起爆

 コスプレ男がトリガーを引いた。放射器のノズルから、火炎が噴き出した。まともに浴びた第一スライムの全身が、瞬く間に業火に舐め尽くされた。苦悶の波動を撒き散らしながら、第一は歩道の上で絶命した。

 続いて、コスプレ女がトリガーを引く。ほとばしった炎が第二と第三を襲っていた。火達磨と化したスライムが、狂気のダンスを踊り始めた。


 コスプレ男が第一の焼死体を蹴りつけざまに新たな火炎を放った。炎のかたまりに変身した第四と第五が、無数の火の粉をばら撒きながら、車道に飛び出した。黒煙が噴き上がり、猛烈な異臭が一帯を制圧していた。彼らが「殺戮の喜び」に酔っている気配が、対岸の俺にも伝わってきた。


 撤退を開始したスライムの群れに、コスプレ女が追い討ちを仕掛けようとしていた。女は魔群を射程に捉えると、トリガーを引いた。次の刹那、橋の上が真昼の明るさに包まれた。

 原因はよくわからないが、女が背負っていた燃料タンクが突然爆発したのだ。十メートルはあろうかという太い火柱が、夜空に向かって、雄大に立ち上がった。その現象がおさまると、女は人間松明となって、周囲を照らし出していた。

 自分の身に何が起きたのか、コスプレ女は理解していないようだった。いや、したくなかったのかも知れない。路上に立ち尽くした状態で、まだ動く口から、この世のものとは思えない悲鳴を上げ続けていた。


 コスプレ男は混乱に陥っていた。コスプレ女を助けようにも、この有様ではどうにもならない。迂闊に近づけば、自分も松明になる恐れがある。困り果てた男の背後に、形勢逆転を悟ったスライムたちが迫っていた。

 クレバス状の口から吐き出されたスライムの舌が、コスプレ男の左右の足首に巻きついていた。魔群の逆襲に気づいた男は慌ててトリガーを引いたが、攻撃は標的ではなく、虚空を焼いていた。

 火炎放射器は強力な武器ではあるが、懐に潜り込まれると威力の発揮が難しくなる。飛び道具特有の弱点と云えるだろう。


 コスプレ女の悲鳴にコスプレ男の絶叫が重なっていた。両足を食いちぎられた男が、血潮を噴き散らしながら、路面でもがいていた。無論、その程度で満足するような化物どもではない。

 スライムたちは獲物を囲みざまに、両腕と脇腹、そして、頭部に咬みつき始めた。肉が裂け、骨が砕けた。男が食い殺される様子を、息絶えた女が克明に照らしていた。惨劇の幕がおりる前に、俺はその場を去った。

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