でありながら全面的に協力してくれるなんて感謝の言葉で表すのも申し訳ないぐらい。

「ありが・・・。」

「言っとくけどアタシは関係ないからね。」

礼を言いかけるとスージーが突き放すような口調に掻き消された。

「師匠・・・。」

困り顔のマシューにも容赦ない。

「アンタがどうしてもっていう時ぐらいは手伝ってあげてもいいけどね。」

無理を強いるつもりはない。というか、スージーの方こそよく助けてくれたと思う。そりゃあ、居てくれたら心強いけど。

「今までありがとうな。」

単純に礼を述べると、何か手品でも見せびらかしたように目を丸くしてびっくりした。

「アンタ・・・。」

俺が礼を言うのが意外だったのかな?

「フン、こっちから願い下げだね。」

オスカーが手で払う仕草をする。スージーは特に反応を示さなかったが、聖音の方が慌て始めた。

「オスカー君ったらまたそんな・・・。」

どちらも態度を変えようとする気配はないので、聖音の気遣いは無駄に見えてくる。

「さぁて、マシュー。あと一箇所まわるんだっけ?」

むしろさっさと次の目的へと話を進め出している。マシューが首を縦に頷きながら返事をすると、タバコの煙を一気に吐き出した後で視線をこっちに移した。

「じゃあアンタ達ともお別れということかしら?」

名残惜しい気もするが、二人は二人なりの用事があるんだから邪魔してはいけない。俺たちに関わるんなら尚更だ。

「そうなるな・・・どうする?アマリリアの所に戻るか?」

アマリリアの屋敷にいるセドリックに早速話を聞きに行くべきだろうか。

「早急にお尋ねして尋問なりなんなりして洗いざらい聞き出したい所だが、せっかく冒険しに外へ出たんだぜ?もうちょい寄り道してもいいんじゃねえか?」

嫌味を込めた部分はわざとらしく丁寧に、語彙を多めに含み最後は途端にくだけた言い方になった。長い時間うろつくわけではないんだ。どうせ帰るんだから、今すぐとはいかなくてもいいだろう。

「だよね、なんだかもったいないよね。」

聖音も賛成のようだ。俺も同意だ。

「どうせ聞くんなら一通り探索して、帰ってからでもいいんじゃないか?・・・あ、でも、コレを直してくれないと・・・。」

倒れて動かないアルツーを見遣る。もう、彼が聞いてはいけない話も終わったのだからそろそろなんとかしていただかないと・・・。

「それは・・・。」

オスカーがらしくもない小さな声で呟いた。

「それは?」

一体なんだろう。

「・・・そうだ。アタシ達と一緒に来る?」

「師匠!?」

その時、スージーからまさかすぎる提案が出た。特に深い意図も感じられない、逆にみんなの反応を楽しんでいるかのような無邪気な笑顔だった。一方でマシューは幽霊でも見たみたいな驚き顔だし、俺はあっけらかんと立ち尽くすよりほかなかった。

「ま、たまにはこっちにも付き合ってもらおうじゃない。ね?別に、コイツらは何もせず付いてくるだけでいいんだし、アタシとアンタがいれば死にはしないわよ。」

頼もしいお言葉感謝に尽きない。でも、まだ理解が少しばかり追いついていない。

「え!?ほんと!?・・・あ、そちらがよければ是非・・・。」

聖音がキラキラ目を輝かせて食いついたあと申し訳程度の遠慮を見せる。いいから誘っているんだろうが。どっちかというとそれ、向こう側が言うセリフでは?

「下手に足を引っ張りさえしなけりゃね。」

ようは本当に何もせずただついてこい、というわけだ。確かに、俺が二人の役に立てることなんてありそうにないもの。加えて手ぶらだし、何かあったら大人しくして守ってもらう方がかえって安全だ。

「この世界のこと、まだ詳しく知らないし・・・ついでだとしても、頼もしい二人と一緒に周れるなら、そうしたいな。」

スージーは上機嫌だ。見てるとわかる。マシューはまだ戸惑っているが、これ以上反対する理由もないようだ。

「ふふん、そうこなくっちゃ。」

と言ってまだ半分あるタバコを踏み潰す。あとはオスカーだ。視線を向けると腕を組み、一際険しい顔で俺の方を睨んでいる。

「これといった目的も無くなった。俺は構わないね、ついてってやるよ。・・・ただし。」

偉そうな上から目線の態度は、それがアイツにとっての普通なので気にしちゃあいない。が、また条件をつけてくるのかと、微妙にうんざりした。

「どうにもこうにも、一発殴らねえと気がすまねぇ。リュドミール、お前、ツラ貸せ。」

違った。でも、そうなりそうな予感はしていた。アイツはまず俺が心底嫌いで、この件について被害者、そして性格上、このまま黙って許してくれると思っていなかった。

大抵オスカーの誰かに対する暴力は理不尽が多い。暴力に正解はないんだろうが、そうしたくもなるような理由がちゃんとある。

だからこそ、俺は理屈を垂れないし、逃げない。そりゃあ痛いのは嫌だけども、逃げてばかりも良くない気がする。

「・・・わかった。」

でもやはり、心のどこかでは理不尽を感じていて、ややふてぶてしいような、渋々とも捉えられる小さな声が出た。

ああもう、すでにやる気満々じゃないか。手なんか鳴らして。

当然、聖音がオスカーの前に両手を広げて立ち塞がった。

「ダメだよ!殴るなら私を殴って!」

「意味わかんねぇよ!なんでそうなんだよ!どけ!」

オスカーの言う通りだ。頼む、今は邪魔しないでくれ。庇われたくない。少しでもふざけられたら俺の覚悟が壊れる。

無理矢理押しのけて、ゆっくりと近づいてくる。顔の筋肉に力を入れて、痛みと恐怖に耐える準備をする。

「ねえ、人間の仲直りって暴力で解決するワケ?」

「んっん~、いや・・・そう言うのも、なくはないけど、こんな一方的って、いや、どうなんだろうなぁ~?」

スージーとマシューの会話が耳に入る。マシュー、男ってのは時に拳で友情を深める生き物なんだぞ。・・・いや、俺とアイツの間にそんなものはあるのか?俺の想像しているものと今の状況もなんか違うな?

「男の子はよくわからないや。」

呆れたと言わんばかりの聖音。もう他に思考する余裕はない。目の前まで迫りきてる。

「行くぞ!!」

腕を引き、正面を向いた拳が遠くに見えるのが殴られる前に見た最後の光景だ。ぎゅっと目を閉じ、奥歯を噛み締める。ああ、これは顔面にくる。拳の位置で把握した。怒りに任せたアイツがこざかしい手は出さない。


そして、頬に、まるで大きな石が勢いよく飛んできたか如くの衝撃を一点に喰らった。それからしばらくの間時間の流れがスローモーションに感じた。ほんの一瞬が数秒に伸びた程度だったがそれが長く感じる。

覚悟を決めたあとはいらなくなった瞼の力がなくなり目が開くと、視界に映る世界は高速で回転していた。

「ぐあっ・・・!」

第二波の衝撃を今度は全身に食らった。しかし、痛みでいったら当然最初の時の方が強いに決まってる。殴られた瞬間は衝撃の方が勝っていた。あとからすぐにじんじんしたなんともいえない強い痛みが追いかけてくる。咄嗟に手で押さえるがそんなものでどうにかなるわけない。なんかもう、頭が重く感じる。でも涙まで出なかったのは殴られるとわかっていた俺の覚悟も相当だったからなのではないか、と思いたい。いや、今はただただ痛い。それだけだ。

「大丈夫!!?」

真っ青中をしたマシューが駆け寄ってきた。聖音も酷く心配している。大丈夫なわけあるか。脳味噌が頭から突き破って飛んでいきそうだったわ。

「・・・クソみたいに痛い。」

やせ我慢なんかできるか。痛いもんは痛い。

ゆっくりと上半身だけを起こして素直な感想をこぼした。

まあこればかりは、痛くないと意味がないんだが。

「リュドミール君、文字通り吹っ飛んだんだよ。」

聖音曰く。そういや足が地面から離れ体が宙に浮かんだ感覚もあったな。一瞬だけど。

「そっか・・・いたた。」

としか言えない。と、口の開き様によっては痛みが倍増する。しばらく喋るのにも慎重にならなくては。

「よし、じゃあ行くとするか。」

どうやらこれで本当に気が済んだのだろう、何事もなかったようにオスカーは俺の横を通り過ぎる。俺はマシューに体を起こすのを手伝ってもらってやっと立ち上がった。

「・・・なあ、オスカー。聞きたいんだけど。」

「あ?なんだよ。」

振り向くアイツの、なんとまあ平然とした顔。心なしか、スッキリした風にも見える。

「これで気が済んだんなら、他の奴らには何もしないよな?」

そうだ。俺で終わりにしてほしい。

「チャラにはしねーが、他はそもそも殴る気すら起こらねえ。」

よほど嫌われてるんだな、俺・・・。今更ショックを受けやしないけど、改めて痛感したというか。

「俺ならいいのかよ。」

思わず不服をこぼす。

「お前がいいんだ、いろんな意味でな。」

返ってきたのは、意地の悪そうな笑みを口端に浮かべたオスカーの、よくわからない言葉だった。

いろんな意味?嫌いなら嫌いと言えばいいのに。

「二人はどういう仲なの?」

こっちの顔を覗き込む聖音が聞いてきた。

「こーゆー仲だよ。結局、アイツは俺が嫌いでたまらないんだ。」

「ふぅん。」

聞いておきながら素っ気ない、つまらなさそうな反応だった。聖音といい、オスカーといい、いざ話す機会が多いと意外と疲れるな・・・。セドリック達とは違って心と頭を翻弄される感じ。

「こっちを通るわ。」

一悶着終わったところでスージーが先頭に、一番後ろをマシューで挟んで列を作り公園を後にした。

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