進発

 謎の美少年シオールが率いる駆逐戦隊とグリーンスライムの群れの戦いが続いていた。セーコと俺は、歩道橋の上から、戦況を眺めていた。それは、現実(リアル)を過剰に逸脱した阿修羅地獄の具現と云えた。

 砂利の時分、巨大、等身大に関係なく、特撮ヒーローが大好きだった俺は、各局の番組を片っ端から視聴していたが、このような光景に接したことは一度もない。映像化不可能の領域であった。

 日本は、少なくとも東京は、フィクションがリアルを食い破る大魔界に変貌していた。もしかすると俺は、その世界の帝王に会っているのかも知れなかった。

 コブラ女との邂逅。あとどれぐらい俺が生きるのか、生きられるのかはわからないが、この夜の出来事は、心臓の鼓動が停止する瞬間まで、忘れることはないだろう。他の記憶が全て消滅しても、これだけは消えない。


「おやじ。行くぞ」


 自軍の活躍を冷静に観察する大将然として、シオールたちの戦いを見下ろしていたセーコが、俺に向かって、そう云った。

 蛇頭の中で、どんな思考が巡らされているのか、俺にわかるはずもないが、ともあれ、セーコには、駆逐戦隊に加勢するつもりはないらしい。彼らと関わるのを避けているような気がしないでもない。孤高の戦士は、集団行動を嫌うのだろうと、俺は勝手に考え、勝手に納得していた。


「私はあやつが苦手なのだ」


 まるで、俺の心を見通したみたいなセーコの台詞だった。意外である。この世に恐れるものなど何もないかのような彼女に「苦手な相手」が存在するとは!あやつとは無論、駆逐戦隊のリーダーを指すのだろう。


「源シオールですか」

「ああ」

「彼はいったい何者なのです?内外両方の貴族の血を引いているという噂ですが……」

「私も詳しいことは知らぬ。又、知りたいとも思わぬ」

「はあ」

「私が感じるのは、あやつが、シオールが私に好意を抱いているらしいということだけだ。まったく煩わしい奴だ。迷惑でたまらぬ」

「迷惑…ですか」

 シオールファンが聞いたら激怒しそうな台詞である。しかし、俺には、セーコの気持ちがなんとなく理解できた。

「いっそ、あやつが敵ならばな。首を刎ねれば、それで済むのだが」

「そんなにお嫌いですか」

「あんたはどうだ」

「あなたと同じです。セーコ様」

「そうか」

 コブラ女は軽く頷いた。戦士の声に苦笑が含まれていた。

「ところで、おやじ。その『セーコ様』はやめろ。何やらむず痒い」


 セーコと俺は、その場を離れた。ふ*ろを目指す旅の始まりであった。まず、橋下に駐車してある「セーコの愛車」まで移動することになった。

 イエロースライムの斬殺死体が転がる通路を歩くのは、なかなか困難なことではあったが、どうにか、階段の下り口に辿り着いた。戦隊と魔群が奏でる死闘の旋律を背中で聞きながら、セーコと俺は、階段を下った。

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