阿修羅

 肉の壁は瓦解した。コブラ女、セーコは、足下に転がるグリーンスライムの死骸を蹴飛ばしざまに、敵勢の中心部に斬り込みをかけた。右手の愛刀が閃く度に、確実な死が約束されるのだった。胴体を薙ぎ払われたスライムたちが、即席の噴泉と化して、虚空に鮮血の飛沫を噴き上げていた。


 気がつくと、コブラ女の左手に手裏剣風の刃物が魔法のごとく現れていた。その手裏剣を蛇頭戦士は実に効果的に使っていた。攻撃型防御とでも云えば良いのだろうか。

 左方から襲いかかってくるスライムに対して、よけざまに放たれる手裏剣が、化物の急所を串刺しにするのだった。刃が引き抜かれる時には、標的は既に絶命しており、霧状の血液を噴き散らしながら、路面に崩れた。

 各死体から流出する血潮が、歩道を覆い尽し、やがて、車道に溢れ出した。セーコは、全自動殺戮マシンとなって、地獄絵図を描き続けていた。


 セーコ対スライムの恐るべき戦いを、俺は歩道橋の通路部分から眺めていた。いつの間にか、吐き気も消えていた。荒唐無稽の極みのような光景を目の当たりにして、大半の感覚や神経が麻痺してしまったらしい。

「……」

 俺は視線を戦場から通路に移した。複数のイエロースライムが路上に斬り伏せられていた。おそらく、抵抗も反撃も許されなかったに違いない。コブラ女は、まずここで死神としての才能を発揮したのだ。

 湧出するイエローの体液が、歩道橋の柵を超えて、簾状に車道に降り注いでいた。地獄の滝が現実界(うつつ)に出現していた。

 やつらは俺というちっぽけな獲物に気を取られ、大敵の襲来を察知し損ねた。そしてそれは、やつらにとっては最悪の不幸をもたらす結果となった。セーコの不意討ちを受けて、イエローの小部隊は瞬時に滅び去った。

「……」

 戦場に視線を戻すと、グリーンの群れが撤退を開始していた。たった一人のヘビの登場が、やつらの圧倒的優位を粉砕してしまったのだった。スライムたちは、最大の安全圏である地下へ逃げ込もうとしていた。

 しかし、その入り口であるマンホールの付近は、猛烈に混雑していた。大量のスライムが、一斉に穴に押し寄せたためである。中には、同士討ちを演じる化物もいた。コブラ女が発する濃厚な殺気とそれが引き起こす絶大な恐怖が、やつらを狂わせているのだ。


 駅方面に逃走し出したスライムの群れに、セーコが追撃を仕掛けようとした時、都電の接近を知らせる踏切警報機の警報音が一帯に鳴り渡った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る