戦場
地獄の闘争が展開していた。三銃士風と新選組風が難戦を強いられていた。戦闘力は彼らの方が高い。しかし、彼らも人間である。永久に剣を振るうことはできない。疲労が濃くなれば、動作も太刀筋も鈍ってくる。長期戦の場合、兵隊の補充がきくスライム側が有利なのは当然であった。
路面に生じた穴の中から、グリーンスライムが無限のごとく湧き出してくるのだった。俺の脳内に東京の地下に構築された「スライム王国」の想像図が浮かんでいた。怪談や都市伝説を扱う深夜番組で採り上げられ、一時話題になったあれである。
王国の頂点には「女王蜂」ならぬ「クイーンスライム」が君臨しているというのだ。ある酒席で、くだらん。そんなやつがいるものかと、他の参加者といっしょにゲラゲラ笑っていたが、心のどこかでそれを信じていたような気もする。こうしている間にも、偉大なる女王陛下は、東京攻略の準備を着々と進めているのかも知れぬ。
もしも、首都をスライムに奪われるようなことになったら、ニッポンは国家としての機能を失うのではあるまいか。予算確保と自己保身以外に興味を持たぬアホ役人とバカ官僚が一掃されるのは嬉しいが、職場がなくなるのは困る。実に困る。俺は失業が怖い。ある意味、死よりも怖い。
「うわわっ。助けてくれええ。嫌じゃ嫌じゃ。食われるのは嫌じゃああ」
いささか子供じみてはいるが、悲痛と云えなくもない叫び声が、俺の耳に飛び込んできた。三銃士風の一人、アラミス気取りの声であった。スライムの胴体を刺し貫いた剣を抜き取ろうとしていたところを別のスライムに襲われたのだ。
スライムたちは自慢の舌をアラミス気取りの足首に絡みつかせ、路上に倒しざまに、殺到した。スライムの動きは単純だが、それだけに無駄がないとも云えた。両腕を同時に咬み取られたアラミスの口から、魂消る絶叫がほとばしり、続いて、盛大な血飛沫が虚空に噴き上がった。
間もなく、唐突にアラミスの叫びが止んだ。頑強且つ凶暴な歯牙に頭を噛み潰されたからに違いない。だが、それを視認する余裕はなかった。俺自身が激烈な戦闘状態に突入していたからである。
グリーンスライムの群れが作り上げた「肉の壁」に向かって、俺は棍棒を何度も叩きつけた。この壁を突き崩し、その先に進まなければ、俺の人生は終わる。既に殺(や)られた勇者部の部員同様、五体をバラバラにされ、やつらの栄養になる運命だ。
背面に迫っているであろうイエロースライムの小部隊に怯えながら、俺は壁の突破に全精力を注ぎ込み続けていた。
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