第20話 破壊-(20)
「たしかに。ただでやれっていうのも気の毒だな。……じゃあこうしよう。金輪際、お前含めお前の家族を蔑ろにすることをやめる。俺の父や村人にも同じことを強要する。これでどうだ?」
それはユキムラにとって魅力的な条件に思えた。
滋道がマサユキを目の敵にしなければ、幾分か溶け込みやすくはなるだろう。それに、生まれてくる弟妹を自分と同じような嫌な目に遭わせずに済む。だが、
「お前が約束を守る保証はない」
「長の息子として誓おう。まあ、そもそも似非帰天師の息子なぞに拒否権は無いはずだが」
八百長に協力したら、家族を蔑ろにするのをやめる。それは裏を返せば、協力しなければ絶対にやめないということだ。不服にも、拒否権が無いというのは事実であった。
「お前、どうしてそこまでして喧嘩したいんだ」
「分からないか? 白蓮さんがお前を諦めるためだよ」
「はあ? 仮に俺が喧嘩に敗けたとして、何が変わるとも思えないのだが」
「そういう見方もあるだろう。だが、俺としては小さな口実ができさえすればいいんだ。お前と白蓮さんを遠ざけるための」
要は白蓮に「ユキムラは八雲より弱い」という印象を植え付け、何かとつけて誘い出そうという魂胆ということだ。陰湿で、執念深く、それでいて計算高い。つくづく性格の悪い奴だ、と思わず口から零れそうになる。
「とにかく、条件は分かったか?」
八雲の呼びかけに対し、ユキムラは黙り込む。
どうすればよいか、見当がつかなかった。
醜態を晒してまで、この条件を飲むべきか。
現状は、白蓮と家族を天秤にかけているようなものだ。ここで自分が敗ければ、八雲は調子に乗って白蓮を連れ回すだろう。
だが、勝ってしまえば、自らの家族は永久にこの村に溶け込めない。不利益を被り続けることになる。
どうにせよ、苦い思いをするのはこちらだけであり、不公平の極みのような申し出であった。
首を縦に振れずにいると、肯定と見做されたのか、すかさず二撃目の拳が飛んできた。
***
ユキムラは不思議だった。
どうして自分は殴られているのか。どうして自分はやり返さないのか。躱して、あのムカつく顔面に一発ぶち込むだけでいいのに。その隙は嫌というほど沢山あるというのに。どうして体は動かない?
頬が赤く腫れ、痣まみれになってもなお、八雲は手を緩めなかった。
日頃の鬱憤を晴らすかのように、腹を思いっきり蹴られる。幼稚な嗜虐心を煽ったのか、手加減の知らない蹴り方だ。すでに反撃の意志は潰え、ユキムラはただ地面に蹲るのみであった。
白蓮が必死に叫んでいるのが聴こえる。
その内容は主に八雲に対する罵倒。声は枯れ果て、涙すら混じっているように思えた。
もうすぐだ。あと少し耐えさえすれば、全部終わる。
そうしたら、自分たち家族は幾分生きやすくなるだろう。事の発端は、だらしのないマサユキのせいであるが、ユキムラは最早恨めしいとすら思わなかった。それはたとえ父がまめまめしくあったとしても、関係なくあの親子ははみ出し者として扱ったに違いないからだ。だから、悪いのは父ではない。そのことを、漸く理解した。
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