円盤
あの日の夜、東京の空に巨大な円盤が現れた。途方もないスケールを有する超大型飛行物体。そのデザインは、昭和時代のオカルト本に掲載されていた「アダムスキー型UFO」にそっくりだったという。
半時間後、大円盤は神々しい光を周囲に放ちながら、忽然と消えた。目撃者多数。撮影意欲を刺激された者も大勢いた。当然であろう。これに勝る被写体は他に存在しない。これを撮らずして、何を撮ると云うのか。
だが、大円盤を写真や映像として捉えた者は一人もいなかった。大円盤はあらゆる撮影を拒絶する能力を備えているらしい。そこにある筈の円盤の姿は欠片もなく、夜空のみが虚しく映っていた。
大円盤の出現と消滅に、日本中が大騒ぎになった。しかし、騒動は意外に早く収束した。証拠がひとつもないからである。結局、集団幻覚の類いということで片づけられてしまった。その裏側に政府の情報工作が働いていたという噂もある。ワイドショーの話題も円盤から芸能に戻った。
大円盤に直接被害を受けた者はゼロということになっているが、自殺者が数十人出ている。円盤の到来を「世界の終り」だと勘違いしてしまったのだ。ある者は首を吊り、ある者はビルの上から身を投げた。
ノストラダムスの大予言を連想した者もいたようだが、円盤は「恐怖の大王」ではなかった。猛毒ガスを撒くとか、殺戮光線を放散するとか、殲滅爆弾を投下するとか、そういうことは一切しなかった。ただジッと、虚空で静止しているのみであったという。
俺はその日、東京にいなかった。地元のチェスクラブに行き、へっぽこ仲間のRさんと駒遊びに興じていた。翌月、永久追放されることも知らずに。本題とは関係ないので、経緯は省くが、実に馬鹿げた理由であった。
円盤が去った後、スライムの様子に変化が起き始めた。都内で飼育されていたものが「一斉脱走」を開始したのである。
スライムたちは「誰か」に導かれるようにして、どこかに身を隠し、そして、帰ってきた。禍々しい進化を遂げて。愛すべき珍獣は、凶暴な肉食獣と化して、都民に襲いかかった。
脱走に失敗したスライムはその場で変身し、飼い主と飼い主の家族を殺し始めた。前述の嫌味上司が食われたのもこの頃である。当初「緑」のみと考えられていた化物だが、後に「黄」と「黒」の存在が確認された。
スライムの怪物化は、ほぼ東京だけに限られた現象だった。まるで、東京を狙い撃ちにするかのように、化物の群れが各地で暴れ狂った。自衛隊が総動員され、大掛かりな根絶作戦が展開された。この作戦、一応の成果は上げたものの、全滅に追い込むことはできなかった。
否定派も相当数いるが、大円盤がスライムたちに何らかの影響を与えたのは間違いないだろう。二つの怪現象に関連性がないと考える方が不自然だ。根拠も説明も不要。あったとしても、状況が変わるとは思えない。あの日を境に東京はスライム地獄となったのだ。それが現実である。
スライムも不思議だが、人間も不思議な生物である。人食いの化物が徘徊する悪夢の街に変貌してからも、東京の人口は減らず、むしろ増えているという。どうやら「慣れてしまった」らしい。遷都の話もいつの間にかされなくなり、依然、東京はこの国の首都として、機能を継続している。
………回想が長くなった。俺も俺の現実に帰らねばなるまい。たとえそれが、最悪の現実だったとしてもだ。行く手を阻むスライムに渾身の打撃を浴びせながら、俺は「終演」が近づいていることを本能的に感じていた。
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