鉄壁を誇るグリーンスライムの布陣がいささか乱れていた。隊列の横腹に猛烈な突撃を仕掛けてきた者がいたのだ。勇者部所属のポルトス気取りであった。ゴリラ並の巨漢で、その体重は俺の三倍はあると思われた。

 ポルトスは肉厚の大剣を縦横に振るいながら、肉の壁を(側面から)突き破ろうとしていた。破りざまに、柵を乗り(飛び)越えて、車道に逃れるつもりらしい。ゴリラに加勢するか、しないか、俺は迷った。が、結局やめた。


 最後の壁を斬り裂いたポルトス気取りは、勢いに任せて、柵越えを試みた。しかしそれは失敗に終わった。隊形を修正した化物たちが逆襲に転じたからである。

 第一スライムと第二スライムが、ポルトスの左右の太股に齧りついていた。怪物の歯牙が骨を砕く音が一帯に響いた。ポルトスの口から、苦悶の絶叫が吐き出された。次に、第三、第四スライムが、両腕に深々と咬みついた。ポルトスは金剛力を発揮して、それらを振り払おうとしたが、とても払い切れるものではなかった。

 路面に崩れ落ちたポルトスに、他のスライムたちが砂糖に群がるアリみたいに襲いかかった。顔の半分を齧り取られたポルトスが、断末魔と血飛沫を虚空に撒き散らした。そこに、手負いの沖田総司気取りが現れた。


 沖田総司気取りは車道ではなく、スライムの包囲が、若干手薄になった坂道を池袋方面へ駆け去ろうとしていた。右手にさげた日本刀の刀身に、怪物の体液が糸状に絡みついていた。行く先を阻むスライムを巧みに斬り伏せながら、総司気取りは着実に前進を続けていた。


 ぱきーん。


 突破に成功するかに見えたその瞬間、総司気取りの愛刀が、半ばあたりで折れ飛んだ。金属音を立てながら、刀の上半分が街路樹の表面に突き刺さった。日本刀はデリケートな武器である。斬れ味は鋭いが、案外脆く、複数の敵を相手にする戦闘には向いていない。

 だが、それでも彼は諦めなかった。折れた刀を振るいつつ、前進を継続しようとしていた。その彼に鉄鞭を思わせる攻撃が繰り出された。


 気がつくと、総司気取りの細い首に太い舌が巻きついていた。それはグリーンではなく、ブラックの舌であった!単独行動を好むと云われている黒スライムが、緑スライムの群れの中に交じっていたのである。

「えぐっ」

 総司気取りの端整な顔(本物の沖田総司は「ヒラメみたいな顔」をしていたそうだが…)が、急速に死相にくまどられる様子が、俺の位置からもはっきり視認できた。

 次の瞬間、総司気取りの頭部が、虫歯同然に胴体から引っこ抜かれていた。首と体に生じた歪な断面から、大量の血潮が、四方八方に飛び散り始めた。どすん。という鈍い音を立てながら、総司の生首が路上に落ちた。


 その時俺は、総司のデスマスクと「眼が合った」ような感覚を覚えた。途端に、腹の奥から、胃の内容物が凄い勢いで盛り上がってきた……。

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