橋の下にとめてあるというセーコの愛車。それは、スーパー自転車『オロチマル』のことだろう。スライムハンターの特集記事から得た知識である。記事といっしょに、セーコとオロチマルを捉えた写真も掲載されていた。蛇頭怪人に相応しい禍々しいデザインが強烈な印象を放っていた。


 無論、特注品である。このモンスターを乗りこなせるのは、日本広しと云えど、蛇将軍セーコただ一人。設計と製作を依頼されたのは、業界屈指の自転車職人だそうだが、不覚にも、名前は忘れた。まったく、おっさんの記憶力ほどアテにならぬものはない。

 オロチマルには、セーコの案や希望が、可能な限り組み込まれており、まさに「戦う自転車」に仕上がっているという。彼女にとっては、刀や手裏剣同様、自転車も重要な武器のひとつなのだろう。


 記事と写真を見た与太者グループが、愚かにも、オロチマルを盗み出そうとしたことがある。セーコの不在を狙った周到且つ卑劣な犯行だが、そこに駆けつけたのが〔ビッグ・ファイブ〕の一人であり、セーコの親友でもあるキャプテン・シンカワであった。

 泥棒の半分は、叩きのめされ、もう半分は、隅田川に蹴り落とされた。同事件が契機となり、両雄の友情は更に強固なものになったという。

 この際セーコは「キャプテンだったから、連中は怪我で済んだ。私なら、一人残らず(首を)刎ねていただろう」という物騒なコメントを発している。


「おやじ、何もしなくていい。おまえはここにいろ」

 とは、階段を下り終え、歩道に達したセーコの台詞であった。その声に若干の緊張が感じられた。

「えっ」

「見ろ」

 状況が把握できていない鈍重な中年男に対して、コブラ女は辛抱強く接していた。怖い仮面を着けているが、このお姉(姐)さんは、案外優しい性格をしているのかも知れなかった。蛇面は一種の照れ隠しか?

 セーコの左の人差し指が「あいつ」を指していた。前方、十メートル(ぐらいだと思う)の位置に、不気味な光沢を帯びた黒い化物が出現していた。


 ブラックスライム。化物三種(色)の内、最も狂暴残忍で、戦闘能力に優れたタイプである。おそらくあいつは、果実を収穫するようにして、沖田総司気取りの首を引っこ抜いた奴だろう。あちらの歩道から、こちらの歩道まで密かに移動し、仲間の仇であるセーコを待ち受けていたのだ!


 仇討ちなどという人間的発想が「脳髄ゼロ」の怪物にあるとは考えられないが、奴はその場を動かず、信じ難いことに、威厳めいた雰囲気を漂わせていた。まるで、一対一の決闘を望む武芸者のように。

「もし、私が殺(や)られたら、シオールに助けを求めろ」

 そう云うと、セーコは愛刀を片手下段に構えざまに、前進を開始した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る