第28話
△△△△△
森川先生と話してから一週間が経った。太一はこの一週間、学校帰りに紗雪の家を毎日訪れていた。しかし紗雪は、一度も家から出てきてはくれなかった。
どうにかして紗雪と話したい。太一は電話をしたり、メッセージを送ったり、あらゆる手を使って紗雪と話そうと試みた。だけど紗雪が返答してくれることは一度もなかった。
紗雪のいない学校生活を続けて、既に二週間。その間、太一は元の学校生活を取り戻していた。太一のことをゼロ型だと揶揄する生徒はいなくなり、静かな日々を過ごす毎日。今まで当たり前だった空間。それを取り戻したはずなのに、太一の心は満たされていなかった。どこかに大きな穴が開いていて、そこから活力が一気に放出される感覚。太一の日常に無くてはならない決定的な何かが欠け落ちていた。
そんな日々を過ごしていた時、久しぶりに柊に声をかけられた。
「今日のお昼、屋上に来てほしいの。大事な話があるから」
突然の呼び出しに、太一は躊躇いを隠せなかった。一度振られた女子から、呼び出される経験なんてしたことがなかったから。それでも太一は柊の申し出を受け入れ、屋上に向かった。
屋上に着くと、柊は既に来ていた。転落防止の柵に腕を乗せ、街並みを眺めている。時折吹く強い風が、柊の亜麻色の髪をなびかせていた。
太一が来たことに気づいた柊は笑みをみせた。
「来てくれてありがとう」
「うん。それより話したいことって?」
柊は柵から身を起こして太一と向き合った。
「月岡君と、もう一度やり直したいと思って」
「えっ」
太一は思わず目を見開いた。柊は太一に一歩詰め寄ると、しっかりと太一を見つめてくる。
「あの日、月岡君と別れた日。自分の夢を叶える為に必要な選択をしたと思ってた。練習もいつも通り集中して取り組めてたし、私は選択を間違っていなかったんだって。だけど日が経つたびに胸が苦しくなって。練習に身が入らなくなったの。理由は直ぐにわかった。月岡君が、直ぐに森川さんと付き合い始めたから」
柊は笑顔を見せると、腕を組みかえた。先程まで強く吹いていた風は、いつの間にか穏やかになっている。
「おかしいよね。私から月岡君を振ったのに。でも、これではっきりした。私は月岡君のことが本当に好きだったんだって」
柊はさらに太一の方に一歩詰め寄る。
「虫のいい話だってことはわかってる。だけど、自分の気持ちには嘘をつけないなって。このままもやもやしたままでいると、本当に練習に集中できなくなっちゃうから。だから今日、はっきりさせようと思って月岡君を呼んだの」
柊は小さく息を漏らすと、太一に向け言葉を放った。
「月岡君が好きです。また私を支えてください」
頭を下げる柊に、太一は何て答えればよいのかわからなかった。振られた相手からの突然の告白。予想の斜め上を行く出来事に、太一は気持ちの整理ができずにいた。
太一は一度深呼吸をした。そして改めて自分に問いただす。
柊に対する気持ちは今も消えていない。それが太一の本心だった。好きって気持ちを抱いているのは事実。一年も柊のことを思い続けていたのだから。そう簡単に好きな人を変えられるわけがなかった。
「お、俺は――」
柊が好き。そう強く思っているはずなのに、太一は言葉に詰まった。見えない力が太一の言葉を押し殺す。まるで喉に蓋をはめ込まれたような苦しさを覚えた。
目の前の柊は、何も言わずに太一の返答を待ってくれている。柊の為にも、早く答えを出さないといけない。
その時、太一のスマホが震えた。デフォルトで入っている着信音が屋上に響き渡る。
「ご、ごめん……」
柊に謝った太一は、急いでスマホを取り出す。空気を読まないスマホを壊したくなった。
しかし画面を見た瞬間、生まれた破壊衝動は一瞬のうちに消え去った。暫くの間、スマホ画面を見続けた太一は、ズボンのポケットにスマホをしまい、改めて柊と向き合う。
そして太一は柊の告白に返事をした。
「……ごめん。柊とは付き合えない」
太一は頭を下げる。暫く沈黙が続いた。穏やかだった風が急に強く吹き始める。その冷たさが太一の胸にしみ入った。
「そっか」
柊は笑みを見せると、太一に背中を向けた。
「すごく残念。でも、答えてくれてありがとう」
振り向きざまに笑みを見せた柊は、俯きながら太一の横を通り過ぎていく。
「俺は柊の夢を応援してる。その気持ちは今もずっと変わらないから。俺にできることがあったら、いつでも言ってほしい」
柊の背中に向け、太一は声をかける。ずっと思い続けていたことだった。目標をもって全力で取り組む柊に憧れ、思いを募らせてきた。だからその気持ちだけは、言葉にして伝えておきたかった。
「うん……ありがとう」
柊はいつもと変わらない笑みを晒し、そのまま屋上を後にした。
一人になった太一は、屋上に大の字になって寝ころんだ。目の前に雲一つない空が広がっている。風が一段と強さを増し、太一の耳元で激しく風音が響いていた。
太一はポケットからスマホを取り出した。そして先程来たメッセージに目を通す。
『今日、夜の十一時に屋上に来てください。伝えたいことがあります』
画面に表示された差出人の名前を見た瞬間、太一の中で欠けていた部分が埋められた。満たされていく感覚に、今の自分が誰を必要としているのか。太一にはそれがはっきりとわかった。
画面の文字を目に焼き付けた太一はポケットにスマホをしまい、改めて空を見た。先程みた文字が、目の前に広がる青い空に映し出される。
「夜の十一時……」
紗雪の指定した時間は既に学校は閉まっている。誰もいない学校で紗雪が何を伝えたいのか。太一は考えてもわからなかった。それでも音信不通状態だった紗雪が連絡をくれたことが、今は何よりも嬉しかった。
これでようやく一歩進むことができる。太一は思い出したようにスマホを再び取り出すと、メッセージを打ち込んで送った。紗雪が早く元の生活を送れるように。そのためにできる手は色々と打っておきたい。
送信がされたことを確認した太一は身体を起こし、決意を胸に屋上を後にした。
〇〇〇〇〇
メッセージを送った紗雪は、スマホを枕元に置いて布団をかぶった。視界が奪われ黒一色の世界に入り込む。太一に送ったメッセージが、何度も頭の中で反芻していた。
今日で最後。本当に今日で終わりにする。
母もこんな気持ちで最後の日を迎えたのかもしれない。生きている価値のない人間は、いなくなった後に初めて価値を見出す。
母がそうだったように。紗雪にその価値を教えてくれたように。
全てを失った紗雪が取れる選択肢は、もはや一つしか残っていなかった。
夜の学校で考えて決断したことを太一に伝える。
本当は何も言わずに行動するべきなのかもしれない。でも紗雪にはそれができなかった。
太一には伝えたい。具体的な理由なんてない。それでも全て知ってもらいたいと強く思う自分がいた。
そんな自分本位な考えに嫌気が差す。
でも、これが最後。最後くらい、わがままを言ってもいいのではないか。
目をつぶった紗雪は、最後の仕事をするための準備に入った。
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