File.17 狂濤戦・参 覚悟のその先へ
――少女を突き動かすものは、尽きる事無き嫌悪である。
莫迦は嫌い。大人は嫌い。退魔士も嫌い。生きとし生ける人間が目障りで、心の内で嫌い嫌いと連呼する。
別に正義を騙るつもりはない。目には目を、歯には歯を。悪意には悪意を、殺意には殺意を。憎き害悪を縊り殺す為に、私は悪辣を以て立ち上がる。
『この町のルール、罪人は殺しても構わないっていうアレ。最初聞いた時は無茶苦茶言ってると思ったのだけど』
敵は見据えた。無辜の少女を我欲が為に誘拐し、それを餌として私達を待ち構える罪悪共。成程、とんだ極悪人だ。首が飛んでも文句は言えない、そんな連中をどれだけ縊ったところでお咎め無しだなんて。
『――赦される暴力は蜜の味ね』
少女は嗤う。眼鏡の奥で光る赤珊瑚の瞳が、来たる惨劇を渇望するかのように静かに揺れる。
『行くわよ、日辻、望。害悪の野望を阻む為に』
そして私は戦地に立った。巨大な
「……だめ。僕は、まだ救ってないのに――」
「――いいえ、貴女は助けてくれたわ、黒羽君」
瞳を閉じて倒れ込む戦士の身体を細い腕で支え、此処まで同行してきた二人の退魔士に視線で合図する。
「……そっか。あんなに妖力を戦闘に使う事を躊躇っていた貴女も、覚悟を持って戦ったのね」
日辻にぼろぼろの少女を預け、改めて立ち上がる。この鴉の活躍で大幅に頭数は減らせただろうが、それでも数の優位は覆せない。最終目標は救うべき鳥谷の娘の救出、その為に目標地点まで最速で進まなければ。
「――交代よ。私だって、覚悟は決めたから」
「有希、もしかして」
「日辻と望は黒羽君をお願い。……大丈夫。私、負ける気しないもの」
不安気な顔をする日辻に笑みで返し、再び駆ける。大丈夫、目指すべき場所も打ち倒すべき敵も見えている。その上あの子の覚悟まで受け取ったのだから、きっと為すべきを為せるはず。
「……出さないとね、全力」
『来たか、錆鉄』
苦しい中で、誰かの声が聴こえる。耳障りな、イヤな大人の声。
『あの紫の小娘は想定外だったが、それでも相討ちにまで持っていけたのだから上々だ。加え、あの魔眼の娘も対策さえしてしまえば恐れるものではない』
苦しい。痛い。辛い。身体中に力が巡って、それが自分を塗り潰すような感覚。綺麗な絵を黒い絵の具で汚すみたいに、自分を何かがボロボロにしていく。
『……時間だ。
『――わかり、ました』
パパ、ママ、ごめんなさい。ボクはテレビの中のヒーローにはなれないみたい。あんな格好良いヒトになりたかったのに、それなのに。
「……誰か、助けて」
「……呼んでる」
目を覚ます。手探りで地面に手を突こうとしたけれど、返ってきた感触は硬いアスファルトとはかけ離れた柔らかな手触り。これは、綿、だろうか。
「あっ、動かないで!酷い怪我してるんですよ、黒羽さん!」
「……望?それと……あぁ、モコモコか」
「日辻さんだよぉ。さっきまで戦ってたのぉ?」
「……そうだ、行かなきゃ。僕は約束したんだ。救うって、助けるって約束したんだから」
起き上がろうとするが、どうやら日辻の綿のベッドに包まれているらしく上手く力が入らない。加えて先の人形共との戦いで血を流し過ぎたらしく、未だ少しふらふらして。
「無茶しちゃ駄目だよぉ。今は有希が頑張ってくれてるから、ゆっくり待ってようねぇ」
「……そう、有希が」
――けれど、それでも止まる理由にはならない。『頑張りましたが駄目でした』なんて言葉を持ち帰る訳にはいかないのだ。救うと誓った以上、この脚が動くのならば僕は立つ。折角戦地に立ったのだ、小休止に甘える道理は無い。
「黒羽さんっ!」
「分かってる。……けれど、ちゃんと迎えてあげるのも大事でしょ」
――鳥谷の娘を助ける。その為に私は駆ける。
結界の中だろうと彼女の居場所は容易に推測出来た。道中で会敵する鋼鉄の兵隊、それらは何かを守るように配置されている。つまり敵の多い所を辿れば彼女の元に辿り着ける、全く以て単純だ。
『ギィ ギ――』
「軋むしか出来ない癖に邪魔するなっ!」
そして行く道阻む鋼鉄共を踏み越えて先に行く。硬くとも動きは遅く、手に持つ銃口の向きさえ見ていれば簡単に対応出来る。全く、この私をこの程度の兵力で足止め出来ると考えた連中の程度が知れる。
「退け、『
跳躍と共に一体の錻力人形に
「――『
――
「私の目的は鳥谷の娘の救出よ。お前等の相手なんてしてる暇なんて――」
『――よく喋りますね』
瞬間、響くは鋼の音。死角から放たれた一閃が私の背を狙い――そして私の振るう手車に弾かれる音。ようやく現れた強敵の気配に口角を上げ、響音の方向を振り向いて。
「目的は鳥谷
「――え」
――しかし、私の笑みは一瞬で消え失せる。不意討ちを狙ったその敵のその姿に、思わずぽかんと口が開いたままになって。
「しかし、私も『
神化論とやらを名乗る敵。喪服のような黒いドレスに身を包んだ、桃色の髪を風に靡かせる小柄な少女。薙刀を抱えるその身体からは眼鏡越しでも分かる程の強い魔力が感じられて。
「……何で、その顔なのよ……!」
「これ以上語る言葉はありません。お覚悟を」
――酉の神化論。その姿は紛う事無く、私達の救出目標であった鳥谷 水鈴と同じ顔をしていた。
「『
「まずっ、『
そして、その救出対象と同じ姿の少女は私の揺らぐ心を見逃してはくれなかった。一気に踏み込んで放たれた掌底に対応が遅れ、瞬時に手車の紐で網を張るが間に合わず。腹部にクリーンヒットした一撃で四、五メートル吹き飛び、ようやく状況を理解する。
「……けほっ。この威力、
「『
「――止まってる場合じゃないわね!」
吹き飛んだ先で散々見てきた錻力の兵士が銃声音を鳴らす。寸前で手車を振るい弾くが、その間にも二発目、三発目と放たれる鉛玉。精度自体は然程でも無い為に対応は出来るが、物量を思うと一々相手取る暇は無いだろう。
「一旦退避!『
一先ずは距離を取るべき。そう判断して兵士に手車を巻き付け、その勢いに任せて飛び上がる。同時に眼鏡を外し、あの神化論とやらを睨んで――。
「『
「『
けれどそう上手く事は運ばないらしい。唐突に降ってきた巨大な猿の縫いぐるみが視界を阻む。奴を手車で薙ぎ払った頃には既に視界の外。察するに彼女の魔力は人形の使役、或いは呼び出しなのだろうが、このまま物量で押されるのは避けたいところだ。無論、相手もそれを理解しているからこういう手段を取っているのだろうけど。
「……成程、神化論。そういや〈
推測する。今まで会敵した暴霊獣の多くは発電機のような物品を核として生み出された魔獣だった。黒羽君の時のような例外もあったけれど、あれは彼女が大事に到る前に切り離したが故の出来損ないのようなものだった。
しかし、現在会敵している救出対象と同じ顔をした神化論を名乗る少女を見るに、本来の用途はこういう事なのだろう。退魔士や妖に打ち込み、魔力妖力の性能を底上げする霊薬。自我への影響は……今のところは不明だが、聞き取り調査で知った性格とはかなり齟齬が感じられる。暴走か操られている状態なのか、或いは本当に神に到って視座が変わってしまったのか。
「……目的は彼女の救出だったのだけれど。五体満足で帰してあげるの、難しくないかしら――」
「……本当に、良く喋る方ですね」
ざしゅ。何処かで音がする。肉と内臓を貫く音。見下ろすと、私の腹から冷たい刃が飛び出ていて。
「がはっ……」
「おやすみなさい。良い夢を」
――黒羽君は、覚悟を決めて戦った。使いたくなかった妖力まで使って、死に体になってまで救う道を選んだ。
ならば、私が決める覚悟とは何か。使いたくなかった魔眼の『先』を使う事か。愛すべき人間性を捨て去る事か。或いは、怪物である道を選ぶ事か。
――違う。勿論それも覚悟だが、それは前提の先にあるものだ。私が今まで抱いていなかった、礎にすべき覚悟。それは――。
「……なんてね。捕まえた」
腹から突き出た刃をがしりと掴む。手の腹と掌からの流血で濡らしながら、にやりと嗤ってしっかりと掴む。
「なっ!?」
「最初の不意討ちから思ってたのよね。『この子は同じ隙を突きたがる』って。あははっ、マンマと掛かってくれた!」
もう片方の掌で神化論の少女の腕を掴み、地面に叩きつける。そして逃がすまいと倒れた身体に手車を巻き付け、腹に刺さった刃をずぷりと抜いて。
「正気ですか!?」
「正気に決まってるでしょ。私は覚悟を決めたのよ。『絶対に勝つ』っていう、大前提の覚悟を!」
赤に塗れた薙刀を投げ捨て、手車で少女を釣り上げて兵隊人形へと投げつける。大丈夫、今の痛みで大分冷静になれた。今なら神化論への対処法も、鳥谷の娘――訂正、水鈴を救う方法も分かるし実行できる。
「……そうですか。ならば此方も負けていられませんね」
神化論の言葉と共に人形達が空から大量に降り注ぐ。そして一点に集まり、鉄屑の群れが徐々に膨れ上がっていって。ただでさえ一体一体が私の身体より大きかったそれらが、十秒と掛からずに特撮で見るような怪獣くらいの大きさになっていく。
「『
そして少女の号令と共に私に影を落とす鋼の怪物。速く、重く、そして鋭い踏みつけ。まともに喰らえば即座に圧死だろうか。
「――裁きを!」
けれど、そんなものは私の敵ではない。何が神だ、何が怪獣だ。本物の神やバケモノを知る私にとって、あの程度は紛い物に過ぎない。前提の覚悟を決めた私にとって、あんなものはただの試金石だ。
「『
刹那、身体が空に舞う。喩えビルより高い怪獣だろうも、空に移れば全てが視界に映る。二つの手車を叩き付けた衝撃で十二メートルまで跳ね上がった魔眼の乙女にとって、敵の数などさしたる問題ではない。
「両手に……手車……!?」
「――見なさい。これが私の全力よ」
――其処に、今までの私の姿は無い。黄金の瞳は珊瑚の紅に、停止の魔眼は『その先に』。視界に映る全てを絶えさせる、神代より継ぎし災厄の魔力。
「『
瞬間、視界に映る世界が灰に染まる。鋼の怪獣も、神化論の少女も、見下ろす世界も。その全てが石となる。
「……はい、おしまい。この子は回収ね」
着地する滅びた世界で灰色に染まった少女を抱え、ゆっくりと帰路に着く。自重に耐え切れず崩壊する巨獣と消え行く結界を背に、私の戦いは終わりを告げた。
「……ただいま、皆」
「羽生さん……と、そちらの石は……」
「あ、これ水鈴。黒羽君、今石化解くからこの子お願い」
「えっ、水鈴、さん?石化……?えっと、どういう事、ですか……?」
結界の無くなった山の中で、背負った灰色の石を凪に受け渡す。混乱する望を他所に魔力遮断の眼鏡を掛けると、その人型の石は桃色の髪の少女になって。
「あー、霊薬に侵食されてるね。ごめんね水鈴さん、少し痛むかも」
「ええー!?石が女の子になって……!」
「あー、コレ私の魔力。やろうと思えば魔眼を石化に切り替えれる……っていうか、こっちが本来の効果なのよね。制御効かないから普段はリミッター掛けてるけど」
「私聞いてないですっ!」
「だって言ってないもの」
騒ぎ立てる望、煩いですと溜息を零しながら寝込む少女の手首に触れる黒羽君。そんな喧騒を他所に水鈴の顔色は次第に血色が良くなっていき、次第にすやすやと気の抜けた寝息が聴こえてくる。
「……はい、解呪終わり。それじゃ、私――僕は水鈴さん連れてこの子のお父さんの所に帰るから。……色々話聞くのはまた今度ね」
「そうね。黒羽君にも言いたい事沢山あるし」
「うっ……。その、お手柔らかに……」
夕暮れの世界。戦いは終わった、そう安堵すると共に私の身体がぽとんと綿の上に倒れる。嗚呼、どうやら私も出血とか久々の魔眼の無理が祟ったらしい。
「お疲れ様、有希。はい、これ飲んでぇ」
「ありがとう、日辻……って、にっがぁ!?何これ、飲めたものじゃないのだけど!」
「黒羽君からの差し入れ。傷が治る魔女のお薬だってさぁ」
「そ、そう……。覚悟が必要な味だったわね……」
日が暮れる。此処に、私達の救出作戦は幕を閉じた。新たな覚悟と共に、私達はこれからも進み続ける。
――私の中で何かが軋んだ事に、気付かぬままに。
『……ごめんなさい、水鈴。貴女の身体を借りたけれど、私は応えられませんでした』
『――キミは』
『あはは、駄目ですね。私は所詮造られた神性、貴女の願いに応える神にはなれませんでした。……けれど、大丈夫。貴女はきっと、貴女の手で願いを叶えられる』
『……ボクの、願い?』
『えぇ。ですが、ヒトの想いは変わるもの。私が受け取った願いで無くとも、貴女ならきっと抱けるのでしょうね』
『どうか、水鈴が断罪以外の道を進めますように』
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