第119話 おかしい

女子更衣室の横にある物陰で、千歳のおでこにキスをして以降、千歳の様子は更におかしくなっていた。


放課後、部活に来てくれるのは嬉しいことなんだけど、殺気立ちながら選手としてトレーニングをし始め、誰も声をかけることができないでいた。


「ミット受けるか?」


「いい」


思い切って話しかけたまではいいんだけど、間髪入れずに拒否られてしまい、千歳はサンドバックを蹴り続けるばかり。



ジムでも同じように、殺気立っているせいか、話しかけるのは英雄さんと桜さんだけ。


流石の智也君も話しかけられないようで、千歳を遠巻きに眺めているだけで、凌とヨシ君は物陰に隠れ、千歳の視界に入らないようにしていた。


千歳は週に1日、カズさんにお願いをしているようで、ボロボロになるまでスパーリングをしていたんだけど、スパーリングを終えると、苛立ったようにジムを後にするばかり。


中学生達からは恐れられてしまい、千歳がジムに来るだけで、妙な緊張感が漂っていた。


千歳に追いつくよう、毎日のようにトレーニングを続けていたんだけど、千歳はどんどん強くなってしまい、すぐ近くにいるのに、遠く離れた場所にいるような気がしていた。



春休みを迎えたある日のこと。


ジムに行くと、陸人と学が話しかけてきた。


「奏介さん、俺たち、奏介さんの後輩になります!」


「マジで? うちの高校に入ったん?」


「はい! ボクシング部希望です!!」


陸人がそう言い切った瞬間、千歳がジムの中に入り、陸人と学は背筋をピンと伸ばし、呼吸すらも止めてしまう。


千歳は何も気にせず、アンクルサポーターを履き、吉野さんとミット打ちを始めていた。


「…千歳さん、ますます強くなりましたよね」


学が呟くと同時に、千歳がテンポよくミットを蹴る音が響き渡る。


吉野さんはミット打ちを終えると「優勝間違いなし!」と言いながら、千歳の頭をグシャグシャッと撫でていた。


その姿を見ていると、どんなに追いかけても追いつけないような気がしてしまい、サンドバックを殴ることしかできなかった。



新学期が始まり、教室が変わると同時に、クラスメイトの顔ぶれも変わる。


千歳とは違うクラスになってしまい、朝からがっかりと肩を落としていた。



数日後の部活の際、部室に行くと、新入部員の姿があったんだけどその中には陸人と学だけではなく、中学の時、しつこく言い寄ってきていた『星野京香』の姿があった。


思わず固まってしまうと、薫が俺の腕を引っ張り、物陰に隠れていた畠山君のもとへ連れて行かれ、畠山君が切り出してきた。


「星野、ずっと高校決まらなくて、二次でやっと受かったらしい。 運動嫌いだし、うちみたいなスポーツ推進校、中退するのが目に見えてるよな」


「なんでボクシング部に?」


「サボれるって思ったんじゃね? それか、他の部活で拒否られたとか。 あいつ中学の時、『破壊神』って呼ばれてたらしいな? 女が泣く姿を見て喜んでんだと。 新入部員の藤城が言ってたわ」


畠山君がため息交じりに言うと、薫が口を開いた。


「千歳ちゃんに話した方がいいよね… 同じマネージャーだし、被害にあったら大変だからさ」


「いや、言わないでくれ。 公式戦来週だし、試合に集中してほしいからさ。 時期を見て俺から話すよ」


はっきりと言い切った後、3人で部室に行ったんだけど、星野は暇そうにスマホを弄るばかり。


「みんな着替えるし、出て行かないとまずいんだ。 マネージャーの仕事教えるから来てもらえるかな?」


薫がそう言い切ると、星野はため息をついた後にゆっくりと立ち上がり、不貞腐れたようにゆっくりとボクシング場へ向かっていた。

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