後篇:魔少年

 その時、俺の脳内に「最強の五人」の記憶が浮上していた。地元の大衆食堂に入り、サバの味噌煮定食を頼んだあの夜の記憶だ。料理ができるまでの間、俺は「週刊*春」に掲載されたスライムハンターに関する特集記事を読んでいた。

 全ての現役ハンター(※但し、コガネマンのような自称、偽者は除く)の頂点に君臨する五強の名前と経歴が紹介されていた。業界人たちは、彼らを総称して〔ビッグ・ファイブ〕と呼んでいるらしい。そのメンバーとは、


 キャプテン・シンカワ、もわ男爵、猫夜叉らくあ、デューク・草宮、そして、蛇(じゃ)将軍セーコ。


 俺の視野に〔蛇将軍セーコ〕としか思えない存在が出現していた。往年の特撮ヒーロー番組から抜け出してきたかのような禍々しい容姿。

 完全武装を施した逞しい肉体の上に「キングコブラの頭部」が乗っていた。無論、精巧な作り物(仮面)であろう。だが、俺の眼には「本物」にしか見えないのだった。

 蛇面の奥に控える両眼が凶暴にきらめき、不気味に裂けた口の中に、鋭利な牙が生えていた。牙と牙の間から、赤い炎を連想させる細い舌がチロチロと出たり入ったりしていた。


 コブラ怪人は背中と左の腰に日本刀を帯びていた。前者は鞘に納まっているが、後者は抜き放たれていた。名匠の傑作と考えられる刀身に血の糸がからみついていた。

 蛇王の口から、再び歌姫の声が発せられた。その落差に適応できない。


「聞こえんのか、おやじ。どけと云っている」

「はっ、はい。すみません!どきます。どきます。今どきます!」


 俺は落雷の直撃でも浴びたかのように、マンガめいた動きでその場に跳ね起きた。そうさせる迫力をコブラ怪人の声は有していた。

 怪人は踊り場に踏み込みざまに、歩道橋の手摺りを背にして(ガタガタと震えながら)立っている臆病な中年男に横目をくれて、


「おまえは上にいろ」

「えっ。しかし…」

「案ずるな。イエローどもは私が皆殺しにした」


 その瞬間、コブラの口辺に物騒な笑みが浮かんだ。踊り場を通過した怪人は、グリーンスライムの群れが形成する肉の壁に、恐れ気もなく接近すると、斬程圏に捉えざまに、右手の愛刀を真横に払った。

 虚空に太い銀光が走った。次の刹那、悪夢を超える大殺戮が現実化していた。

 肉の壁の上半分が、まるで、豆腐や羊羹を斬るみたいにして、宙へ薙ぎ飛ばされていた。十近い化物が同時に絶命していた。

 各スライムの胴体に生じた断面から、夥しい量の血泡が湧き出し、地獄の波濤となって、盛大に噴き上がった。その一部が、俺のところまで飛来した。敵に断末魔の余裕さえ与えぬ、コブラ女の猛襲であった。

「……」

 第二の攻撃を繰り出そうとしている蛇頭戦士の背面を見詰めながら、彼女が「本物のセーコ」であることを俺は確信していた。

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