将軍
スライムたちは異様な迅速さを発揮して、肉の壁を修復した。ポルトス気取りと沖田総司気取りを食らい尽くした化物どもは、次のターゲット…すなわち俺に向かって、ジワジワと押し寄せてきた。
こちらとは異なり、スライムたちの志気はますます盛んになっていた。新鮮な血肉がやつらに絶大なパワーとエネルギーを与えたのだ。歯牙を剥き出しにして襲いかかってくるスライムを唯一の武器で払い除けながら、俺はありもしない逃げ道を探していた。
過酷な運動を強いられ続けた俺(44歳の中年男)の肉体が、あちこちで悲鳴を上げていた。いわゆる「体力の限界」はとうに超えていた。
今、俺の体を動かしているのは「死にたくない」「食われたくない」という最も原始的な欲求であった。自分でも吃驚するほどに手足が動いていた。しかし、気力や精神力にも、体力同様、リミットが存在する。
懸命の棍棒を振るい続ける俺の脳内に「ある疑問」が浮かんでいた。だが、それを確かめたり、解いたりする余裕はなかった。たとえわずかな間でも、後方を振り返ろうものなら、待ってましたとばかりにスライムたちが襲いかかって来るだろう。
「!」
スライムたちが戦い方を少し変えてきた。化物数匹が、肉の壁の天辺部分に攀じ登り始めたのだ。登り終えたスライムは、唾液にまみれた鋭い牙をカッと光らせると、猛然たる勢いで俺に飛びかかってきた。
「くあっ」
俺は喚きざまに棍棒を真横に払った。棍棒の直撃を浴びた第一のスライムが、奇声を吐きながら、手摺りの向こうへ落ちていった。無論これで危機が去ったわけではない。第二、第三のスライムが、なめらかな胴体を伸び縮みさせながら、連動的に攻撃を仕掛けてきた。
「ぬおっ」
俺は渾身の棍棒を第二スライムの顔面に叩きつけた。ぐしゃっ。その瞬間、嫌な音が辺りに響いた。顔を潰された化物が、霧状の体液を虚空に噴き上げながら、階段の下へ転げ落ちた。俺にしては頑張った。ここまで、よく抵抗したと思う。だが、俺の善戦もそれが最後になった。
棍棒が空を切っていた。俺の攻撃を寸前で回避した第三スライムが、喜悦の波動を発しながら襲撃してきた。
棍棒で防ごうにも、最早間に合わぬ。棍棒を繰り出すよりも早く、化物の太い牙が、鎧を突き破って、体内に潜り込むだろう。
ダメだ。終わった。ついに終わった。今度こそ死んだ。絶望の泥沼に沈みかけたまさにその時、俺の頭上をまばゆい金属光が走り抜けた。光の矢が吸い込まれるみたいにして、化物の口の中に消えた。次の瞬間、
ぱんっ。
滑稽な音を立てながら、第三スライムが空中で弾け飛んでいた。バラバラに砕け散った化物の肉体が、血のシャワーと共に一帯にばら撒かれた。俺は「わっ」と叫びざまに、階段の踊り場に無様に尻餅をついた。
「どけ。邪魔だ」
言葉は乱暴だが、その声は「歌姫」を連想させる気品を帯びていた。歌姫の声は、階段の上から降ってきた。催促されるようにして上体を起こした際、俺は「声の主」の姿を偶然とらえた。
俺の視野に、蛇頭人身、異形の剣士が出現していた。
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