溢れた先に 後編

「それは駄目」

「いけません」


 強く思ったがために、二人にも伝わったのだろう。引っ込めた両手を再び捕まえられてしまった。そうして繋がれた手から、力が流れ出していくのを感じる。有無を言わさず引き出されているのだ。


「やめて! 傷付けちゃう!!」


 汗ばんだ背筋が冷えて凍るようだった。なのに自分から無理やり切り放してしまうことも出来ない。それこそ、どんな事態を引き起こすか分からなかった。


『落ち着きなさい。二人が、あんたを悲しませる真似をするわけないでしょうが』

「……ほんと?」


 力の流れが止まり、恐る恐るエルネア達を見上げると、ほっと息を吐いているところだった。その紅い唇が開かれ、零れたのは「ごめんなさい」という謝罪の言葉。理由が分からず戸惑っていると、ギュッと抱き締められた。辛い時、悲しい時、いつも自分を包んでくれる温もりだ。


「……どうしてエルが謝るの」

「ビックリさせたわ。もっと上手に説明できれば良かったのだけど」

「言葉は難しいですね」


 フェロルの後悔を含んだ声も降ってくる。二人とも焦りこそ抱えているけれど、苦しそうには見えない。


「体は大丈夫なの?」

「えぇ。調べてみて?」


 目を閉じていつもより強く感じてみる。自分から吸い出された力は天使の体に馴染んでおり、特に悪さをしているわけではなさそうだった。


「解りましたか?」

「うん。……良かったよぅ」


 足に力が入らない。今更になって涙が出てきてしまった。

 もしも二人が倒れでもしたら絶対に耐えられない。ミモルはそう思い、軽くなった自身を見下ろして気付いた。天使達は安全に引き受けようとしたのに、勘違いして驚いたせいでさせたのだと。


 結果、エルネア達は緊急時の判断として主の意思より危険の排除を優先せざるを得なくなった。

 子どもをあやすみたいに、背中をポンポンと叩かれる。その仕草と優しさが一層涙を引き出す。


「ミモルちゃんを支えられるよう、私達にもより強い力と権利が与えられたの。もっと早く伝えておけば、不安にさせずに済んだわね」

「こんなに早くとは思っていませんでしたから……」


 本当であればもう少し先で教えられるべき事柄だったようだ。講義の順序を決めていたアルトも表情こそないが、「申し訳ありません」とどこか苦々しく告げた。己を責めているのかもしれない。


「ううん。もっと落ち着いていれば良かったの。『心を波立たせるな』って言われてたのに」


 ぐどころか大時化おおしけだ。こんなことで留守を守っていけるのか、ミモルはとてつもなく不安になった。

 ただ、ここでみんなで反省会を開いても建設的とはいえまい。そう考えたらしいアルトが今後の講義の計画を早急に修正すると言い、きびすを返して行ってしまった。


「あとはゆっくり過ごしましょ」

「お茶をれますね」

「でも……わっ」


 フェロルにひょいと抱え上げられ、いいのかな、とか、二人には用事があったんじゃ? などという疑問はわき上がっただけで言葉にならなかった。今日はもう勉強は出来そうにないし、このまま一人でいたら際限なく落ち込みそうなミモルをエルネア達が放っておくはずもないのは明らかだから。


「たまには僕達に甘えてください」

「え……私、甘えてばっかりだよ?」


 フェロルに一点の曇りもない微笑みを向けられて固まってしまった。時折感じることだが、お互いの認識にはかなりのズレがある。ミモルからすれば、こうして生きていられるのは全て、周りのみんなのおかげ。何を返せるかを考えて定期的に自己嫌悪に陥るくらいには感謝しているのだ。


 下ろしてとお願いしても聞いて貰えないのは分かり切っているから、フェロルの腕の中で身を縮こまらせた。


「これ以上なんてあり得ない。神様にだってばちが当たっちゃうよ」

「えぇ? 全然足りないわ」

「そうです」

「なんで二人ともそんなに不満そうなの……」


 眉間にしわを寄せた様は、まるで膨れ面の幼子だ。しかも心の底からそう思っていることが伝わってきて困惑した。そんなに甘えて欲しいのか。二人がそこまで望むなら応じなくもないけれど、甘えるって何をすればいいのだろう。


「もっと欲しいものとか、して欲しいことを教えて欲しいの」

「欲しいもの……」


 頭を振って考えても、出てくる答えは自分が満たされているという事実である。居ていい場所があって、飢えることはおろか孤独を感じる暇もない。このあとだって3人、いや、リーセンも入れて4人でのお茶会が待っている。思い描いただけであたたかくなれる光景だ。


「やっぱり、今以上に欲しいものなんてないよ。あんまり沢山貰っても抱えきれないし、幸せが溢れたら勿体ないもの」


 ところが、ミモルが精一杯の気持ちを伝えたつもりだったのに、二人は微妙な顔つきのままだった。


「ミモルちゃんは欲がなさすぎるわ」

「そうです。もう少しご自分を出されても良いんですよ」

「いや、だから、なんでそんなに不満そうなの……?」


 を求めるなんて聞いたことがない。普段よりずっと子ども染みた振る舞いの二人に少女は困惑するばかりだった。



 END


《後書き》

 冒頭のシーンと話の方向性だけが長い間頭の中にあって、書き始めたら一気に終盤まで書き切れた(私には)珍しいお話でした。

 このシリーズは本編はシリアス一辺倒ですが、そこから離れるとコメディも結構あったりします。今回はその要素を少しでも入れられて満足です(笑)。

 お読み下さり、ありがとうございました!

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