橋
棍棒に付着した化物の体液を振り払うと、俺は移動を再開した。高*橋を渡って、池袋駅を目指す。かつて、橋には「現実と異界を結ぶ回廊」としての役割があったというが、今や、東京全体が魔界と化してしまった。
あの日を境にして、スライムは珍獣から猛獣へと禍々しい進化を遂げたのだった。外観が湯湯婆風から麦藁帽子風に変わり、クマ、トラ、ワニ、サメ級の狂暴な肉食獣に変身した。特に人肉を好む。加えて、繁殖力が格段に強化された。一番恐ろしいのは、この点かも知れない。
スライムに雌と雄の区別はない。交合の必要もない。同生物は「自ら分裂」して、仲間を増やすことが可能なのだ。増殖の様子を精密に捉えた記録映画を観た時、俺は異様な戦慄に震えた。
因みに同作品は、その年のキ*マ旬報ベストテンにおいて、文化映画部門第1位を獲得している。これも映画から得た知識だが、スライムマニアと呼ばれる者たちの中には、進化後のスライムを「密かに飼っている」やつがいるらしい。正気の沙汰とは思えないが、本当の話だという。
進化型スライムは概ね三タイプに分けられる。グリーン、イエロー、ブラックである。緑は標準型で最も数が多い。さっき俺を襲ってきたのはこいつだ。黄色は口から毒液を噴射するが、動作は緩慢である。毒を吐かれる前に逃げ去るのが賢明だろう。
黒は単体行動型だが、危険度は極めて高い。緑と黄色に比べると「頭がいい」らしく、動きも素早い。人家に侵入し、家族全員を皆殺しにした例もある。ゆえに「忍者」の異名を持つ。こいつには遭いたくないものだ。
例外は「琉球スライム」である。沖縄県は「国内唯一のスライム天国」と云える。スライムの放し飼いが公認されているのは同県ぐらいだろう。
俺は写真や映像でしか見たことがないが、琉球スライムの体色は青い。温厚な性格で、人間を襲った例は一度もない。いわゆる害虫や害獣を捕食してくれるので、現地では大変重宝されている。
世界的にも貴重な「ブルースライム」を見物しようと、内外から観光客が来訪し、ここ数年、沖縄はスライム景気に沸いている。スライム被害に悩まされている東京から見れば、同じ国とは思えない…光景である。
渡橋中、車道越しに、奇妙な格好をした若い男女が見えた。科*隊の制服そっくりの衣装を身に着けていた。二人は物騒なものを装備していた。火炎放射器である。放射器の所持と使用が許可されているのは、自*隊のスライム対策チームと上級ハンターだけの筈だ。
どちらでもなさそうなコスプレ男女がどのようにして、火炎放射器を入手したのだろうか?違法経路か、あるいは、自分で作ったのか。カップルで「スライム狩り」を楽しむのが当世の流行らしいが、素人の火遊びほど怖いものはない。二人の前方に十近いグリーンスライムが現れていた。
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