第37話 優しい女

 大阪に住む岡田さんから、「近々、東京へ遊びに行く予定がある」とメールが来たときに、「この時代に携帯なしで平気そうにしている太郎ちゃんのことを尊敬する」とつけ加えられていた。


 愛媛に残してきた彼女とは証明写真の切り抜きを送ったことがキッカケで、携帯が止まる前から手紙のやり取りをするようになっていた。最初の手紙を受け取ったとき彼女は、「宛名の最後には『様』って付けないといけないよ」と私に教えた。


 携帯を潰したあとに彼女から来た手紙のなかに一万円札が入っていた。彼女は、「財布の中からパクってたから返す」とうそぶいた。携帯を繋げろということだと思い、その金で滞納分を払った。私の周りには、優しい女が多かった。


 携帯代を払いに行き、前回対応してくれたのとは違う店員に、ココアというのがなんか恥ずかしかったので、コーヒーと嘘をついて、飲みものをこぼしてしまったことを伝え、壊れた携帯を見せた。中年の男性店員で、今まで何度も水没携帯を見てきているだろうに、「アアーッ! あららー!」とメチャクチャ驚いたリアクションをしてくれた。


 店員は、「水没は保証オプションが適応されないので、結局自費で修理することになる。しかも水没は修理に出しても直らないことが殆どで、そのうえ修理費も高額だ」ということを説明してくれた。

「ふざけんなよ。なら今払った携帯代返してくれよ」と思ったが、店員は、「いっそのこと、機種変更するのはどうか」と代わりの案を提示してくれた。


 しかし、私がココアをこぼした携帯は、まだ機種代金の分割が一年半も残っていたので、機種変更したら、更にそこへ新しい機種の代金が上乗せされ、月々の支払額が高くなった。私が正直に、「金がない」というと、店員は、


「かなり古い機種だが、代替機を貸し出すから、それを使うのが一番安い」と次の案を提案してくれた。代替機を借りるのは、「いくら」か聞くと、「無料」だと答えた。なら最初から、そっちを提案してくれと思ったが、「かなり古い」ので、「機種変する余裕があるなら、そっちの方が快適に使えますよ」という店員なりの善意から先に機種変を進めたのだと思う。中年の店員は悪いヤツには見えなかったし、思い出というのは美化したくなるものなので、私の愛用していたウィルコムに悪い店員はいなかったということにしたい。


 代替機を、「いつまで借りられるのか」確認すると、店員は、「ずっと」だと言った。無期限でずっと借りられるらしい。代替機というのは短期間の繋ぎ役と思っていたので、「マジかよ」と思ったが、その言葉に偽りはなく、私はその後、二年間代替機を使い続けた。

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