潮・石工・桜

学生時代のキョロ充がぶり返したように、落ち着きなく周囲を見廻す私に、西洋風の顔々が怪訝を示した表情で私を瞥する。どうやら、川のように流れる人々の通行を、私が阻害しているらしかった。


凹凸激しい石畳。街道を成す石造りの建造物。その所有者らしき人らは、一階を商いの場にし、種々の品々を販売していた。街道にごった返す人々。おそらく、通行の合間を縫ってそれぞれの買い物を済ませるのだろう。


仰げば、混じり気のない青。空と私だけだ。さて、これは一体どういうことなのだろう。私はとりあえず、川の流れに従って歩くことにした。不均一な家内制の洋服の波に、整然とした機械製のスーツが漂う。俯瞰すれば、私はさぞ浮いて見えるのだろう。ふと、空からの親近が解け、そのまま往来に消えていった。


  ◇


「合格おめでとう、ミサキ!ミサキはホントにスゴイ子だ」


今でも覚えている。大学合格を言祝ぐ母の言葉を。そして、その時フラッシュバックした、中学受験の鬼のような母の姿を。忘れることはない。


やはり、畢竟理解できぬ、あのアバズレの教育方針は。あの女はあろうことか、私の就職活動にまで介入してきたのだ。『就職偏差値』などというカビた指標を持ち出して、就活アドバイザーよろしく、エントリー先の線引きまでしやがった。お陰で年越しまでリクルートスーツを着るハメになったことは言うまでもない。その時には、母は諦念の眼差しを黙って私に向けるだけになっていたが。過干渉とネグレクトの鉄球が、私の人生をことごとく破壊してしまった。"偏差値"の基準値を満たさなかった私が、タクヤの家に逃げたのは、たしかその次の日のことだ。


タクヤの家、駅から徒歩15分のアパート。仕事でクタクタになった身体を引き摺るように、私は足を動かす。私は結局、あの時から何も変われていない。

気付けば、家出から四年。営業上手なタクヤに騙された私は、彼の皮相上の善性にすっかり絆され、奴隷的な快楽主義者に貶められてきた。


さしずめ私は一級のプロレタリアートだ。資本家とタクヤの共同搾取。この共同関係の堅固な牙城に、私はすっかり去勢されてしまった。エリートに固有の男根的力動はあの時以来、すっかり消沈してしまったのだ。


しかし、今日のは革命的だ。意を決して、家のドアを開ける。開かれるドアの勢いは現在のの気勢を端的に表していた。リビングを隔てるドアからLEDの白い明かりが漏れている。タクヤは今日も家にいた。暗い玄関をそのままには慌ただしくヒールを脱いで、玄関先に放った。ズカズカと歩きリビングのドアを開けた。タクヤはに背を向けてテレビの前に寝転んでいた。バラエティ番組を無感動に眺める彼の顔を想像し、オレの表情は対照を織り成す。だが、留まる必要はない。今日日、オレは超日常を実践し、ヤツらの拘禁から解放されるのだ。ヤツの背が縮んで見える。そうだ、今日なのだ!

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